春風の香

梅川 ノン

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12章 花笑みの前に

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 蒼が中へ入るのを見守った彰久は、追いかけて中へ入りたい思いをぐっとこらえて家路についた。蒼はお茶くらいはご馳走してくれるだろうが、中へ入ったら絶対それだけではすまない。さすがにそれは、蒼の負担になるし、母さんも察する。
 あと少し……あと少しの我慢だと彰久は自分に言い聞かせる。晴れて番になり、結婚したら毎日一緒にいられる。ここまで待ったんだからあと二ヶ月。
 二十三年かけてここまできた。特にこの八年は長かった。毎日蒼を思った。せめて声だけでも聞かれればと、何度も思った。そのたびに必死に振り払いここまできたのだ。

「ただいま」
「お帰り、早かったな。風呂高久さんが入って、今は結惟が入ってる。次お前入るか?」
「いや、僕荷物の整理してから入るから、母さん先に入って」
 ひょっとしたら遅くなるかもと思っていたので、彰久の早い帰宅は雪哉にも意外だった。しかし、欲望をコントロールできるのも、息子の成長の証だと思う。親としては、率直に嬉しいことだと思うのだった。

 思いを通わせ、体も一つに溶け合うようにして眠った昨晩だが、今宵は離れて眠りについた。しかし、体は離れていても心は一つ。互いに互いを思いながら、安らかに眠ることができた。
 心が満たされていると、こんなにも安らかなんだと知った。一昨日の夜とは、まるで世界が変わったようだった。

 翌日、朝食後訪ねてきた蒼も加えて、建築業者との話し合いをもった。施工期間二ヶ月と決まった。
「ちょうど結婚式に間に合う、良かったな。住まいが決まれば、後は細々したことだが」
 雪哉がにこやかに言いながら、高久を見る。
「彰久、西園寺さんへの挨拶はどうするのだ。早い方がいいぞ」
「はい、今日早速アポイントをとろうかと」
「それがいい。そうしなさい」
「あの、父は……」
 心配そうに、何か言いたげな蒼に、彰久は宥めるように言う。
「あお君は心配しなくていいから、僕に任せて」
 彰久は、早速西園寺家へ連絡をとった。応対に出た多分執事らしき男から胡散臭げな対応をされたが、明日当主、蒼の父と面談の約束を取り付けた。
 この日も夕食後送ってくれる彰久に、蒼は明日の心配事を話した。
「明日だけど、父は多分失礼な態度をとると思うんだ……」
「そんなことあお君が心配することないよ。どんな態度をとられても、冷静に対処するから。もし結婚を許してもらえなかったら、その時は宣言だけしてくる。もう成人した大人なんだから、結婚は自由だからね。あお君は、明日仕事なんだから、心配いらないからね」
 頼もしいと思う。こんなところも、彰久は大人になっている。あんなに小さくて可愛いかったのに、頼りがいのある人に成長した。
「ありがとう」
 頷く蒼に彰久は、安堵の微笑みを返した。
「じゃあ、明日は会えないけど夜電話で話そうね。あお君から掛けてね、僕はいつでもいいから」
 二人は今日初めて、電話とアドレスの交換をした。今まで、それすらしていなかったのだ。
「うん、分かった。帰宅して落ち着いたらかける。おやすみ」
 名残惜しいながら、蒼は部屋に入っていき、彰久はその姿を見守ってから家路についた。

 翌日彰久は、約束の時間に西園寺家を訪れた。
「君は北畠さんのご長男?」
「はいそうです。彰久と申します。先ごろアメリカから帰国し、四月から北畠総合病院に医師として勤める予定です」
「ほーっ、アメリカから……父上の跡を継がれるということですな。で、今日は私に話とは?」
「あお君、蒼さんと番になり、結婚したいと考えております」
「えっ! 君がですか?」
「はい、私です」
 自分以外に誰がいるのだと彰久は思ったが、蒼の父の反応は違った。そして、彰久を唖然とさせる言葉を放つ。
「いやー、それは意外だったな、蒼は北畠さんの、君の父上の番とばかり思っていたがね」
「ちっ、父の!」
 何なんだ、その認識は! あり得ないだろう。
「どうして、そのように思われたのか存じませんが、そのような事実はございません。蒼さんは、今まで誰の番にもなっていません。故に今回私の申し出を受けてくれました。そういうことですので、どうかお許しください」
「許すも、許さないもあれがここを出てから随分とたつ。その間ほとんど会ってもいない。私の関することではない」
 突き放したような、冷たい物言い。そこに父として愛は感じられない。彰久は、ここにはいない蒼を抱きしめたい思いにかられた。
「そうですか、分かりました。それでは、蒼さんと番になり、北畠家の籍に入れたいと思います。結婚式には出席いただけますか?」
「だから言ったはずだ、私の関することではないとね」
「承知致しました。失礼致します」

