老婆令嬢と呼ばれた私ですが、死んで灰になりました。~さあ、華麗なる復讐劇をお見せしましょうか!~

ミィタソ

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プロローグ

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 むかしむかし、杖をつく老婆が一人、街角で青年とぶつかり、地面に倒れてしまいました。
 膝を痛め、自力では立ち上がれませんでしたが、青年は助けるどころか、冷たい言葉を浴びせ去っていきました。
 そのとき、きらびやかな馬車が静かに止まり、中から高潔な王子様が降り立ちます。
 老婆の汚れた姿を気にも留めず、優しく抱き起こし、治療院へ運ぶため馬車に乗せました。
 王子様の温かい手に触れた瞬間、奇跡が起こります。老婆の姿は光に包まれ、白い髪は艶やかな黒髪へと変わり、息を飲むほど美しい令嬢へと戻りました。
 そう、その老婆は、悪い魔女に魔法をかけられた公爵家の令嬢だったのです。
 魔法を解く鍵は、見返りを求めない優しさ。令嬢は、すぐに恋に落ちました。
 こうして二人は、いつまでもいつまでも、幸せに暮らしましたとさ。 

 これは、大好きな『老婆姫』という物語。
 この本を読むたび、主人公の令嬢に自分を重ねてしまう。
 年を取ると、人の髪はやがて全て白くなる。しかし、この国で私だけが、白い髪のまま産まれてきた。
 容姿のせいで、老婆令嬢と蔑まれる田舎子爵の私にも、いつか幸せが訪れるのだろうか。そんなことを思いながら暮らす毎日……それが、一変した。
 婚約者が決まったのだ。
 相手は、その美貌びぼうと薄い紫色の髪から、藤の貴公子と呼ばれる社交界の中心人物。王都でも力を持つファーブリック侯爵家の一人息子――キルエン様だという。
 私とはあまりに不釣り合いで、老婆姫の世界に迷い込んでしまったみたい。
 王子様が迎えに来てくれた。眩いほどに輝く幸福な未来を夢見て、こんな奇跡があっていいのかと、神に感謝した。
 ……あのときまでは。
 そう、愛に裏切られ、私が殺されてしまうまで。

 結婚式が終わり、いよいよ新婚旅行の日。
 行き先は、ランダーク伯爵家が管理する温泉の湧く小さな観光地だという。
 山間に抱かれた静かな町で、朝霧に包まれた木々の香りが漂い、湯けむりが屋根の隙間から立ちのぼるのだとか。

 新婚旅行といえば、誰もが楽しくて幸福に満ちた旅路を思い浮かべるのだろう。
 でも、いまの私にとってその言葉は、何か重苦しいものの象徴だ。
 胸の奥で固く冷えた石が沈み、胃の底までじわじわと重さを広げていく。
 愛情の欠片もない関係のまま、夫婦として旅をする……それは、光の差さない檻に閉じ込められるのと何も変わらない。

 それはなぜか。結婚式の披露宴、そのダンスパーティにさかのぼる。
 豪奢ごうしゃなシャンデリアが彩るきらびやかな世界の中で、私は練習しても披露する機会がなかったダンスをキルエンと踊っていた。
 腰を抱かれ、彼のリードに任せてステップを踏む。必死に口角を上げて笑顔を作っていたのは、胸の中でもやもやした気持ちがずっと渦巻いていたから。
 婚約の儀式では、夫が妻にキスをする。
 しかし、私の唇は隠され、ついには何にも触れられることがなかったのだ。
 私は勇気を振り絞り、キルエンにどうしても聞いておかねばならない問いを投げかけた。

「あなたは口づけを避けた。私を愛する気などなかったのですね。」

 それに対し、彼が私に返した言葉。

 ――なんだ、そんなことを気にしていたのか。僕らは夫婦になったんだ。これから何度でもすることになるじゃないか。

 こんなに近くにいるのに、アメジストを彷彿とさせる彼の美しい瞳は、私ではなくどこか遠くを見つめていた。
 その瞬間、国王陛下の前で誓ったキルエンの愛など全て噓だったのだと気づいてしまったのだ。

 こんなことを思い返してしまえば、ため息も吐きたくなる。
 驚くほど静かな屋敷が、暗い気持ちを助長させていく。

「……はぁ、気が重い」

 屋敷の従業員たちは、休暇を与えられていた。
 結婚式の後は、その余韻に浸りながら新郎新婦に感謝を捧げる。古くから続く貴族の習わしだ。
 昨日、メイドのサーシャがにこやかにその説明をしていたが、私はこの風習に一片の有り難みも感じていない。
 さらに、お義母様が急遽重要な仕事を抱えることになり、一人では対応が難しいため、お義父様も同行することになったという。
 朝早くから馬車に乗り込む二人を見送ると、手綱を引いた馬の足音だけが石畳に遠ざかり、やがてむなしく消えていく。
 これで、キルエンと二人だけ残されてしまった。
 廃屋に迷い込んだかのように、空気はひんやりと貼りつき、物音一つしない。
 もぬけの殻とは、こういう状態を言うのだろう。

「さてと、準備を始めますか」

 鏡の前で身なりを整えていく。
 黒いプリーツスカートに、レースの縁どられた白いブラウス。それに、晴れ渡る空を思わせるスエード革の空色のコートを羽織る。
 首元には黒いスカーフをふんわりと巻いて口元を隠し、同色のショートブーツで足元を締める。
 可愛らしい毛糸の帽子をかぶり、おまけにサングラスで目元まで覆い隠す。

 ――藤の貴公子が結婚したことで、噂は平民にまで広がり、王都は大騒ぎになっているらしい。新婚旅行では、僕らだとバレないような服装にしよう。

 そうキルエンが言ったから、メイドのサーシャが慌てて買ってきてくれた服だ。
 普段とは違う装いに、なんだか自分じゃないみたいで落ち着かない。

 ……と、覚えているのはここまで。
 このあたりの記憶も、ひどく曖昧あいまいなのよね。
 実は私、この新婚旅行の日に殺されてしまったらしい。
 その一カ月後に、蘇りの秘薬で生き返ったのだけれど。

 これは、私の記憶をたどる物語。
 愛そうと努力した夫に裏切られた私が、激キモサイコパス伯爵に溺愛されて、再び愛を知る物語……。
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