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しおりを挟む「こより、お前、はやいな」
ドサ、と放り出されたカバンが、斜向かいの椅子に落ちる音と一緒に、声が降ってきて、向かいの椅子に座った顔に目を向けた。
偉そうに笑って、伸びてきた手が乱暴に頭を撫でる。
大学の同級生。卒業後も、不定期にご飯食べたり飲んだり。ただ、今のその顔が、その声が、大学2年の終わり頃をふと思い出させて、げんなりした。
「…まさかとは思うけど…志城くん、彼女と別れた?」
一瞬の間を置いて、離れたと思っていた手がまた伸びてくる。さっきよりもさらに乱暴に頭を撫でるを通り越してかき回された。
やめてぇぇぇ、と言う心の叫びを飲み込んだのは、ここが既に食事の約束をしていた店内だったからでしかない。割って入ってくれた店長の声にほっとして髪を直しながら、本気で痛さと驚きで涙が滲んだ状態で睨んでしまう。
「志城、お前、乱暴だぞ」
「こいつは大丈夫っすよ」
「大丈夫じゃないから」
思わず言い返すと、とってもいい笑顔が返ってきた。
大学の頃からの馴染みの中華屋。色気も何にもない店。サークルで行き着けていたから、店長は面倒見もいいしいいように捌かれる。ここで食べていると、大抵知った顔に会ってしまうのだけれど、時間が早いせいか、知った顔はいなくて、ようやく普通に食事を始めた。
大学2年が終わる頃、志城は付き合っていた彼女と別れた。ようで。ほぼ断ると言う選択肢のない電話で部室に呼び出されて、顔を出したらそのままご飯に連れ出された。もともとツッコミで叩かれるとか、戯れて小突くとかは当たり前だったのが、何せその日は痛かった。そして、知り合った1年の頃は名前で呼ばれていたのに、彼女ができたらしい、1年の冬前から名字で呼ばれるようになっていた。のに、また、当たり前のように名前で呼ばれて。おかしいな、と思っていたら、別れたと言われた。
その後、3年の途中で彼女ができたらまた名字で呼ばれるようになった。なんでそう、呼び方を変えるのか。わかりやすくていいけれど。
その彼女とはずっと続いていて。まあ確かに、入った頃からずっと可愛い可愛いとあちこちで言いまわっていた同級生の女の子。その子を可愛いと言っているのを聞いて、あまりにもわたしとタイプが違って。仲良くなって、居心地が良くていくら話していても話せて、黙っていても居心地悪くない、ついつい期待して芽生えそうだったものは、一気に萎んだ。
と言うのに、他の、家庭教師の教え子と付き合うと聞いたときはなんだそれって、ちょっと思ったけれど。終わっちゃうかもしれない恋愛より、ずっと続けようと思えば続けられる友達がいいと選んだのは自分だしと思っていたら、別れて次の彼女が、その女の子だった。たまたま見てしまった、2人で行ったらしいどこかの畳の部屋で、寛いでいる彼女が笑ってる写真が、見ている方が恥ずかしくなるくらいの写真で。エッチな意味はない。とにかく、ああ、他人が見ていい表情じゃないって顔で。気持ちが疼くとかも、ないな、と思った。
その彼女とは、卒業してからもずっと続いていて話も聞くし、彼女の方とも顔を合わせれば話題にも上がるから、このまま結婚するんだろうなと周りでも言っていたのに。
「なんで別れたの?」
「お前、彼氏は?」
質問に質問で返すなよ、と不貞腐れながら、運ばれてきた餃子を口に放り込んで後悔した。美味しいんだよ。肉汁が口の中に広がる。つまり、口の中が大変なことになる。
「猫舌が何やってんだか」
楽しそうに笑いながら、わたしが飲んでいた杏露酒をコップに注ぎ足して、氷も入れて寄越してくれる。
「で?」
こっちの質問はむしなのね、と思う。俺様なやつだけど、こういう時は傍若無人に拍車がかかる。
「前に会ったの、いつだっけ?」
「ん?2ヶ月前?」
「あー」
そもそも、わたしの方は聞かれないとそういう話をしないから。多分、彼氏がいたことを伝えていない気がしてきた。前にあった時期を聞いたの、失敗だったな、と目を逸らしながら、舌を冷やすようにお酒を飲む。
「いたけど、この間別れた」
「この間?」
「…ホワイトデーの、後」
「は?」
時期的にね、わたしもなかなかないよなと思ったけど。まあ、けじめだったんだろうなとも思う。
「いつから付き合ってたん?」
「夏」
「へー」
聞いてねぇな、と聞こえたけれど、無視した。言ってないもん。
「その前は?」
「志城くんも知ってる人だよ」
「随分、あいてんな。あいつと別れたの、卒業してすぐだろ」
「よく覚えてんね」
「今度のやつは、好きだったの?」
「…毎回、好きじゃなきゃ付き合わないよ」
毎回ってほど、付き合った相手いないけど。そこは口に出さないでいてくれたけど、何か言いたげだな、と。店長が勝手に出してくれる料理を取り分けながら、なんでわたしの方が話させられてるんだろうと理不尽だな、なんて思っていると、質問がまた、巻戻る。
「なんで別れた?」
「…友達に戻ろうって言われた。まあ、気持ちが他に向いてるの気がついてたわたしも大概だし」
「は?」
「まあ、そうなるのも自業自得かなって。わたしも、そうだったし」
「お前も、って?」
「友達だったの。知り合った時、彼女いて。彼女いたら恋愛対象じゃないし。彼女いる割に、ご飯とか遊びにとか、一緒に行ってくれるなあと思ってたら別れたって聞いて。そのうち、付き合おうって言われて」
「距離感、違ったか」
「違ったみたいねぇ」
気にせずご飯とか、遊ぶとか、それは当たり前ではないらしい。ただ、向こうに相手がいて、きちんとそこで納得の上だったらそれはやっぱり、性別関係なく友達としての時間なんだろうと思っていたけれど。人それぞれなんだなと思った。
「オレは、プレッシャーに疲れた、かな」
「ん?」
どうやら、随分前の質問にようやく答えてくれるらしい。最初だけビールで、そのあとはわたしに付き合って果実酒を飲んでいる志城に注ぎ足してやる。
「結婚、したそうでさ」
「したくないの?」
「随分長く付き合ったし。そんだけの時間、オレに使わせたってことだし。それがいいんだろうなと思ったけど」
「そういう理屈でするもん?」
思わず言ってしまうと、だよなぁ、と情けない顔をするから、らしくないと、思わず軽くスネを蹴ってしまった。テーブルの下で蹴り返されて、ただ、顔はまた、偉そうになっている。
「終わりにした。気になり始めると、いろんなこと気になって、積もってたんだよな」
「そう…長く付き合ったことないから、わかんないや」
わたし程度が、相談に乗るなんておこがましい。わたしはただ聞くだけ。聞いていれば、話すことで自分の中で整理をつけていく人だから。
程々に飲んで。そろそろ退散しないと後輩達がくるぞと店長に忠告されて店を出た。鉢合わせすると、お金が飛んでいく。
並んで歩いていて、ふと、志城が足を止めるから、どうしたんだろうと、振り返った。
背の高い志城を見上げると、何かうなずいている。
「どうしたの?」
「こより、結婚するか」
「え…??」
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