 なるほど、蒼の心配した気持ちが分かると彰久は思った。実は、高久からも、何を言われても冷静に対処するようにと言われていた。こういう事だったのか……。
 蒼は、母親を亡くした後、あの冷たい父の元でさぞや淋しい思いをしたのだろう。だから、父さんたちも放ってはおけなかったのだろう、特に母さんは……。
 彰久は、今まで知らなかった事実を知っておくべきだと思った。蒼の番になり、配偶者、そしてアルファとして蒼を守って行くためには必要な事だ。しかし、それを蒼に質すのは酷な事だ。両親に聞くしかないなと思った。

 その日早速彰久は、両親に今日の報告と共に、過去の経緯を質した。二人とも真剣な面持ちで丁寧に話してくれた。
「そうだったのですね、改めて僕は子供で、何も知らずにきたと……」
「お前が知らずにきたことは仕方ないことだ。子供だったのだからな。しかし、お前も大人になった。これからは、お前が守ってやり、幸せにしてやればいいのじゃないか」
「ええ、それはもちろんです。僕のこれからの生涯をかけてあお君を幸せにします。父さんと母さん、ほんとに今までありがとう。あお君が守られてきたのは父さんたちのおかげです」
 彰久の言葉は、大人のアルファとしての責任に満ちている。高久と雪哉は、親としてそれが嬉しい。ほんとに大人になったものだと、感慨深い。
「蒼君には今日のことは話したのか?」
「いえ、ただ結婚の了承を得たことと、式には出席されないとだけ。多分、あお君もそれで察するところはあるかと。僕が嫌な思いをすることを気にしていたから」
「ああ、それが良いだろう」
「ただ、そうなると結婚式にはあお君側の親族は誰もいないと……ごく内輪でと思っているので、こちら側も少ないけどそれでも……」
「吉沢君に親族待遇で出席してもらったらどうだね。奥さんと子供さんも一緒に」
「ああ、それが良いと思うぞ。三人仲良くて兄弟みたいな仲だもんな」
 高久に雪哉も即座に賛同するが、彰久には、吉沢君? 誰だ? と思い浮かばない。
「お前は知らなかったかな。蒼君の高校からの同級生で、今はうちの循環器内科の先生だ。奥さんも同級生で、外来の看護師なんだ。奥さんは子供がいるから時短勤務でね。蒼君はその子供も可愛がっているよ。まあ、何というか親戚づきあいみたいだな」
「あーっ、思い出しました。仲のいい同級生がいると……吉沢先生と言われるんですね。夫婦でうちの病院に勤めているんですね」
「そうだ。そして子供は蒼君の患者だ。と言っても基本元気な子だから、たまに熱発とかで外来受診するくらいだがね」
 そこから、吉沢夫妻は蒼と同級生ではあるが、妻がしっかり者のため姉夫婦のような存在である事。高久と雪哉も蒼を守ってきたが、吉沢夫妻も随分と守ってくれたことなどに話が及んだ。
 彰久は、改めて蒼が決して孤独ではなかったことを知り、安堵の思いをもった。蒼は、生家からは疎まれたが、多くの人に守られてここまできたのだ。それは、蒼に魅力があるからだと思うのだった。
 そして、いずれ吉沢夫妻にも会い、直接礼を述べたいし、出来るならこれからは自分も交流したいと思う。
「先ずはあお君から話してもらい、その後僕もお会いしたいと」
「ああ、それがいいだろう」

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