老婆令嬢と呼ばれた私ですが、死んで灰になりました。~さあ、華麗なる復讐劇をお見せしましょうか!~

ミィタソ

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第二章 死んで灰になりました

8.すれ違いは通り雨の如く訪れる

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 新規事業の話がまとまってから、早くも一ヶ月が経過していた。
 メイドと二人、朝靄が残る庭をゆっくりと歩きながら、キルエンに渡されたいくつかの書類に目を通す。
 喫茶店の名は、ウィステリアに決まった。藤の貴公子のイメージそのままに、優しくも気高く、訪れる人に満足してほしいという願いを込めて。

 実務のほとんどを担っていたのはキルエン。彼は寝る間も惜しんで書類と向き合い、侯爵家のために身を粉にして働いていた。
 二人で相談しながら、何かを成し遂げていく。その充実した日々は、幸せに満ち溢れていた。
 しかし、いつからだろう。彼が変わってしまったのは。
 私は、どこで間違ってしまったのか。

 ――マーガレット、前のレストランの料理人と交渉が成功したよ。うちで働いてくれるってさ。

 初日、家に帰るなりキルエンは、私の両手を優しく握り、嬉しそうにこう言った。その両目は子どものように無邪気で、キラキラしていて……。素晴らしいスタートを切れたことに、二人で大喜びしたものだ。

 ――マーガレット、すまない。少し手が足りなくて、計算を手伝ってもらえないだろうか。いつもありがとう。

 それからの日々は忙しかった。客単価の計算や、諸経費の算出、それによって月に何日営業すべきかなど。黒字になるまでにかかる日数まで含めて、侯爵に報告するための資料を作る必要があり、やることは山積みだ。
 私も当然働くべきなのに、キルエンはいつも感謝の言葉を添えてくれた。
 そのたびに心が温かくなり、彼のために頑張ろうとやる気が出てくる。
 そんな気持ちが、空回りしてしまったのかもしれない。

 ――内装は全て新しくしようと思う。……いや、であれば再利用はキッチンのみに。ちょっと待ってくれ、塗りなおせば印象は変わるだろうけど。オープンにかかる費用くらい、そこまで気にしなくていいと思うのだが。

 二週間もすると、名前を呼ばれなくなった。私から話しかけても、「ああ」とか「うん」というそっけない返事のみ。
 キルエンと意見が割れることもしばしば。一致したのは、カーテンの色を藤色にしようということだけ。
 喧嘩を避けようと、譲歩できるところは彼を尊重していた。
 しかし、なぜか私に挑戦するような態度を取るようになり……侯爵には彼と私の二つの案を提出することになってしまった。
 採用されるのはいつも私の意見。彼も不満がたまっていたのだと思う。

 ――従業員は、料理長にサブのコック、その他合わせて六名もいれば十分だろう。……なに、料理長とホールで三人? そんな机上の算出を見せられたところで、トラブル発生時の対応が。……そうかい、君はいつも正しいからね。

 ダグルドお父様にキルエンとの関係を相談してみたが、家族に遠慮は要らないと言われてしまった。その後、キルエンに一言あったらしいが、彼の輝く笑顔をしばらく見ていない。
 変わらず仕事の相談には来てくれているけれど、この頃からついに会話もなくなってしまった。ぽんと目の前に書類を置かれ、なにかあれば直して返すだけ。
 彼は自室に籠もりきり。たまに見かける部屋から出てくる横顔は、どこか険しく、私の知らない誰かのよう。
 私が頑張れば頑張るほど、キルエンを苦しめてしまう。
 ……胸が苦しい。
 彼を助けたいだけなのに、なぜか距離ができるばかり。

「……ふぅ」

 ため息をついて、石造りのテーブルに腰掛ける。
 頭上の鮮やかだった紫色の藤棚は、いまや花を摘まれて緑のカーテン。あのむせかえるような甘い香りもない。
 脳裏を駆け巡るのは、キルエンと出会ったあの日の記憶。まるで、喫茶ウィステリアのミルクティーのような。

「お疲れですか、マーガレット様? お茶をお淹れしますね」

「ありがとうサーシャ。でも、本当に疲れているのはキルエンだわ。私のは、そうじゃないの」

 サーシャは私付きのメイド。本当によくしてくれる。
 頭一つ分くらい背の低い小柄な彼女は、不安そうな薄緑色の瞳で私の顔を覗き込む。
 短く丸いキノコを彷彿とさせる黄色の髪を、ぽんぽんと叩いて弾ませるのが癖らしい。
 元気がよくて明るい、私とは正反対の性格。彼女の方が二歳上だけど、なんだか妹みたいな存在だ。

 ノブルス子爵家にあった本などの私物は全て、この家に送られてきた。もう、私の居場所はファーブリック侯爵家になっている。
 サーシャがいなければ、気持ちが張り詰めてどうにかなってしまいそう。
 いまや彼女だけが心の支えになっている。
 私って弱かったんだな。家族に会いたい。

「でも、ウィステリアはしばらく予約で埋まってるんですよね? そろそろお二人でゆっくりできるのでは?」

 店はすでにオープンしており、私は顔を出すことを遠慮させてもらったが、初日は大成功だったらしい。こちらの戦略がはまり、喫茶ウィステリアは貴族たちの話題の中心にもなっているという。
 色々と費用を削減したので、半年もかからず黒字化する見込みだ。ファーブリック侯爵家の新たな武器となってくれるはず。

「えぇ、そうだといいのだけれど」

 このすれ違いは、仕事が一段落すれば元に戻るのだろうか。キルエンの心が少しずつ離れていっていることに、薄々気づいている。
 一時的なものだと思いたい。忙しさが落ち着けば、いつものキルエンに戻ると。

 カップを手に取り、サーシャが注いでくれたコーヒーを口に含む。
 渋くて苦い。私の心情を表すような味だった。
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