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8章 留学
①
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蒼は目標を見定めたことによって、医師としての仕事に没頭した。病院での通常の業務は勿論、自己研鑽にも励み益々忙しい日々を送る。
忙しくしていれば、彰久のことを忘れられるのか……そうではなかった。会いたいという思いが消えることはない、むしろ強まるばかりだが、だからこそ、会うことはできない。会えば、自分を抑えることはできない、それが怖い。
蒼は必死に自分の思いを抑え込み、のめり込むように仕事に励んだ。
当然のように北畠家への足は遠のいた。雪哉には、時折誘われたが、いつも何かしらの理由を付けて断った。
「あお君ちっとも来ないね、どうしてるんだろ」
「忙しいんだよ、元気にはしてるから心配いらない」
彰久と雪哉のこのやり取りは何度も繰り返された。雪哉からは、心配いらないと言われても、蒼に会いたい。心配がどうのという問題ではない。
自分の唯一の人と思い定めた人に会いたい。一目でも目にしたい。彰久の思いは募るばかりだった。
こうして二年の時が流れた。
もう二年か……彰久は思う。蒼がここを出てから再び会うまでに、三年の時が過ぎた。そして二年。どうしてこうも会えないのか……。
同じ東京、しかも蒼の勤務先である病院は、ここから遠くない距離。住まいはどこか知らないが、病院からはさして離れていないはず。医師は通常近くに住むことが決まりになっているからだ。それなのに、こんなにも会えないのか。遠距離恋愛の人だって、もっと会えるだろうに……。
彰久は、悶々としながら、自分から会いに行くことを決める。今までも何回か思ったが、病院へ押しかけることには躊躇していた。蒼の住まいは知らない。本人には聞く機会がなかったし、両親に聞いても、今はやりの個人情報がどうのと言って、教えてはもらえなかった。
帰宅するため高久は、病院の職員通用門を出てきた。待たせてある院長専用送迎車に乗り込もうとして、自分の息子の姿が目に入った。
「彰久! お前そんな所で何をしている!」
「とっ、父さん……」
「――乗りなさい!」
有無を言わせず、彰久を車に押し込むように乗せて、自分も乗る。怪訝そうな運転手へ、「自宅までお願いする」そう言ったまま無言だ。運転手が、ペラペラと話すとは思えないが、聞かせたい話ではない。
自宅に着き車から降りると、高久は彰久を書斎に連れて行く。
「どうしてあの場所にいたんだ?」
「待ってた」
「誰を?」
「――あお君だよ! 家へは全然来てくれない、だから僕が行った。そうしないと会えない……」
最初は叫ぶように、そして段々と絞り出すように答えた。
「お前が、蒼君に会いたい気持ちは分かる。あの場所で待っていたら、蒼君は必ず病院から出てくるだろう。しかし、そこでお前が蒼君に抱きついたら何が起こるのか、お前には分かるか?」
「……何が起こるの?」
「お前はアルファだ。蒼君はオメガだ。アルファのフェロモンに当たって発情を起こす可能性がある。もし、そうなったらお前に何が出来る。子供のお前では、何もできない」
彰久には子供の自分には何もできないという言葉が重い。
「お前は精通も経験して、そういう意味では大人の体だ。発情したオメガを抑えてやることも出来るだろう。むしろ、発情したオメガのフェロモンにあてられ、ヒートを起こす可能性だってある。しかし、お前は未成年だ。そうなった時、未成年を相手にと、非難されるのは蒼君だ。ヒートを起こしたアルファを、オメガが止めることはほぼ不可能だ。それなのに、責めは成人している蒼君なんだよ。お前は、蒼君が好きなんだろう? 好きな人をそんな目に合わせていいのか」
そんなことは、思ってもいなかった。彰久には、ただ大好きな蒼に会いたい、それだけだった。
