老婆令嬢と呼ばれた私ですが、死んで灰になりました。~さあ、華麗なる復讐劇をお見せしましょうか!~

ミィタソ

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第二章 死んで灰になりました

11.女神との密会は蜜の味sideキルエン

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 間接照明の光が、花瓶に生けた植物のシルエットを壁に映す。
 薄暗い個室で二人きり。グラスを持ち上げて微笑みを重ねた。
 芳醇な香りを放つ、深い紫色のワインを口に含む。舌の上で転がすと、重量感がある。熟成されたフルーツのアロマが、鼻から抜けていく。

「うん、素晴らしいワインですね、マリス嬢。よろしいのですか、こんな高いものを?」

「さすがキルエン様、お分かりになるのですね。味の分かる方に飲んでもらえて、ワインも喜んでいますわ」

 左手でかきあげ、耳にかけた桃色の長い髪。ぷっくりとした形のいい唇。マリス嬢は顔をコテンと少し傾け、水色の瞳で熱っぽい視線を送ってくる。
 女性らしい体つきで、多くの貴族男性が彼女の美貌に目を奪われるという。バロンブルグの女神と称されるのもうなずける。

 ここは会員制のバー。一部の貴族しか出入りできない。
 マリス嬢からのお誘いだ。
 マーガレットのお披露目をしたあの夜会の日、スーツの胸ポケットにそっと差し込まれた手紙。丸みを帯びた可愛らしい文字で、日付と時間、そしてこの場所が書かれていた。

「心中お察ししますわ、キルエン様。あんな老婆のような女性と結婚なさるなんて」

「えぇ、まったくです。昨日もまた父上から釘を刺されましてね。参りましたよ。いまは実家に帰っているので気は楽ですが」

「まあ! 仕事を押し付けて、ご自分は一人帰省ですの。随分なご身分ですわね。……で、どうなさるおつもり?」

 どうする……とは。何を聞かれているのか、内容は分かっている。どのようにして、マーガレットと別れるのか。
 また素っ気ない態度をとれば、今度こそ父上は僕に罰を与えるだろう。
 覚悟を決めたあの青い瞳の前で、無理に離婚などできるはずもない。
 侯爵位を引き継がせてもらえない可能性がある。いや、間違いなくそうだ。
 もしそうなれば、その事実を隠したままマリス嬢と結婚することになる。
 バレたら離婚は確実。
 相手は公爵家だ。最悪の場合、罪に問われてしまう。

 しかし、もうマーガレットと別れると約束してしまっている。だからこうやって、二人きりの時間を作ってもらえているのだ。
 やっぱり無理そうだ……とは、口が裂けても言えない。
 マリス嬢との関係が悪くなれば、その噂は瞬く間に社交界に広がってしまう。藤の貴公子だなんて言ってはいられなくなる。別の汚名を着せられるはず。

「マーガレットの方から、別れたいと言わせるようにしますよ。お任せください」

「ですから、どのように?」

 誤魔化そうと適当に口から滑り落ちた言葉が仇となった。
 具体的な計画などない。
 嘘を吐くのは簡単だが、思いついたばかりの納得性のない案では、マリス嬢の信頼を失ってしまう。
 彼女とて公爵家で優秀な教育を受けてきた身。馬鹿ではないのだから。
 どうしたものか。答えに詰まってしまう。

「ワタクシの時間を買おうとすれば、大粒の宝石でも足りませんの。言い寄ってくる男を突き放すのも、なかなか骨が折れますのよ。いつまで待たせるおつもりかしら、キルエン様?」

 マリス嬢は立ち上がり、テーブルの縁に指を添わせながら歩きだす。

「選ぶのはこちら。その気になれば、第二王子だろうと魅了してみせますわ。ワタクシがときめいてしまう殿方になって欲しい。それだけですの。」

 そのまま僕の隣まで来て、しなだれかかるように体を密着させてくる。
 肘を僕の肩に乗せると、耳元にゆっくりと顔を近づけ……そして。

「殺しちゃえばいいじゃない」

 耳たぶを唇でくすぐりながら、甘い吐息と共に恐ろしい言葉が鼓膜を揺らす。

「いくらなんでもそれは……!」

「うふふ、冗談ですわ」

 マリス嬢は可愛らしく笑い、また席に戻っていく。
 座りなおすと、テーブルの上で腕を組み、前のめりになってこちらを真っ直ぐ見つめてくる。

「でも、ワタクシを手に入れるなら、それくらいの覚悟が必要なのではありませんこと? 藤の貴公子からの熱い気持ち、ぜひこの身で感じたいですわ」

「マリス嬢を思う心は誰にも負けません。必ずあなたを手に入れてみせます!」

「どうでしょう? 殿方はみんなそうおっしゃいますわ。そうだ、一度モルガン夫人に相談してはどうかしら?」

「母上に……そうですね。明日、外で時間を作ってもらいます」

 厄介なことになってしまった。
 母上の思考は息子の僕でさえ読めない。相談したら最後、マーガレットの件は僕の手から離れてしまうだろう。
 まあいい、決めたことだ。僕はマリス嬢と結婚する。この流れはもう止められない。

「あら、いいお顔になりましたわね。なにか心に決められたのかしら? 凛々しくて素敵ですわ、キルエン様。はい、あーん」

 チーズを生ハムで巻いたものが口元に運ばれてくる。
 なんと優しい。彼女のこういった気遣いが魅力的なのだ。
 しかし、ここですぐに飛びつくわけにはいかない。
 僕もいい大人だ。恥ずかしがる素振りを見せねば。
 こほんと一つ咳ばらいをし、大きく口を開いて遠慮なく受け入れる。

「こんなに美味しいものは他にありませんよ」

「ふふっ、可愛い。ワタクシのキルエン様」

 よかった、ようやくマリス嬢の雰囲気が柔らかくなってくれた。
 喫茶ウィステリアについて、これから王都で流行りそうなアクセサリーなどの話で盛り上がる。
 楽しくて、幸せな時間が流れていく。

「では、そろそろ帰りましょうか」

 マリス嬢が立ち上がり、個室のドアの方へと歩いていく。

 今日もあっという間に終わってしまった。
 いい夜を過ごせたな。やはり、僕の妻に相応しいのは彼女だけだ。
 僕も席を立ち、マリス嬢の横に並ぶ。

「馬車までお送りします」

 そして、手のひらを差しだす。

「いやですわ、何かお忘れではありませんこと?」

 長いまつ毛の下、潤んだ水色の瞳。バロンブルグの女神が、僕の前で、僕のためだけに、そっとまぶたを閉じる。
 今日で二回目、口づけを求める合図だ。家にマーガレットがやってきてから、彼女はずいぶんと積極的になった。
 僕を取られまいと必死なのだろう。マリス嬢、なんと可愛らしい。
 細い腰を抱き寄せ……唇を重ねる。
 僕だけが知る、この柔らかな感触。他の誰にも渡したくない。

「ふふっ。では、ごきげんよう。いい知らせを期待しておりますわ」

 外に出て、優雅に手を振りながら馬車に乗り込むマリス嬢を見送る。
 僕はずっと、えもいわれぬ余韻に包まれていた。
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