終わりにできなかった恋

明日葉

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「なあ、結婚するか」


 思い切り間抜けに聞き返したようになったけれど、まさかもう一度言われるとは。なかったことにする気はないらしい。というか。


「そうだね、しようか」




 冗談だ、なんて言われたら、たち悪い、と怒ればいい。乗ってあげたんだよとごまかせたらごまかしてもいい。
 本気だったら、逃しちゃいけないと思った。
 そう感じた瞬間に、全然、なかったことになっていなかったらしいこの男友達への好意を自覚させられる。まあいい。なかったことにするなら、どうせ頻繁に会うわけじゃないし何事もなかったような顔をするのは得意だし。




「軽いな」
「軽く言っといて…」


 あーでも、と思わず口をついて出てしまう。
 大学1年の夏ごろ、付き合っていると噂をされた時期があった。その後も、なんとなく、志城の方に彼女がいてもほんの一時、わたしの方にも彼氏がいる時があっても、その噂はなんとなく燻り続けていたのを知っている。
 だから、それを耳にしたわたしの元カレやあいつの元カノは、嫌な思いをするのかな、となんだか思ってしまった。
「余計なこと、考えてるだろ」
「いや、本気?」
「疑ってるのにその返事かよ」
「あー、ね」
 大体さ、とふと気づいていつの間にか距離を詰めていた志城を見上げる。首疲れそうだし。流石に緊張しているらしい。体が大きい分、威圧感を感じる。普段は、気にならないのに。
「結婚する気がなくて別れたんでしょ?」
「こよりと話してたら、お前と今したいと思ったから言ってみた」
「かるっ」
「軽く返事きたから、正直ビビってる」
「取り消す?」
「取り消すか、あほ。ついでに、取り消させないからな」
「まじか」
「お前、オレのこと好きだった時期あったろ?」
 わー。やなやつ。これだからモテる男って、と目を逸らそうとするけれど、まあ、どっち向いても視界のどこかにこいつの体のどこかが入る。要は逃げ場なし。
「終わった話だったけど…。終わってなかったのかなぁ」
 思わず頭抱えてしゃがみたくなるのを、肩を掴んで物理的に封じられた。
「終わってたんだろ。お前、そんな器用じゃねぇもん。思い出したんじゃねぇの?」
「すごい自信。どこからくるの、それ。大体、わたしのこと好きなの?」
「自信は、お前からだろうが」
 ものすごく馬鹿にしたように、ものすごく恥ずかしいことを言われた気がする。
「お前ってずっととにかく味方なんだなぁと思ったんだよ。怒るし文句も言うし、ダメな事はダメって口うるさいけど、味方だろ?」
「何を当たり前のことを」
 当たり前のことって、言葉にされると恥ずかしいもんだと言うのに。眉間にシワがよったのが自分でもわかる。ぐりぐりと強めに眉間を揉まれて、正直痛い。だから、乱暴。やっぱり彼女と別れてイライラしてるんじゃないのか。だからこんな話?と思ったり言ったりするのは失礼だし怒られそう。
「当たり前とか…あほ。で、オレは好きでもないやつと飯に行ったり飲みに行ったり、しない」
「イルミネーションは行かないけど?」
 年末くらい。同級生で集まったときに、彼女が言っていた。イルミネーションは嫌いだから行かないと言われたんだと。その少し前に、やっぱりご飯に行った後に付き合わせたなとふと思い出したことを、またもや思い出した。彼女には嫌と言えても、わたしには言えなかったんだろうな、と。
「ああ、あいつお前に言ってたみたいだな」
 ものすごくいやそうな顔をする。ああ、これか、と思った。気になり始めてだんだん嫌になっちゃった何か。
「あいつと行くのが、面倒だっただけ」
 ふーん、と答える以外に思いつかない。
「小柄な子が、好みなんだと思ってたよ」
 元彼もそうだった。わたしの前の彼女も、今あの人が好きだと思っている人も、小柄な子。エスカレーターに乗ってて。付き合い始めた頃に、前の子、上の段に乗っててもちっちゃくて、と笑いながら話していた。地味に、ショックだったんだけど。まあ、わたしの背が高いのはどうしようもない。高いと言ったって、165cm弱だけど。
「オレから見たら、お前もちっこいけどな」
 ぐりぐりと、また頭をかき回された。そうだったなとぼんやりとする。この人といるとだから、自分も可愛い部類に入れるんじゃないかと、錯覚するのだ。



「余計なこと考えるなよ。決まりだからな」
「…は?…はあ。うん」
 変な返事、と、ふ、と吹き出した顔を見て、目を逸らした。わたしも別れたばかりなのに。ちゃんとそっちはそっちで、胸痛むのに
「素朴な疑問。志城くん、わたしとする気になるの?」
 あ、やな笑顔。
「そういうことって?」
 腹立つ、と、反射で脇を殴るけどきくわけがない。言ってみ、と屈んで耳を寄越すから、それすら恥ずかしくて目を逸らす。からかってばっかりだ、この人は。ただあれはからかいでもシャレでもなかったらしいのが、妙に気恥ずかしくてふわふわする。
「…キスとか…」
「…とか、ね」
 精一杯ですが、これ。やっと言って、ちょっと離れないと無理、と離れようとしたら、大きくて硬い手に捕まった。そのまま、恋人つなぎになってぴったりくっつくほどに引き戻された。
「手は繋ぎたくなってたな」
 そう言って、立ち止まっていたところから、また歩き出す。気遣いはあまりない。背が高い分長い足で自信たっぷりに歩く。引っ張られながら、ぎりぎり、小走りではなく歩く、という表現で許されるかなぁという様子に確信犯のこの男は笑っている。


「こより」
「何よ」
「お前の元カレ、会える?友達なんだろ?」
「?会ってどうするの」
 面倒だし、意味わからないし。
「さっき飯食いながら思ったけど。お前、最近ちゃんと食ってる?」
「食べてたでしょ?」
「一緒にいるやつに食わせて食べているように見せかけるの手慣れすぎてて、怪しい。痩せたし」
 まあ、食欲は、ずっと落ちてますよ。指摘しないでほしい。自分の残念な部分ばかりが透けて見える現実だから。なのに志城は不機嫌にわたしの手を握る力を強くする。
「オレの親友に、嫌な思いをさせたやつの顔見ておかないとな」



 親友。




 思わず、足が止まっていた。
 手を繋いでいるから、止められた形の志城が顔をのぞいて、複雑な顔をする。
「なんで、お前今日会った中で一番嬉しそうな顔してるんだよ」
「親友だと思ってるの、わたしの方だけかと思ってた」
 結婚、なんていうから。男女の友達なんてあり得ないと、どっちかに下心があると、ずっと言われていた。また、違ったのかと思った。こいつに限ってそんなはずないのに、と思ったけれど、じゃあこの現在進行形の話はなんなんだろうって。
「親友夫婦もいいだろ?」
「…」
「返事しろよ。あ、あと」
 強引に手を引いて歩き出しながら志城の顔が意地悪になる。
「お前、同じ姓になるんだから、下の名前で呼べよ?」


 燎介、という名前を思い浮かべてから、目を逸らした。



「善処シマス」

「当分無理ってことな」







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