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4章 蒼の家
①
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二年半の時が過ぎ、蒼は高校三年生、彰久は六歳になっていた。雪哉の三人目の子供結惟《ゆい》も一歳になっていた。
「ママーっ、あきくんいつくるの」
「今日は結惟の病院があるから早く来てくれるって」
「やったー! あっ! あおくん!」
言うなり、だだーっと玄関に走っていく彰久を、雪哉は苦笑交じりに思う。いつものことだが、インターフォンもならない前に何故分かるのか。どこで察知するのか、母親でも分からない。高久にも話すと「不思議だね」と笑っていた。
「蒼君、おはよう。朝からすまないね」
「おはようございます。全然大丈夫です。後は僕が見ているんで、先生は結惟ちゃんの病院行かれてください」
「予約があるから行ってくるね、あきも、なおもおりこうさんしてるんだよ」
「バイバイ」幼い兄弟は、手を振って見送る。普段雪哉が出かける時は、淋しそうにする。特に尚久は半べそ状態なのだが、今日は蒼がいるから、むしろご機嫌だった。兄弟ともに蒼が大好きだから。
「あおくん、ブロックしゅる」
「そうだね、あき君もブロックでいい?」
二人はブロックを広げて、遊びだす。六歳の彰久は、上手に組み立てていくが、三歳の尚久はおぼつかない。蒼は二人の様子を見守りながら、時に助け舟を出してやる。
「あおくん、しっこーっ」
「えっ! なお君ちょっと待って!」
蒼は、慌てて尚久を抱えてトイレに連れて行く。彰久も後ろから付いてきた。
「はあーっ良かった間に合った」
手を洗った後、蒼が尚久の頭を撫でながら言うと、「だっこー」と甘えてくる。すると、すかさず彰久が「なおくんこっちだよ」と尚久の手を引いてブロック遊びしていた場所に戻っていく。
そんな彰久に、蒼は苦笑を禁じ得ない。彰久はいつもそうだった。尚久が蒼に抱っこを強請ると阻止する。蒼が抱っこするのは自分だけというように。それも、あからさまにだめだと言うと尚久が泣き出すので、巧妙に気を散らす。まだ六歳なのに賢いよなと蒼は思う。
そんな彰久が、蒼は可愛いと思う。それだけ、自分に懐いているのだと思う。彰久の思いは一心に蒼に向かっている。尚久も懐いてくれているが、ママの次のポジションだ。普通それが当たり前のことなのに、彰久は誰がいようと、一番は蒼だった。可愛くないはずはなかった。
「ただいまーおりこうさんしてたかー、蒼君、ありがとうね」
「お帰りなさい、二人ともおりこうさんでしたよ」
帰って来た雪哉に尚久は早速しがみついている。彰久は、勿論蒼にぴったりとくっついている。雪哉が帰ってきたら、蒼を独占できる。
その後賑やかに昼食の食卓を囲んだ。彰久は蒼の隣、尚久は雪哉の隣が定位置なのはいつものこと。蒼は、ここでの食事が好きだ。美味しいのは無論だが、皆で会話をしながらの食事は一層美味しいと感じられる。
食べ終わった彰久は、リビングに移動して蒼の膝に乗ってくる。これもいつもことだった。昼食後は眠くなるので、なおさら甘えてくるのだった。蒼は、彰久を抱っこして、背中を軽くぽんぽんとしてやると、やがて静かな寝息を立てながら眠っていく。
可愛いなあ……自分を無条件に信頼してくれている、本当に可愛いなあと思う。暫し、安らかな寝顔を見つめていた。それは、蒼にとって至福の時でもあった。
「おっ、あきも寝たね。三人が寝てるうちに話し聞こうか」
蒼は、起こさないよう慎重に彰久をソファーに寝かせて、雪哉に向かい合った。
「大学のこと、お父さん相変わらずなのか?」
「はい、必要ないの一点張りで、それ以上の話は聞いてもらえません」
「そうか……それだったら自力で行くしかないね」
「はい……それしかないです」
それはかなりハードルが高い。雪哉も親の援助は期待できなく、自力で大学を卒業した。しかし、進学自体は黙認されたので家から通えた。蒼は、それさえ望めない。父親の反対を押し切って進学するなら、家を出なければならないのだ。学費は奨学金とアルバイトで賄っても、自力で部屋を借りるのは、とてもじゃないが難しい。
「今も大学の寮はオメガ入れないんだよね」
「はい、そうなんです」
蒼の返事は沈んでいる。問題はそこなのだった。大学の寮に入れれば、何とかなるのだ。実際それで卒業していく学生は多い。そういった苦学生のための寮。それが、オメガには門戸を閉ざしているのだった。オメガの発情期が他の学生に影響を及ぼすからという理由だった。
確かにその可能性は無いとは言えない。しかし、それはオメガだけの責任ではないし、だったらオメガ専用の寮を作って欲しいと思う。けれど、今それを言っても始まらない。雪哉は、暫く考える。
「蒼君、今ここで結論出すことはできない。僕にも色々考えはあるが、高久さんにも相談したい。いいかい、君は絶対にあきらめちゃだめだ。あきらめたらそこで終わりだから。今君に出来ることは、合格目指して頑張る事。先日の模試、判定何だった?」
「A判定でした!」
「そうか、今の時期にA判定が出るなら大丈夫だ。ただし気を抜かないように、今から追い込みかけて上がってくる者も多い。特にアルファのあの馬力をかけた追い上げは唸るものがあるからね。オメガがそれに負けないためには、コツコツと積み上げるしかない」
「はい、負けないように頑張ります」
雪哉の経験からの真摯なアドバイスに、蒼はしっかりと返事する。雪哉も満足気に頷いた。
「ママーっ、あきくんいつくるの」
「今日は結惟の病院があるから早く来てくれるって」
「やったー! あっ! あおくん!」
言うなり、だだーっと玄関に走っていく彰久を、雪哉は苦笑交じりに思う。いつものことだが、インターフォンもならない前に何故分かるのか。どこで察知するのか、母親でも分からない。高久にも話すと「不思議だね」と笑っていた。
「蒼君、おはよう。朝からすまないね」
「おはようございます。全然大丈夫です。後は僕が見ているんで、先生は結惟ちゃんの病院行かれてください」
「予約があるから行ってくるね、あきも、なおもおりこうさんしてるんだよ」
「バイバイ」幼い兄弟は、手を振って見送る。普段雪哉が出かける時は、淋しそうにする。特に尚久は半べそ状態なのだが、今日は蒼がいるから、むしろご機嫌だった。兄弟ともに蒼が大好きだから。
「あおくん、ブロックしゅる」
「そうだね、あき君もブロックでいい?」
二人はブロックを広げて、遊びだす。六歳の彰久は、上手に組み立てていくが、三歳の尚久はおぼつかない。蒼は二人の様子を見守りながら、時に助け舟を出してやる。
「あおくん、しっこーっ」
「えっ! なお君ちょっと待って!」
蒼は、慌てて尚久を抱えてトイレに連れて行く。彰久も後ろから付いてきた。
「はあーっ良かった間に合った」
手を洗った後、蒼が尚久の頭を撫でながら言うと、「だっこー」と甘えてくる。すると、すかさず彰久が「なおくんこっちだよ」と尚久の手を引いてブロック遊びしていた場所に戻っていく。
そんな彰久に、蒼は苦笑を禁じ得ない。彰久はいつもそうだった。尚久が蒼に抱っこを強請ると阻止する。蒼が抱っこするのは自分だけというように。それも、あからさまにだめだと言うと尚久が泣き出すので、巧妙に気を散らす。まだ六歳なのに賢いよなと蒼は思う。
そんな彰久が、蒼は可愛いと思う。それだけ、自分に懐いているのだと思う。彰久の思いは一心に蒼に向かっている。尚久も懐いてくれているが、ママの次のポジションだ。普通それが当たり前のことなのに、彰久は誰がいようと、一番は蒼だった。可愛くないはずはなかった。
「ただいまーおりこうさんしてたかー、蒼君、ありがとうね」
「お帰りなさい、二人ともおりこうさんでしたよ」
帰って来た雪哉に尚久は早速しがみついている。彰久は、勿論蒼にぴったりとくっついている。雪哉が帰ってきたら、蒼を独占できる。
その後賑やかに昼食の食卓を囲んだ。彰久は蒼の隣、尚久は雪哉の隣が定位置なのはいつものこと。蒼は、ここでの食事が好きだ。美味しいのは無論だが、皆で会話をしながらの食事は一層美味しいと感じられる。
食べ終わった彰久は、リビングに移動して蒼の膝に乗ってくる。これもいつもことだった。昼食後は眠くなるので、なおさら甘えてくるのだった。蒼は、彰久を抱っこして、背中を軽くぽんぽんとしてやると、やがて静かな寝息を立てながら眠っていく。
可愛いなあ……自分を無条件に信頼してくれている、本当に可愛いなあと思う。暫し、安らかな寝顔を見つめていた。それは、蒼にとって至福の時でもあった。
「おっ、あきも寝たね。三人が寝てるうちに話し聞こうか」
蒼は、起こさないよう慎重に彰久をソファーに寝かせて、雪哉に向かい合った。
「大学のこと、お父さん相変わらずなのか?」
「はい、必要ないの一点張りで、それ以上の話は聞いてもらえません」
「そうか……それだったら自力で行くしかないね」
「はい……それしかないです」
それはかなりハードルが高い。雪哉も親の援助は期待できなく、自力で大学を卒業した。しかし、進学自体は黙認されたので家から通えた。蒼は、それさえ望めない。父親の反対を押し切って進学するなら、家を出なければならないのだ。学費は奨学金とアルバイトで賄っても、自力で部屋を借りるのは、とてもじゃないが難しい。
「今も大学の寮はオメガ入れないんだよね」
「はい、そうなんです」
蒼の返事は沈んでいる。問題はそこなのだった。大学の寮に入れれば、何とかなるのだ。実際それで卒業していく学生は多い。そういった苦学生のための寮。それが、オメガには門戸を閉ざしているのだった。オメガの発情期が他の学生に影響を及ぼすからという理由だった。
確かにその可能性は無いとは言えない。しかし、それはオメガだけの責任ではないし、だったらオメガ専用の寮を作って欲しいと思う。けれど、今それを言っても始まらない。雪哉は、暫く考える。
「蒼君、今ここで結論出すことはできない。僕にも色々考えはあるが、高久さんにも相談したい。いいかい、君は絶対にあきらめちゃだめだ。あきらめたらそこで終わりだから。今君に出来ることは、合格目指して頑張る事。先日の模試、判定何だった?」
「A判定でした!」
「そうか、今の時期にA判定が出るなら大丈夫だ。ただし気を抜かないように、今から追い込みかけて上がってくる者も多い。特にアルファのあの馬力をかけた追い上げは唸るものがあるからね。オメガがそれに負けないためには、コツコツと積み上げるしかない」
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