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第二章 死んで灰になりました
10.娘と息子sideダグルド
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窓の外、美しい庭園を見ながら思う。私は子供たちの何を見ていたのか。
マーガレットと話し合いをした結果、結婚式まで実家に帰らせることにした。
あの泣き腫らした両目。キルエンと上手くいっていないと何度も相談を受けていたのに。
息子なら分かってくれると信じた自分に腹が立つ。
あいつも私も覚悟が足りなかったのだ。
ファーブリック侯爵家に光ある未来が見えたあの日から、マーガレットのみが重荷を背負っていたということか。
「なんでしょう?」
少し間の空いた気怠そうなノック。
息子がやってきたようだ。
「入れ」
椅子に深く腰掛け、強い口調で招き入れる。
姿を見せたキルエン。幼い頃からそうだ。納得いかないことがあると、不機嫌な表情を隠せない。
子を叱り、正しい方向へ導いてやるのが親の務め。心の内を曝け出してくれるとよいのだが。
「私に何か言うことはないか?」
「いえ、特には」
「マーガレットを実家に帰らせた。お前にはここ最近、何度も苦言を呈してきたつもりだ。本当に何も……」
「ありません!」
これでは、思い通りにいかなくて癇癪を起こす子供だ。
……ここまでとは。
今回の婚約は、家の決定。私が命じたこと。キルエンもそれを受け入れた。
この子からすれば、政略結婚に等しい。だが、貴族社会ではよくある。
マーガレットの人柄、可愛らしさ。一生を共にする者として、その全てを愛せたはず。夫婦になるとはそういうことだ。
「キルエン、貴族の役目とはなんだ?」
「それは、国を守ることです」
そう、貴族とは国を守るもの。
優雅な暮らしをしているように思われるが、我々とて決して楽ではない。
寝る間も惜しんで働くこともあれば、戦場に出て死ぬこともある。大きな仕事を任されれば、その重圧に押し潰されて心を壊すことだってある。
税を課すのは、国力を増強し、民の生活を豊かにするため。
権力を振りかざすのは、貴族に逆らってはいけないという気持ちを植え付け、平民らしく過ごさせるため。
どちらも、やりすぎてはいかんがな。
……しかし、なんと愚か。
その役目を分かっていながら、一番大事なことを忘れているとは。
「では、お前は貴族ではないな。形だけ立派に整えてはいるが、まるで子供のごっこ遊びだ」
「……どういうことです? いくら父上といえど、聞き捨てなりませんね。藤の貴公子に憧れる者も多いというのに。僕が貴族でないなら、いったい誰が貴族なのでしょうか?」
「すぐ近くにいるだろう。マーガレットに決まっている!」
「なにを馬鹿な! どうしてあの女が……」
本性を表したな。自分の妻をあの女などと。
失言に気づき、表情を曇らせている。悪いことをしたと理解している証拠。ならば、こいつはまだ戻れる。
ファーブリック侯爵家当主として……いや、父としての最後の仕事だ。
この言葉が響かなければ、私はキルエンを見放すしかない。
「家族を……それも、一番近くで支えてくれる妻すら守れずなにが貴族か! マーガレットが案を出し、お前が表に立って動く。そんな素晴らしい夫婦の形を、お前は壊そうとしたんだぞ!」
あの娘は最初から理解していた。貴族の妻になった自分の役目を。
この家に来て最初の初仕事。手柄を立て、認めてもらいたいと考えるのが誰しも。マーガレットであれば、自身が活躍する案も出せただろう。
しかし、彼女はそれをしなかった。家と夫に最大のメリットをもたらす事業を第一に持ってきたのだ。
それこそ、模範となるべき貴族の姿。自分が自分がと突き進むキルエンにはないもの。
「ウィステリアにより、誰に一番利があったか考えれば分かる。マーガレットは、お前を守ったんだよ。はっきりと言う。彼女は天才だ。この国の誰より優れている。私より、お前よりもだ!」
「公爵家も王家も敵に回す発言ですよ父上。マーガレットが優秀なのは分かりますが……」
「家族の大事な話に、他の家は関係ない! 私は、お前の間違いを正したいのだ、キルエン。マーガレットによって、この家はどんどん大きくなるだろう。いまのままお前が当主になってしまえば、いずれファーブリック侯爵家を支えられなくなる」
私の言葉が響いて欲しい。
キルエンは、この国の顔になれる男だ。外交向きだし、国内の貴族をまとめることも容易い。そういう能力を持って生まれてきてくれた。
今後、ファーブリック侯爵家は発言力を増し、公爵家よりも重宝される可能性がある。全てマーガレットによってな。
私は、それだけあの娘を買っている。
「では、マーガレットを当主にするおつもりですか?」
「それは無理だろう。適材適所というものがある。私は、お前に期待しているのだ、キルエン。結婚式まで、頭を冷やしてよく考えてみなさい」
長い沈黙。これ以上、話すことはない。あとはキルエンがどう考えるか。
侯爵である前に、私も親なのだな。息子が可愛くて仕方がない。
「少し、時間をください」
キルエンが頭を下げ、部屋を出ていく。
叱られてしょんぼりする、まだ幼いあの子の姿が重なる背中を見送る。
ここで分かったと即答されなくてよかった。
二人の問題は、時間が解決してくれると信じよう。