「もう一つ言っておく。むしろ、ここが肝心だ。番のいないオメガが発情すると、アルファを引き寄せるんだ。中には、ヒートを起こして襲い掛かるアルファもいる。つまり、とても危険な状態になる。だから抑制剤を飲んでコントロールするんだ。襲われるだけではなく、そこで無理矢理番にされることだってある。理性の効かないアルファはゴロゴロいるし、普段は紳士的なアルファでも、一度ヒートを起こすと、理性が効かない者もいる」
父の話は、余りに衝撃的で、彰久は声も出ない。
高久は未だ高校生の息子には早いかとも思うが、この機会に言って聞かせるのは、それこそ同じアルファの父親としての務めと思い続けた。
「彰久、お前にもアルファとオメガの体格の違いは分かるだろう。アルファに襲われて抗えるオメガはいない。無理矢理襲われて、番にされたら、それがどんなに理不尽でも、その番は解消できない。生涯続くんだ。そして、独占欲の強いアルファだと、自分の番を奥深く押し込めて、決して外へ出さない者もいる。蒼君をそんな目に合わせてはいかんだろう」
いいわけない、そんなの絶対に嫌だ! あお君は僕のオメガだ! それなのに、自分の行動はあお君を危険にさらすことになった。彰久はうなだれた。蒼が出てくる前に、父が出てきたことへ感謝する。
言葉もなく考え込む息子へ、高久は父としての真摯な助言をする。
「彰久、これは父さんの提案だが、アメリカへ留学したらどうかな」
「留学……」
「そうだ。父さんもアメリカで八年学んだ。それが今に繋がっている。アメリカで学んで力を付けたことで母さんを番にすることもできた」
彰久も、両親が番になり結婚した経緯は詳しくなくとも大体知っていた。
父は母を番にするため、アメリカで最新の医学を学び、日米両国での医師資格を得て帰国した。そして、母を番にすることを、両家の親に有無を言わせなかった。力で押し切ったのだ。それだけの力があったから、認めざるをえなかったのだ。
「単に大人になればいいというものでもない。蒼君は既に立派な医師だ。しかも、母さんが後継者と思うほど優秀だ。その蒼君を番にしたいのなら、釣り合うだけの立派な大人になる必要がある。それでなくては、蒼君を守ることはできない。蒼君の方が年上だが、オメガを守るのはアルファだ。つまり、お前が蒼君を守らなければならない。すぐに結論を出す必要はない。一生のことだ、よく考えてみなさい」
彰久は頷いた。頷くのが精一杯だった。自分の部屋に戻った彰久は、考え続けた。考えることが余りに多く、そして重い。
忙しくしていれば、彰久のことを忘れられるのか……そうではなかった。会いたいという思いが消えることはない、むしろ強まるばかりだが、だからこそ、会うことはできない。会えば、自分を抑えることはできない、それが怖い。
蒼は必死に自分の思いを抑え込み、のめり込むように仕事に励んだ。
当然のように北畠家への足は遠のいた。雪哉には、時折誘われたが、いつも何かしらの理由を付けて断った。
「あお君ちっとも来ないね、どうしてるんだろ」
「忙しいんだよ、元気にはしてるから心配いらない」
彰久と雪哉のこのやり取りは何度も繰り返された。雪哉からは、心配いらないと言われても、蒼に会いたい。心配がどうのという問題ではない。
自分の唯一の人と思い定めた人に会いたい。一目でも目にしたい。彰久の思いは募るばかりだった。
こうして二年の時が流れた。
もう二年か……彰久は思う。蒼がここを出てから再び会うまでに、三年の時が過ぎた。そして二年。どうしてこうも会えないのか……。
同じ東京、しかも蒼の勤務先である病院は、ここから遠くない距離。住まいはどこか知らないが、病院からはさして離れていないはず。医師は通常近くに住むことが決まりになっているからだ。それなのに、こんなにも会えないのか。遠距離恋愛の人だって、もっと会えるだろうに……。
彰久は、悶々としながら、自分から会いに行くことを決める。今までも何回か思ったが、病院へ押しかけることには躊躇していた。蒼の住まいは知らない。本人には聞く機会がなかったし、両親に聞いても、今はやりの個人情報がどうのと言って、教えてはもらえなかった。
帰宅するため高久は、病院の職員通用門を出てきた。待たせてある院長専用送迎車に乗り込もうとして、自分の息子の姿が目に入った。
「彰久! お前そんな所で何をしている!」
「とっ、父さん……」
「――乗りなさい!」
有無を言わせず、彰久を車に押し込むように乗せて、自分も乗る。怪訝そうな運転手へ、「自宅までお願いする」そう言ったまま無言だ。運転手が、ペラペラと話すとは思えないが、聞かせたい話ではない。
自宅に着き車から降りると、高久は彰久を書斎に連れて行く。
「どうしてあの場所にいたんだ?」
「待ってた」
「誰を?」
「――あお君だよ! 家へは全然来てくれない、だから僕が行った。そうしないと会えない……」
最初は叫ぶように、そして段々と絞り出すように答えた。
「お前が、蒼君に会いたい気持ちは分かる。あの場所で待っていたら、蒼君は必ず病院から出てくるだろう。しかし、そこでお前が蒼君に抱きついたら何が起こるのか、お前には分かるか?」
「……何が起こるの?」
「お前はアルファだ。蒼君はオメガだ。アルファのフェロモンに当たって発情を起こす可能性がある。もし、そうなったらお前に何が出来る。子供のお前では、何もできない」
彰久には子供の自分には何もできないという言葉が重い。
「お前は精通も経験して、そういう意味では大人の体だ。発情したオメガを抑えてやることも出来るだろう。むしろ、発情したオメガのフェロモンにあてられ、ヒートを起こす可能性だってある。しかし、お前は未成年だ。そうなった時、未成年を相手にと、非難されるのは蒼君だ。ヒートを起こしたアルファを、オメガが止めることはほぼ不可能だ。それなのに、責めは成人している蒼君なんだよ。お前は、蒼君が好きなんだろう? 好きな人をそんな目に合わせていいのか」
そんなことは、思ってもいなかった。彰久には、ただ大好きな蒼に会いたい、それだけだった。
「もう一つ言っておく。むしろ、ここが肝心だ。番のいないオメガが発情すると、アルファを引き寄せるんだ。中には、ヒートを起こして襲い掛かるアルファもいる。つまり、とても危険な状態になる。だから抑制剤を飲んでコントロールするんだ。襲われるだけではなく、そこで無理矢理番にされることだってある。理性の効かないアルファはゴロゴロいるし、普段は紳士的なアルファでも、一度ヒートを起こすと、理性が効かない者もいる」
父の話は、余りに衝撃的で、彰久は声も出ない。
高久は未だ高校生の息子には早いかとも思うが、この機会に言って聞かせるのは、それこそ同じアルファの父親としての務めと思い続けた。
「彰久、お前にもアルファとオメガの体格の違いは分かるだろう。アルファに襲われて抗えるオメガはいない。無理矢理襲われて、番にされたら、それがどんなに理不尽でも、その番は解消できない。生涯続くんだ。そして、独占欲の強いアルファだと、自分の番を奥深く押し込めて、決して外へ出さない者もいる。蒼君をそんな目に合わせてはいかんだろう」
いいわけない、そんなの絶対に嫌だ! あお君は僕のオメガだ! それなのに、自分の行動はあお君を危険にさらすことになった。彰久はうなだれた。蒼が出てくる前に、父が出てきたことへ感謝する。
言葉もなく考え込む息子へ、高久は父としての真摯な助言をする。
「彰久、これは父さんの提案だが、アメリカへ留学したらどうかな」
「留学……」
「そうだ。父さんもアメリカで八年学んだ。それが今に繋がっている。アメリカで学んで力を付けたことで母さんを番にすることもできた」
彰久も、両親が番になり結婚した経緯は詳しくなくとも大体知っていた。
父は母を番にするため、アメリカで最新の医学を学び、日米両国での医師資格を得て帰国した。そして、母を番にすることを、両家の親に有無を言わせなかった。力で押し切ったのだ。それだけの力があったから、認めざるをえなかったのだ。
「単に大人になればいいというものでもない。蒼君は既に立派な医師だ。しかも、母さんが後継者と思うほど優秀だ。その蒼君を番にしたいのなら、釣り合うだけの立派な大人になる必要がある。それでなくては、蒼君を守ることはできない。蒼君の方が年上だが、オメガを守るのはアルファだ。つまり、お前が蒼君を守らなければならない。すぐに結論を出す必要はない。一生のことだ、よく考えてみなさい」
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