老婆令嬢と呼ばれた私ですが、死んで灰になりました。~さあ、華麗なる復讐劇をお見せしましょうか!~

ミィタソ

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第二章 死んで灰になりました

15.突然の別れsideルアン

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 あれは、ちょうど二週間前。ノブルス子爵家の屋敷に、ずいぶん慌てた様子で領の騎士団がやってきた。
 騎士たちは、ガチャガチャと金属が擦れる音を立てながら馬から降りて、屋敷へと入っていく。

 ボクらは大広間に向かう。
 よほど大きな事件でもなければ、父様だけが呼ばれるはず。家族全員が集められるなんて何事だろうか。あのときのボクには、想像も出来なかった。
 神妙な面持ちで一列に並ぶ騎士たちの中から、緑髪の男が前に出る。
 彼の名前はクリス。悪は許さないと言わんばかりの鋭い目つき。ノブルス子爵領の騎士隊長で、たしか38歳だったはず。もうおじさんと呼ばれてもおかしくない年齢だ。

「エンリケ様に報告があります。今朝、ファーブリック侯爵領の騎士駐在所より連絡がありまして……落ち着いて聞いてください。マーガレット様が殺されました」

 父様の目を真っ直ぐに見据え、騎士隊長のクリスが口にした言葉に耳を疑った。
 姉様は、つい最近結婚したばかり。幸せの絶頂にいる方だ。
 ……それがなぜ。

 クリスによると、姉様が殺害されていたのは、ファーブリック侯爵家の自室。クローゼットの近くに倒れ、何度も背中を刺されていたらしい。
 発見したのはメイドの一人で、その日は休暇明けということもあり、いつもより早めに出勤した。
 屋敷の中に入り、執事やメイドの休憩室に掃除道具を取りに行ったのだが、窓が開けっぱなし。よく見ると、床にガラスの破片が散らばっている。
 これはおかしいと思い、見回りを開始した。

 まずは、モルガン夫人の部屋を確認。箪笥の引き戸は開け放たれて、中の物が外に放り出されている。……嫌な予感は的中したらしい。
 小さくても高値で売れる貴金属が主に無くなっていることから、強盗に入られたのだと気づく。
 他にも何か盗られていないか。キルエン様、侯爵の部屋を順番に調べていくと、やはり同様に荒らされている。
 最後にマーガレットの自室のドアを開いたところで、死体を確認したらしい。

 現在も捜査を続けているが、いまだ犯人の手掛かりは掴めていない。
 以上である。

「あ……あぁ……」

 母様は、魂が抜けてしまったかのように膝から崩れ落ち、声にならない悲鳴を上げて泣いていた。
 膝を付いて母様を抱きしめる。……震えていた。
 全身に悲しみが伝わってくる。
 姉様の死を受け入れられず、何も考えることが出来なかったボクのほほを涙が伝う。

「クリス、聞いていいか? なぜマーガレットは一人だったんだ?」

 父様は悔しそうな表情で、拳を固く握り締めながら騎士隊長に尋ねる。

「それが、まだご家族が戻っておらず、何も分かっておりません」

「……そうか、ご苦労だったな」

 深々と頭を下げて謝罪するクリスの肩にポンと手を置き、父様が自室に戻っていく。
 威厳のある貴族らしい態度ではあるが、なんだか血が通っていないように感じてしまった。
 家長になるには、心を凍らせる必要があるのだろうか。ボクが理想とする大人とは違う。

 騎士隊が帰ったあと、少し父様と話したくなった。

「父様、いまお時間よろしいでしょうか?」

 扉をノックして、呼びかける。

「……どうした?」

 部屋の中から聞こえてきた声は、ひどく弱々しく、震えていた。

「いえ、やっぱりまたにします」

 姉様が死んだのに、悲しくないわけがなかった。
 溢れ出す涙、やり場のない怒り。それらを必死に堪えて、表に出さなかっただけ。
 ボクは自分の愚かさを恥じた。

 ……そして、葬式の日。
 姉様は、社交の場に積極的に参加する人ではなかったので、知り合いが少ない。
 我が家の大広間が式場だ。たいして広くもないので、故人をしのぶのは身内だけにしようと決まった。
 