「余計なことをしてくれるなよ、モルガン」
立ち上がり、再び窓の外を見ながら呟く。
鮮やかな薔薇が、ひどく不気味に笑っているように感じた。
マーガレットと話し合いをした結果、結婚式まで実家に帰らせることにした。
あの泣き腫らした両目。キルエンと上手くいっていないと何度も相談を受けていたのに。
息子なら分かってくれると信じた自分に腹が立つ。
あいつも私も覚悟が足りなかったのだ。
ファーブリック侯爵家に光ある未来が見えたあの日から、マーガレットのみが重荷を背負っていたということか。
「なんでしょう?」
少し間の空いた気怠そうなノック。
息子がやってきたようだ。
「入れ」
椅子に深く腰掛け、強い口調で招き入れる。
姿を見せたキルエン。幼い頃からそうだ。納得いかないことがあると、不機嫌な表情を隠せない。
子を叱り、正しい方向へ導いてやるのが親の務め。心の内を曝け出してくれるとよいのだが。
「私に何か言うことはないか?」
「いえ、特には」
「マーガレットを実家に帰らせた。お前にはここ最近、何度も苦言を呈してきたつもりだ。本当に何も……」
「ありません!」
これでは、思い通りにいかなくて癇癪を起こす子供だ。
……ここまでとは。
今回の婚約は、家の決定。私が命じたこと。キルエンもそれを受け入れた。
この子からすれば、政略結婚に等しい。だが、貴族社会ではよくある。
マーガレットの人柄、可愛らしさ。一生を共にする者として、その全てを愛せたはず。夫婦になるとはそういうことだ。
「キルエン、貴族の役目とはなんだ?」
「それは、国を守ることです」
そう、貴族とは国を守るもの。
優雅な暮らしをしているように思われるが、我々とて決して楽ではない。
寝る間も惜しんで働くこともあれば、戦場に出て死ぬこともある。大きな仕事を任されれば、その重圧に押し潰されて心を壊すことだってある。
税を課すのは、国力を増強し、民の生活を豊かにするため。
権力を振りかざすのは、貴族に逆らってはいけないという気持ちを植え付け、平民らしく過ごさせるため。
どちらも、やりすぎてはいかんがな。
……しかし、なんと愚か。
その役目を分かっていながら、一番大事なことを忘れているとは。
「では、お前は貴族ではないな。形だけ立派に整えてはいるが、まるで子供のごっこ遊びだ」
「……どういうことです? いくら父上といえど、聞き捨てなりませんね。藤の貴公子に憧れる者も多いというのに。僕が貴族でないなら、いったい誰が貴族なのでしょうか?」
「すぐ近くにいるだろう。マーガレットに決まっている!」
「なにを馬鹿な! どうしてあの女が……」
本性を表したな。自分の妻をあの女などと。
失言に気づき、表情を曇らせている。悪いことをしたと理解している証拠。ならば、こいつはまだ戻れる。
ファーブリック侯爵家当主として……いや、父としての最後の仕事だ。
この言葉が響かなければ、私はキルエンを見放すしかない。
「家族を……それも、一番近くで支えてくれる妻すら守れずなにが貴族か! マーガレットが案を出し、お前が表に立って動く。そんな素晴らしい夫婦の形を、お前は壊そうとしたんだぞ!」
あの娘は最初から理解していた。貴族の妻になった自分の役目を。
この家に来て最初の初仕事。手柄を立て、認めてもらいたいと考えるのが誰しも。マーガレットであれば、自身が活躍する案も出せただろう。
しかし、彼女はそれをしなかった。家と夫に最大のメリットをもたらす事業を第一に持ってきたのだ。
それこそ、模範となるべき貴族の姿。自分が自分がと突き進むキルエンにはないもの。
「ウィステリアにより、誰に一番利があったか考えれば分かる。マーガレットは、お前を守ったんだよ。はっきりと言う。彼女は天才だ。この国の誰より優れている。私より、お前よりもだ!」
「公爵家も王家も敵に回す発言ですよ父上。マーガレットが優秀なのは分かりますが……」
「家族の大事な話に、他の家は関係ない! 私は、お前の間違いを正したいのだ、キルエン。マーガレットによって、この家はどんどん大きくなるだろう。いまのままお前が当主になってしまえば、いずれファーブリック侯爵家を支えられなくなる」
私の言葉が響いて欲しい。
キルエンは、この国の顔になれる男だ。外交向きだし、国内の貴族をまとめることも容易い。そういう能力を持って生まれてきてくれた。
今後、ファーブリック侯爵家は発言力を増し、公爵家よりも重宝される可能性がある。全てマーガレットによってな。
私は、それだけあの娘を買っている。
「では、マーガレットを当主にするおつもりですか?」
「それは無理だろう。適材適所というものがある。私は、お前に期待しているのだ、キルエン。結婚式まで、頭を冷やしてよく考えてみなさい」
長い沈黙。これ以上、話すことはない。あとはキルエンがどう考えるか。
侯爵である前に、私も親なのだな。息子が可愛くて仕方がない。
「少し、時間をください」
キルエンが頭を下げ、部屋を出ていく。
叱られてしょんぼりする、まだ幼いあの子の姿が重なる背中を見送る。
ここで分かったと即答されなくてよかった。
二人の問題は、時間が解決してくれると信じよう。
「余計なことをしてくれるなよ、モルガン」
立ち上がり、再び窓の外を見ながら呟く。
鮮やかな薔薇が、ひどく不気味に笑っているように感じた。
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