老婆令嬢と呼ばれた私ですが、死んで灰になりました。~さあ、華麗なる復讐劇をお見せしましょうか!~

ミィタソ

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第二章 死んで灰になりました

12.擦り減る心

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 いよいよ結婚式間近。当日の打ち合わせがあるため、少し早めに戻ってきた。
 お父様、お母様、弟のルアンも一緒の馬車に乗り、いまは王都の宿で待機している。
 移動にばかり時間を取られてしまい、実家に滞在できたのはたったの五日だけ。それでも、帰らないよりはまし。心がだいぶ軽くなった。
 ――向こうの家で上手くいっていない。
 家族には包み隠さず話すことにした。初仕事をきっかけに、私の身に起きた辛い経験の数々を。
 お父様は、声を荒げて怒ってくれた。
 お母様は、寄り添って一緒に泣いてくれた。
 弟は、社会史の論文を手伝ってくれと……。まったく、ルアンらしい。
 あの子が変わらないでいてくれるから、私も救われるところがあるのだけれど。
 両親は、婚約なんて破棄したって構わないと言ってくれた。でも、私はもう少しだけ頑張ってみようと思う。
 ノブルス子爵家の家格を高めるためではない。こっちの家にも優しくしてくれる味方がいるからだ。

 さあ、勝負のとき。馬車から降りて、石畳を進む。
 ……気合十分のはずだったのに。
 ファーブリック侯爵家の屋敷の前で、つい足を止めてしまう。
 夜会で聞いてしまったマリス様の言葉が脳裏をよぎる。
 またキルエンに距離を置かれるかもしれない。
 ダグルドお父様は時間が解決してくれると言っていたけど、本当に大丈夫だろうか。
 不安が胸を塗りつぶしていく。
 ……そのとき、玄関の扉が勢いよく開いた。

「あっ、やっぱりマーガレット様じゃないですか! おかえりなさい!」

 顔を覗かせたのは、メイドのサーシャだった。
 馬のいななきと車輪の音で気づいたらしい。耳が良すぎるのか、いつお客様が来てもいいように気を張っているのか。
 仕事に熱心な方ではないから、おそらく前者ね。

「ただいま、サーシャ。みんないるかしら? 挨拶をしたいのだけど」

「はい、ご在宅です。お声掛けしてきますので、お部屋でお待ちください!」

 自室に戻り、荷物を置いてベッドに寝そべる。
 悲しいかな、実家に一度帰ってしまったせいで分からされてしまった。マットレスの品質が明らかに違う。
 肌ざわりもいいし、ふわふわと柔らかい。慣れ親しんだ硬めの方が好きだと強がっておく。
 ……久しぶりにこちらの家族と話す。変な汗をかくくらいには緊張してきた。
 サーシャはまだだろうか。
 ノブルス家でお父様に言われた、婚約破棄については喋るつもりがない。なんだか脅すようで嫌だ。胸の奥深くに閉じ込めておく。
 田舎貴族の私ごときに、そんな価値があるとは思えないけれど。
 そういえば、もし婚約破棄をした場合、準備にかかった費用はどちらが持つことになるのだろうか。
 言い出しっぺはこちらだけど、非があるのはキルエン。裁判とまではいかないにしても、面倒な話し合いになりそうだ。
 おそらく支払いはファーブリック侯爵家に……。

「マーガレット様、お待たせしました。キルエン様、侯爵様、奥様の順でお願いします。では、あたしの役目はこれまでですかね」

「えぇ、ありがとうサーシャ」

 サーシャとはここでお別れ。現実逃避の妄想はおしまい。
 まさか最初がキルエンとは。鬼が出るか蛇が出るか。
 いよいよ勝負のとき!

 キルエンの書斎の前まで来ると、自分でも驚くくらいに胸の鼓動が大きくなっていた。
 深呼吸をしてから、扉をノックする。

「マーガレットです」

「ああ、入りたまえ」

 昔の彼とまた話をしたい。祈るような気持ちで中に入る。
 本の位置が決まっている本棚、几帳面に整理された書類。変わらない、見慣れた部屋だ。
 その中央で、キルエンが背筋を伸ばして立っていた。

「僕が悪かった! 本当にすまない!」

 勢いよく腰を直角に曲げた気持ちいいくらいの謝罪。あの藤の貴公子が深々と頭を下げている。
 何が起きているだろう。思ってもいなかった光景に、脳の処理が追い付かない。

「マーガレット、僕は君に嫉妬していたんだ。喫茶ウィステリアについて、何もかも負けてしまった。プライドが邪魔をして、君の心に傷を付けてしまった。自分が恥ずかしいよ。こんな愚かな僕に、どうかやり直すチャンスをもらえないだろうか?」

 キルエンの言葉を何度も反芻はんすうし、やっと理解した。
 要約すると――ごめん、やり直そう。こういうことらしい。
 ここで、自分の口がぽかんと開きっぱなしだったことに気づく。しばらく間抜けな表情をしていたようだ。

「そんな、頭を上げて。悪いのはキルエンだけじゃない。もっと早くに、お互いの心の内を見せ合えていれば……。うん、大事なのはこれからね。また助け合っていきましょう、二人で!」

 もうダメかと覚悟していた。でも、キルエンの方から歩み寄ってくれるなんて。
 ダグルドお父様がなんとかしてくれたのだろう。なんとお礼を申し上げたらいいか。
 嬉しい、心が弾むように軽い。私たちはまたやり直せるんだ。

「ありがとう……マーガレット。これからは心を入れ替えて、二度と君を傷つけないと誓う。そうそう、父上が首を長くしてマーガレットの帰りを待ちわびていたよ。早く顔を見せてあげておくれ」

「はい。では、また後ほど。何か手伝えることがあれば、いつでも呼んで!」
「ああ、頼りにしているよ。結婚式の打ち合わせは僕が呼びに行くから。部屋で待ってて!」
「ありがとう、キルエン」 

 キルエンの部屋から出て、ダグルドお父様の元へ向かう。
 スキップでもしたい気分だ。私はいま、どんな顔をしているのだろう。
 溢れて止まらない笑みが、不気味じゃないことを祈るばかりだ。
 
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