春風の香

梅川 ノン

文字の大きさ
17 / 54
6章 初めての発情

しおりを挟む
 雪哉が母屋へ戻ると、すぐさま彰久が掛け寄って来た。
「っ! なんだ、母さんか。あお君の匂いがしたから」
 蒼君が抱きついていたから匂いが移ったのか……しかし、雪哉には何の匂いも感じられない。それを、感じるのは彰久が蒼のアルファだからなのか? 思えば彰久は、いつも蒼の姿が見えぬうちから来ることを察した。いつも、半ば呆れながらも、微笑ましく思っていたが、考えてみたら不思議ではある。なぜ分かるのか。
「母さん、あお君は? 具合大丈夫なの? 眠っているの?」
「ああ、注射を打ったから大丈夫だよ。おそらく朝まで眠るだろう。だから、今日は蒼君の所に行っちゃだめだ、いいな」
「でも、一人で大丈夫なの?」
「母さんが時折様子を見に行くから心配いらない。母さんは蒼君の主治医だぞ」
「えっ! そうなの?」
「はっ、今更何驚いているんだ。蒼君は元々母さんの患者で、手術は父さんが執刀した。その縁で家へ来るようになったんだぞ」
 そうだったのか、彰久も今更ながら納得した。蒼が初めて来た時のことは鮮明に覚えている。とてもきれいで、笑顔が優しい人だった。抱きつくと、ふんわり気持ちよくいい匂いがした。ただ、なぜ蒼が来るようになったかまでは知らなかった。蒼が来るのを楽しみに待って、来てくれると嬉しい、彰久にとってそれが全てだった。
 母さんが主治医なら、心配いらないってのは分かるけど……でも心配だ。様子を見に行きたい。
 あの時の蒼の手の熱は、未だに残っている。いつもより、少し熱くて、少し震えていた。そのまま抱きつきたかったけど、そうすると壊れそうだった。でも、離れたくなかった。側にいたかった。振り切られたのはショックだった。あんな風に拒まれたことはなかった。それでも蒼が心配だ。今も、側にいたい。
「大丈夫だから、母さんに任せていれば心配いらない」
 黙って佇む彰久の背を撫でながら、雪哉は優しく、諭すように言った。

「蒼君の様子はどうだった?」
 子供たちが寝静まった後、蒼の部屋へ様子を見に行った雪哉へ高久が問う。
「ぐっすり眠っていた、あの分じゃ朝まで眠ると思う。薬との相性が良かったみたいだ」
 その後、雪哉は高久に今日の出来事を詳しく話す。半日も経っていないのに、めまぐるしくて、夫に共有して欲しいと思った。今後のことも相談したい。
「近いうちにはとは思ったが、その日とはね……」
「あなた、分かっていたんですか?」
「まさか、勘だよ」
「……あの二人、運命なのかな……」
「その可能性はある、しかしまだ分からない。彰久にとって身近にいるオメガは蒼君だけだ。蒼君にしても、発情期が来て、漸くオメガ性が目覚めた所だ。それを彰久によって誘発されたのは確かだが、彼にしてもあそこまで密着して触れ合うアルファは彰久しかいないだろう」
「つまり、それぞれに自分のアルファやオメガに出会う可能性があると……」
「それも含めて今後のことは分からないとしか言いようがない。今言えることは、彰久は、小学生の子供だ。子供ではアルファの責任は果たせない。蒼君の方が年上だが、オメガを守るのはアルファの責任だ」
「彰久が大人になるまで……十年以上先だよな……」
「そうだ、もし彰久が蒼君を自分のオメガと思うなら、大人にならねばならない。それだけの思いがあるのか、それは彰久次第だ」
「蒼君、待ってくれるかな……」
「それも蒼君次第だ。彼が彰久を自分のアルファと思うなら、待ってくれるだろう。しかし、それを我々が望んではいけない。年頃の相応しいアルファが現れる可能性も高いだろう」
「そうだよな、二十代の花の盛りを、子供が大人になるのを待ってくれなんて言えない。僕は、彼には幸せになって欲しいからね」
 夫夫の結論は出た。思いは同じだった。二人を温かく見守っていくこと。ただし、彰久の暴発には気を付けねばならない。アルファのヒートは理性では抑えられないし、オメガにはそれを抑えることは不可能といえた。


 朝になり雪哉が様子を見に行くと、丁度蒼も目覚めたところだった。
「どうだ気分は?」
 雪哉の優しい笑顔に、蒼はほっとする。
「悪くはないですが……」
「体が熱いんだろ? 発情期の症状だよ。昨日の注射の効き目が切れる頃だ。君は、昨日の晩から何も食べてないから、食事してから抑制剤飲むといい。食事持ってくるから待っていて」
「すみません、ご迷惑をおかけして」
「迷惑なんて思ってないよ、こういう時は甘えていいんだよ。うちは僕以外アルファだから、発情期の間はここにいて、食事は僕が持ってくるから。初めての発情で、戸惑うと思うけど、段々と慣れてくる。やり過ごし方とかもね、徐々に覚えていくから心配いらない」
「ありがとうございます。先生がいてくださって、心強いです」
 雪哉も、初めての発情は本当に心細かったのを今でも覚えている。家族の中で自分一人がオメガ。誰に聞くことも、頼ることもできなった。だから、蒼には出来るだけ力になってやりたい。蒼は、もはや北畠家の家族の一員だった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

カミサンオメガは番運がなさすぎる

ミミナガ
BL
 医療の進歩により番関係を解消できるようになってから番解消回数により「噛み1(カミイチ)」「噛み2(カミニ)」と言われるようになった。  「噛み3(カミサン)」の経歴を持つオメガの満(みつる)は人生に疲れていた。  ある日、ふらりと迷い込んだ古びた神社で不思議な体験をすることとなった。 ※オメガバースの基本設定の説明は特に入れていません。

僕を惑わせるのは素直な君

秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。 なんの不自由もない。 5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が 全てやって居た。 そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。 「俺、再婚しようと思うんだけど……」 この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。 だが、好きになってしまったになら仕方がない。 反対する事なく母親になる人と会う事に……。 そこには兄になる青年がついていて…。 いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。 だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。 自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて いってしまうが……。 それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。 何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

婚約破棄を望みます

みけねこ
BL
幼い頃出会った彼の『婚約者』には姉上がなるはずだったのに。もう諸々と隠せません。

愛させてよΩ様

ななな
BL
帝国の王子[α]×公爵家の長男[Ω] この国の貴族は大体がαかΩ。 商人上がりの貴族はβもいるけど。 でも、αばかりじゃ優秀なαが産まれることはない。 だから、Ωだけの一族が一定数いる。 僕はαの両親の元に生まれ、αだと信じてやまなかったのにΩだった。 長男なのに家を継げないから婿入りしないといけないんだけど、公爵家にΩが生まれること自体滅多にない。 しかも、僕の一家はこの国の三大公爵家。 王族は現在αしかいないため、身分が一番高いΩは僕ということになる。 つまり、自動的に王族の王太子殿下の婚約者になってしまうのだ...。

【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)
BL
 双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。  同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。  ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。  兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。  すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。 第1回青春BLカップ参加作品です。 1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。 2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)

【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。 イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。 父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。 イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。 カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。 そう、これは─── 浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。 □『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。 □全17話

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

処理中です...