老婆令嬢と呼ばれた私ですが、死んで灰になりました。~さあ、華麗なる復讐劇をお見せしましょうか!~

ミィタソ

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第三章 なぜか生き返りました

16.蘇りの秘薬は吸血鬼が持ってくる

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「――ハッ!」

 ベッドの上、布団を持ち上げながら勢いよく体を起こす。
 ずいぶん長い夢を見ていた。
 お父様が嬉しそうに婚約写真を持ってきたところから始まり、キルエンと王城で結婚式をして、それで……あれ、どうなったのかな?

「うっ……」

 その後のことを思い出そうとすると、頭が割れるように痛い。
 すごく大事なことのはずなのに、まるでここから先は踏み入ってはいけない場所だと、漆黒の濁流に押し返されるかのよう。
 二度と経験したくない……そんな悪夢だったのは間違いない。
 全身にびっしゃりとかいた冷や汗がそう言っている。

「……ところで、いったいここはどこなの?」

 私は、知らない部屋にいた。
 お気に入りの本でいっぱいの本棚が見当たらない。クローゼットもどこへやら。
 調度品すら何もない、ベッドと姿見だけでひどく殺風景だ。
 なぜ私はこんな場所にいるのか。そもそも、ここはどこなのか。まずは周辺の状況を確認すべきだろう。

 立ち上がり、カーテンを開いて窓の外を見てみる。
 この高さ、おそらく三階くらい。
 ノブルス子爵家よりよっぽど広く立派な庭だ。身を乗り出して見回すと、屋敷もかなり大きい。
 つまり、伯爵以上の階級ということ。なおさら謎は深まるばかり。
 考えても無駄なので、手櫛で髪を整えながら姿見の前に立つ。

「え、私じゃない!? いや、よく見たら……」

 鏡に映った自分の姿が全然違う。
 まず、服が変わっている。この青いドレスに見覚えがない。サイズも若干小さい気がする。
 まあ、ひとまずこれはよしとしよう。
 私の髪は、老婆のように灰色に近い白だったはず。それが、真っ黒。窓から差し込む光を反射して、カラスの濡れた羽のように美しい。
 さらに異常事態なのが私の顔だ。
 陶器みたいに白い肌、まぶたには薄いブラウンのアイシャドーまで引かれている。チークによって、ほっぺたがまるで健康的な幼女みたいになっているし、唇なんてピンクで可愛らしく、自分のものとは思えないほど魅力的だ。
 私の肌は、白粉がちょっと触れたくらいでかぶれてしまうほどに弱かった。でもいまは、真っ赤に腫れ上がる様子も、少しの痒みすらない。
 ……じゃあ、これは誰?
 目の前にいる絶世の美女。ぱっと見は別人だ。
 しかし、十八年間見続けていたから分かる。体の中で唯一お気に入りだったサファイアのように深い青色の瞳が、これは間違いなく私だと言っている。

 そのとき、コツコツと革靴が床を叩く足音が聞こえてきた。
 おそらく男性のもの。
 近づいてくるにつれて、だんだん怖くなってきた。
 なにか武器になりそうなものを探す……が、何もない。
 私の細腕では、姿見なんて振り回せないし。
 おろおろしているうちに、扉が開いてしまった。
 両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、身構える。

「おや、これは失礼。もう目を覚ましていたんだね」

 部屋の中に入ってきたグレーのドレススーツに身を包む人物を、私はよく知っていた。
 頭の後ろで結わえたさらりと長いプラチナブロンドの髪、神秘的な輝きを放つ深紅の瞳。肌は透き通るように白く、浮世離れした美しい顔をしている。この特徴が、物語に出てくる女性の血を吸う怪物――ドラキュラに酷似していることから、血吸い伯爵と呼ばれている方だ。

「エンヴィ・ハイゼンベルク伯爵、お久しぶりですね」

 そう、久しぶりの再会。
 社交の場に参加した数少ない記憶の中で、唯一楽しかった思い出として強く残っている。
 老婆令嬢として蔑まれる私、血吸い伯爵として距離を置かれる彼、他の貴族を避けて会場の外にいたら、出会うのは当然だ。
 エンヴィ伯爵は、産まれてすぐに事故で両親を失い、物心つく前に爵位を継ぐこととなった。ハイゼンベルク伯爵家は、機械作りで名を上げた家だ。実務は全て、祖父と祖母が行っていたらしい。
 そんな身の上話から始まって、ずいぶん長く話をした気がする。

「そんな堅苦しい喋り方はやめてよ。僕と君の仲じゃないか。せめて二人きりのときは、エンヴィとマーガレット、敬称なんてなしにしようと約束したのに。もしかして忘れちゃった?」

 エンヴィは、整った顔で、叱られた子犬のように悲しそうな顔をしている。
 そのギャップに思わず吹き出し、笑ってしまう。

「覚えてるわよエンヴィ。ところでなぜ……」

「それ、母のドレスだから、古いデザインでごめんね。マーガレットにドレスを着せて、驚かせようと化粧まで僕がやったんだ。いやぁ、大変だったよ」

 私がここにいる理由を尋ねようとしたのに。
 ……ドレスを着せた?
 遮るようにエンヴィが口にした言葉を聞き、表情が抜け落ちる。

「えっと、エンヴィ? それ、どういうことかしら。説明があまりに不足していて、理解が追いつかないのだけれど。私を裸にしたってこと?」

「ちょ、ちょっと、そんなに怖い顔しないでよ。だってしょうがないじゃないか、蘇りの秘薬を使ったんだから。できるだけ見ないように努力はしたけどね」

 蘇りの秘薬とは、ある日、世界のどこかに眩い光を伴い突然現れるという小さな小瓶に入った液体だ。
 その数滴分を体にかけると、欠損した部位すら瞬く間に復活し、どんな治療不可能な難病でさえ治してしまう。
 一説によると、女神さまの元から死んだ者の魂すら呼び戻し、蘇らせることも可能らしい。
 神の奇跡に等しい伝説の秘薬だ。
 私の髪が白かったのも、肌が弱かったのも、病気が原因だったからなのだろうか。
 しかし、納得できない。
 体に不調を感じたことはないし、昨日まで元気にピンピンしていたはず。

「なんで私なんかにそんな高価な物を使う必要があったの?」

「……マーガレット、覚えてないの? 君、一か月前に殺されたんだよ?」

 なるほど、私は死んでしまったのか。
 それなら納得だ。

「……ほぇ?」

 人は、頭の許容量を超えたとき、情けない声を出すらしい。
 
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