 壁際には白黒写真。姉様が歯茎を出して楽しそうに笑っている。
 ノブルス子爵家を出る前に、映写機えいしゃきで撮っていたものだ。それがまさか遺影になるなんて。
 その周りには、アーチ状に飾り付けられた大量の花が。

 遺影の前では、小さな壺がぽつんと寂しそうだ。
 あの中には、姉様がいる。生前の姿など想像できない、細かな灰となって。
 貴族の死体は、すぐ火葬場に送られて燃やされてしまう。最後はどんな表情だったのか、そんなもの見られたくないから。
 とてつもない火力で焼かれるので、見事に灰だけ残るらしい。
 その灰を納めておくのが、あの灰壺はいつぼだ。

「ファーブリック侯爵家の皆様が到着しました!」

 執事の声と共に、大広間の扉が開く。
 ダグルド侯爵とモルガン夫人、その後ろにキルエン様。喪に服すために、黒いスーツを身につけている。

「待たせたな、すまない」

「……どうも」

 頭を下げる侯爵に対し、父様は目も合わせず、素っ気ない態度で挨拶を返す。
 普通なら、遥か格上の貴族にこんな態度を取れば、何を言われるか分からない。圧をかけられて、家を潰される可能性すらある。
 ではどうして、貴族のお手本のような父様が、そんな危ない橋を渡るのか。
 おそらく、許せないのだ。大事な娘を預けた侯爵家、その当主のことが。
 病気や事故で亡くなったのならまだしも、最も安全な大貴族の屋敷の中で殺されたなんてありえない。無視をしなかっただけマシだろう。

 父様が来客に軽く会釈をしてから口を開く。

「お集まりいただきありがとうございます。マーガレットに別れの挨拶をしてやってください」

 その挨拶を受けて、モルガン夫人が灰壺の前まで進む。
 そして、両手のひらを合わせて目を瞑った。
 別れの言葉は、口に出さなくてもよい。夫人のように、頭の中でささやくこともある。

 キルエンもまた同様に。
 妻を失ったのにも関わらず、すました顔で頭を下げて戻っていく。
 そんな彼の姿に、どうしようもなく腹が立った。

 最後は侯爵。灰壺の前で両膝をつくと、深く頭を下げた。

「すまない、私のせいだ。息子と同じように愛していた。本当の娘だと思っていたんだ。……マーガレット、なんでこんなことに……ぐうっ」

 消え入りそうな声で語りかけると、遺影を見つめながら大粒の涙を流し始めた。
 その姿を見ていた父様が、侯爵の胸元に掴みかかる。その顔はみるみるうちに赤くなり青筋が浮き出している。

「なにが娘だ! なにがすまないだ! あなたのせいでマーガレットは死んだんだろうが!」

 そして、大声で罵倒した。
 しかしその怒りの様相はすぐに変貌し、侯爵のすぐ横で力無く泣き崩れてしまう。

「マーガレットの白い髪は、一生分の苦労を背負って生まれてきた証なんです。辛く苦しい試練を何度も乗り越えた先に、誰よりも幸せになれるんだって。……うぅっ。侯爵、申し訳ありません。あなたは悪くないと、本当は分かっているのです」

 父様は、心の内を全て吐き出すかのように呟き、謝罪した。

 いつもは大きく見える背中が、今日はやけに小さく見える。
 この数日、ボクらの胸にはぽっかりと大きな穴が開いていた。失った物が大きすぎたんだ。
 どうしようもない苛立ち。不意に押し寄せてくる悲しみ。いまのボクには、父様の気持ちが理解できる。

「必ず犯人を見つけるぞ、ノブルス子爵。そのためには、お前の助けが必要だ。少し、二人だけで話さないか?」

 侯爵は父様に肩を貸し、そのまま書斎に向かっていく。
 二人は深夜になるまで戻って来なかった。
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