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第一章 侯爵様と婚約が決まりました
5.社交界の魔女sideキルエン
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なにがパパだ。父上は調子がいい。
頑張りますとだけ言って、自分の能力を少しも示そうともしない。あんな女にどこまで期待しているんだか。
みんなに持ち上げられて嬉し泣きとは幸せ者だね。僕の演技に気付きもしないし、頭の中がお花畑なのでは?
社交界にあまり姿を見せないため、老婆令嬢という噂だけは聞いていたが。近くで見れば、顔立ちは整っていると言えるだろう。
しかし、うつむきがちな癖と、真っ白な髪に化粧を施していないことも相まって、遠くからではまるで老婆だ。あの母親からよくもこんなバケモノが生まれたものだな。
さて、はなはだ迷惑なことに、婚約が決まったらしい。この美しい藤の貴公子と醜い老婆令嬢が、一つ屋根の下で生活するというわけだ。
父上に話を合わせて場を盛り上げてはやったが、吐き気がする。
どんな噂を立てられるのか分かったものじゃない。僕の価値が下がってしまう。
これからしばらくは火消しに忙しくなるだろうね。
茶会の最中に準備が行われていたようで、マーガレットの部屋はすでに用意されているらしい。
夕食が終わり、僕も部屋に戻って今回の結婚で色々と山積みとなってしまった問題への解決策でも練らないと……そう考えていたんだが。母上に呼び出されてしまった。
扉の前で立ち止まり、二回ノックする。
「キルエンです」
「入っていいわよ」
中に入ると、母上はメガネをかけて書類に目を通していた。
夫人会絡みの、小銭しか稼げない厄介なものだろう。あそこで立場を維持するのも骨が折れると聞いたことがある。
「はぁ、あの人はなんであんなのをキルエンの婚約者にしたのかしら。社交の場では使えそうにないわ。あれはダメね」
僕の顔を見るなり、右手をひらひらとさせながら、マーガレットの不満を言う。
ランドアーク侯爵家の次女。癖のある夫人たちをまとめあげ、夫人会を作り上げた。その美貌から夜会の薔薇と呼ばれた裏の顔――社交界の魔女が顔を出す。
母上の判断は正しい。老婆令嬢と忌み嫌われるマーガレットが、夫人会で発言権を持つことはないだろう。
「あなたはいいのかしら? キルエン?」
見開かれた両目。邪悪に釣り上がった口元。血のつながった僕でさえ、寒気を覚える表情だ。
いや、親子だからかもしれない。答えを間違えるなと本能が言っている。
「父上から念を押されてまして、僕は反対だったのですが、断れませんでした。まあ、マリス嬢との関係は維持して、使えなければ捨てればいいだけでは? どうせ時間の問題ですよ。変な噂は僕のほうでなんとか……」
「あなた馬鹿なの? なんでわたくしが、このわたくしが、夫人会なんて面倒なものを組織していると? 裏で動くのは任せなさい。あなたはあなたのすべきことをして」
目は細められ、母上の顔に怒りが滲む。
ひゅっと喉が鳴り、自然と背筋が伸びてしまう。
手招きに応じて、前に出る。
母上の隣で膝をつき、頭を下げる。
「可愛い子。あなたは私のお人形さんでいいの。その目立つ綺麗な顔で、ずーっとみんなの人気者でいてちょうだい。分かるわよね、私のキルエン?」
「……はい、母上」
母上が手のひらを僕の頭に乗せ、優しく撫でる。
子を愛でる行為……なのに、背筋を冷たい汗が伝う。
「もう行っていいわ」
「……おやすみなさい」
部屋を出て自室に戻る。
僕は、あの人が怖い。
頑張りますとだけ言って、自分の能力を少しも示そうともしない。あんな女にどこまで期待しているんだか。
みんなに持ち上げられて嬉し泣きとは幸せ者だね。僕の演技に気付きもしないし、頭の中がお花畑なのでは?
社交界にあまり姿を見せないため、老婆令嬢という噂だけは聞いていたが。近くで見れば、顔立ちは整っていると言えるだろう。
しかし、うつむきがちな癖と、真っ白な髪に化粧を施していないことも相まって、遠くからではまるで老婆だ。あの母親からよくもこんなバケモノが生まれたものだな。
さて、はなはだ迷惑なことに、婚約が決まったらしい。この美しい藤の貴公子と醜い老婆令嬢が、一つ屋根の下で生活するというわけだ。
父上に話を合わせて場を盛り上げてはやったが、吐き気がする。
どんな噂を立てられるのか分かったものじゃない。僕の価値が下がってしまう。
これからしばらくは火消しに忙しくなるだろうね。
茶会の最中に準備が行われていたようで、マーガレットの部屋はすでに用意されているらしい。
夕食が終わり、僕も部屋に戻って今回の結婚で色々と山積みとなってしまった問題への解決策でも練らないと……そう考えていたんだが。母上に呼び出されてしまった。
扉の前で立ち止まり、二回ノックする。
「キルエンです」
「入っていいわよ」
中に入ると、母上はメガネをかけて書類に目を通していた。
夫人会絡みの、小銭しか稼げない厄介なものだろう。あそこで立場を維持するのも骨が折れると聞いたことがある。
「はぁ、あの人はなんであんなのをキルエンの婚約者にしたのかしら。社交の場では使えそうにないわ。あれはダメね」
僕の顔を見るなり、右手をひらひらとさせながら、マーガレットの不満を言う。
ランドアーク侯爵家の次女。癖のある夫人たちをまとめあげ、夫人会を作り上げた。その美貌から夜会の薔薇と呼ばれた裏の顔――社交界の魔女が顔を出す。
母上の判断は正しい。老婆令嬢と忌み嫌われるマーガレットが、夫人会で発言権を持つことはないだろう。
「あなたはいいのかしら? キルエン?」
見開かれた両目。邪悪に釣り上がった口元。血のつながった僕でさえ、寒気を覚える表情だ。
いや、親子だからかもしれない。答えを間違えるなと本能が言っている。
「父上から念を押されてまして、僕は反対だったのですが、断れませんでした。まあ、マリス嬢との関係は維持して、使えなければ捨てればいいだけでは? どうせ時間の問題ですよ。変な噂は僕のほうでなんとか……」
「あなた馬鹿なの? なんでわたくしが、このわたくしが、夫人会なんて面倒なものを組織していると? 裏で動くのは任せなさい。あなたはあなたのすべきことをして」
目は細められ、母上の顔に怒りが滲む。
ひゅっと喉が鳴り、自然と背筋が伸びてしまう。
手招きに応じて、前に出る。
母上の隣で膝をつき、頭を下げる。
「可愛い子。あなたは私のお人形さんでいいの。その目立つ綺麗な顔で、ずーっとみんなの人気者でいてちょうだい。分かるわよね、私のキルエン?」
「……はい、母上」
母上が手のひらを僕の頭に乗せ、優しく撫でる。
子を愛でる行為……なのに、背筋を冷たい汗が伝う。
「もう行っていいわ」
「……おやすみなさい」
部屋を出て自室に戻る。
僕は、あの人が怖い。
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