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しおりを挟む普段は毎週末に普通電車で帰る実家。今週は、志城…いや燎介の車で。運転は交代しながら。
「こより、ちゃんと言ってある?」
「ある…」
なんだか満足げに偉そうな笑いで、運転席から伸びてきた手がぐしゃぐしゃと前髪を乱していく。それを直しながら目を逸らした。
気が変わったとか言い出す前に、と。今日はまだ、あの話をしたその週末。
「近いんだから、わたしが先に志城君のご家族に会っても…」
「その緊張感で?人見知りが?」
「いや、さっさと済ませておこうかと」
「嫌なことかよ」
つっこんでいる内容は残念なのに、面白そうに笑うから、あー、と苦笑いにわたしもなる。免許取っとくからと、卒業したあと、最初の夏に、OBとして後輩たちの合宿に顔を出そうと誘ったこいつは、免許が取れていなかった。そうだろうな、と思ったけど。取れたんだなぁ、となんとなく感慨深い。
「お前のとこで、ちゃんと許してもらったら連れてくって言ってある」
「言ってあるの!?」
「当たり前だろ?」
そうか、当たり前なのか、と目を逸らした。今まで一度も、彼氏を彼氏として家族に紹介したことがないというより、彼氏がいるという話もしたことがないわたしからしたら…次元が違う。この間のは、察していたみたいだけど。だから今日、会わせたい人がいる、という言葉であの家族が誰を想定しているか想像すると。うん、気まずい。
「ところでさ」
後部座席を一瞥した。
学生時代、同じサークルで4年間過ごした。熱心なサークルで、練習にかまけて4年で卒業できないとか当たり前で。志城くんも、5年かけて卒業した。サークルで劣等生だったわたしは4年で卒業したけれど。音大でもないのに実力派で有名なオーケストラサークル。卒業して、もう楽器は十分、と落ちこぼれだったわたしは拗ねていたのかもしれないが。結局地元で吹奏楽団体に所属する羽目になって、毎週末帰って練習に参加したり楽器続けていたり。
どうせだから、参加していけば、と楽器を持ってきてと注文したけど。
「何やる気?」
何種類か乗っている。器用な人だしいくつもできるのは知っているけど。
「気が向いたやつ」
そう言って笑っている志城くんも地元で吹奏楽に所属している。彼のお父さんが所属しているところに。わたしのところにも父がいたりする。うん、なんか…ものすごく嫌だ。ついでに元彼もいる。
「志城燎介です。こよりさんと、結婚しようと思っています」
させてください、とか、ください、とかじゃなく。その言い方がらしいなと思いながら、きめるところは昔からきめるんだよな、と、思わず隣に座る志城くんをまじまじと見てしまった。
視線に気づいている、というより、顔ごと向けているんだから気づいていて当たり前だ。志城くんはわたしがそのままなのに痺れを切らしてこっちを向いた。
「おい」
「あ、ごめん。結婚することにしたから、会ってもらおうと思って」
「…」
いつから付き合っていたのか、とか聞かれるかな、とか。まあそんなことを口にするほど非常識じゃないだろうけど元彼の名前でも出されたらとか思ったけれど。
なