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6章 初めての発情
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雪哉が母屋へ戻ると、すぐさま彰久が掛け寄って来た。
「っ! なんだ、母さんか。あお君の匂いがしたから」
蒼君が抱きついていたから匂いが移ったのか……しかし、雪哉には何の匂いも感じられない。それを、感じるのは彰久が蒼のアルファだからなのか? 思えば彰久は、いつも蒼の姿が見えぬうちから来ることを察した。いつも、半ば呆れながらも、微笑ましく思っていたが、考えてみたら不思議ではある。なぜ分かるのか。
「母さん、あお君は? 具合大丈夫なの? 眠っているの?」
「ああ、注射を打ったから大丈夫だよ。おそらく朝まで眠るだろう。だから、今日は蒼君の所に行っちゃだめだ、いいな」
「でも、一人で大丈夫なの?」
「母さんが時折様子を見に行くから心配いらない。母さんは蒼君の主治医だぞ」
「えっ! そうなの?」
「はっ、今更何驚いているんだ。蒼君は元々母さんの患者で、手術は父さんが執刀した。その縁で家へ来るようになったんだぞ」
そうだったのか、彰久も今更ながら納得した。蒼が初めて来た時のことは鮮明に覚えている。とてもきれいで、笑顔が優しい人だった。抱きつくと、ふんわり気持ちよくいい匂いがした。ただ、なぜ蒼が来るようになったかまでは知らなかった。蒼が来るのを楽しみに待って、来てくれると嬉しい、彰久にとってそれが全てだった。
母さんが主治医なら、心配いらないってのは分かるけど……でも心配だ。様子を見に行きたい。
あの時の蒼の手の熱は、未だに残っている。いつもより、少し熱くて、少し震えていた。そのまま抱きつきたかったけど、そうすると壊れそうだった。でも、離れたくなかった。側にいたかった。振り切られたのはショックだった。あんな風に拒まれたことはなかった。それでも蒼が心配だ。今も、側にいたい。
「大丈夫だから、母さんに任せていれば心配いらない」
黙って佇む彰久の背を撫でながら、雪哉は優しく、諭すように言った。
「蒼君の様子はどうだった?」
子供たちが寝静まった後、蒼の部屋へ様子を見に行った雪哉へ高久が問う。
「ぐっすり眠っていた、あの分じゃ朝まで眠ると思う。薬との相性が良かったみたいだ」
その後、雪哉は高久に今日の出来事を詳しく話す。半日も経っていないのに、めまぐるしくて、夫に共有して欲しいと思った。今後のことも相談したい。
「近いうちにはとは思ったが、その日とはね……」
「あなた、分かっていたんですか?」
「まさか、勘だよ」
「……あの二人、運命なのかな……」
「その可能性はある、しかしまだ分からない。彰久にとって身近にいるオメガは蒼君だけだ。蒼君にしても、発情期が来て、漸くオメガ性が目覚めた所だ。それを彰久によって誘発されたのは確かだが、彼にしてもあそこまで密着して触れ合うアルファは彰久しかいないだろう」
「つまり、それぞれに自分のアルファやオメガに出会う可能性があると……」
「それも含めて今後のことは分からないとしか言いようがない。今言えることは、彰久は、小学生の子供だ。子供ではアルファの責任は果たせない。蒼君の方が年上だが、オメガを守るのはアルファの責任だ」
「彰久が大人になるまで……十年以上先だよな……」
「そうだ、もし彰久が蒼君を自分のオメガと思うなら、大人にならねばならない。それだけの思いがあるのか、それは彰久次第だ」
「蒼君、待ってくれるかな……」
「それも蒼君次第だ。彼が彰久を自分のアルファと思うなら、待ってくれるだろう。しかし、それを我々が望んではいけない。年頃の相応しいアルファが現れる可能性も高いだろう」
「そうだよな、二十代の花の盛りを、子供が大人になるのを待ってくれなんて言えない。僕は、彼には幸せになって欲しいからね」
夫夫の結論は出た。思いは同じだった。二人を温かく見守っていくこと。ただし、彰久の暴発には気を付けねばならない。アルファのヒートは理性では抑えられないし、オメガにはそれを抑えることは不可能といえた。
朝になり雪哉が様子を見に行くと、丁度蒼も目覚めたところだった。
「どうだ気分は?」
雪哉の優しい笑顔に、蒼はほっとする。
「悪くはないですが……」
「体が熱いんだろ? 発情期の症状だよ。昨日の注射の効き目が切れる頃だ。君は、昨日の晩から何も食べてないから、食事してから抑制剤飲むといい。食事持ってくるから待っていて」
「すみません、ご迷惑をおかけして」
「迷惑なんて思ってないよ、こういう時は甘えていいんだよ。うちは僕以外アルファだから、発情期の間はここにいて、食事は僕が持ってくるから。初めての発情で、戸惑うと思うけど、段々と慣れてくる。やり過ごし方とかもね、徐々に覚えていくから心配いらない」
「ありがとうございます。先生がいてくださって、心強いです」
雪哉も、初めての発情は本当に心細かったのを今でも覚えている。家族の中で自分一人がオメガ。誰に聞くことも、頼ることもできなった。だから、蒼には出来るだけ力になってやりたい。蒼は、もはや北畠家の家族の一員だった。
「っ! なんだ、母さんか。あお君の匂いがしたから」
蒼君が抱きついていたから匂いが移ったのか……しかし、雪哉には何の匂いも感じられない。それを、感じるのは彰久が蒼のアルファだからなのか? 思えば彰久は、いつも蒼の姿が見えぬうちから来ることを察した。いつも、半ば呆れながらも、微笑ましく思っていたが、考えてみたら不思議ではある。なぜ分かるのか。
「母さん、あお君は? 具合大丈夫なの? 眠っているの?」
「ああ、注射を打ったから大丈夫だよ。おそらく朝まで眠るだろう。だから、今日は蒼君の所に行っちゃだめだ、いいな」
「でも、一人で大丈夫なの?」
「母さんが時折様子を見に行くから心配いらない。母さんは蒼君の主治医だぞ」
「えっ! そうなの?」
「はっ、今更何驚いているんだ。蒼君は元々母さんの患者で、手術は父さんが執刀した。その縁で家へ来るようになったんだぞ」
そうだったのか、彰久も今更ながら納得した。蒼が初めて来た時のことは鮮明に覚えている。とてもきれいで、笑顔が優しい人だった。抱きつくと、ふんわり気持ちよくいい匂いがした。ただ、なぜ蒼が来るようになったかまでは知らなかった。蒼が来るのを楽しみに待って、来てくれると嬉しい、彰久にとってそれが全てだった。
母さんが主治医なら、心配いらないってのは分かるけど……でも心配だ。様子を見に行きたい。
あの時の蒼の手の熱は、未だに残っている。いつもより、少し熱くて、少し震えていた。そのまま抱きつきたかったけど、そうすると壊れそうだった。でも、離れたくなかった。側にいたかった。振り切られたのはショックだった。あんな風に拒まれたことはなかった。それでも蒼が心配だ。今も、側にいたい。
「大丈夫だから、母さんに任せていれば心配いらない」
黙って佇む彰久の背を撫でながら、雪哉は優しく、諭すように言った。
「蒼君の様子はどうだった?」
子供たちが寝静まった後、蒼の部屋へ様子を見に行った雪哉へ高久が問う。
「ぐっすり眠っていた、あの分じゃ朝まで眠ると思う。薬との相性が良かったみたいだ」
その後、雪哉は高久に今日の出来事を詳しく話す。半日も経っていないのに、めまぐるしくて、夫に共有して欲しいと思った。今後のことも相談したい。
「近いうちにはとは思ったが、その日とはね……」
「あなた、分かっていたんですか?」
「まさか、勘だよ」
「……あの二人、運命なのかな……」
「その可能性はある、しかしまだ分からない。彰久にとって身近にいるオメガは蒼君だけだ。蒼君にしても、発情期が来て、漸くオメガ性が目覚めた所だ。それを彰久によって誘発されたのは確かだが、彼にしてもあそこまで密着して触れ合うアルファは彰久しかいないだろう」
「つまり、それぞれに自分のアルファやオメガに出会う可能性があると……」
「それも含めて今後のことは分からないとしか言いようがない。今言えることは、彰久は、小学生の子供だ。子供ではアルファの責任は果たせない。蒼君の方が年上だが、オメガを守るのはアルファの責任だ」
「彰久が大人になるまで……十年以上先だよな……」
「そうだ、もし彰久が蒼君を自分のオメガと思うなら、大人にならねばならない。それだけの思いがあるのか、それは彰久次第だ」
「蒼君、待ってくれるかな……」
「それも蒼君次第だ。彼が彰久を自分のアルファと思うなら、待ってくれるだろう。しかし、それを我々が望んではいけない。年頃の相応しいアルファが現れる可能性も高いだろう」
「そうだよな、二十代の花の盛りを、子供が大人になるのを待ってくれなんて言えない。僕は、彼には幸せになって欲しいからね」
夫夫の結論は出た。思いは同じだった。二人を温かく見守っていくこと。ただし、彰久の暴発には気を付けねばならない。アルファのヒートは理性では抑えられないし、オメガにはそれを抑えることは不可能といえた。
朝になり雪哉が様子を見に行くと、丁度蒼も目覚めたところだった。
「どうだ気分は?」
雪哉の優しい笑顔に、蒼はほっとする。
「悪くはないですが……」
「体が熱いんだろ? 発情期の症状だよ。昨日の注射の効き目が切れる頃だ。君は、昨日の晩から何も食べてないから、食事してから抑制剤飲むといい。食事持ってくるから待っていて」
「すみません、ご迷惑をおかけして」
「迷惑なんて思ってないよ、こういう時は甘えていいんだよ。うちは僕以外アルファだから、発情期の間はここにいて、食事は僕が持ってくるから。初めての発情で、戸惑うと思うけど、段々と慣れてくる。やり過ごし方とかもね、徐々に覚えていくから心配いらない」
「ありがとうございます。先生がいてくださって、心強いです」
雪哉も、初めての発情は本当に心細かったのを今でも覚えている。家族の中で自分一人がオメガ。誰に聞くことも、頼ることもできなった。だから、蒼には出来るだけ力になってやりたい。蒼は、もはや北畠家の家族の一員だった。
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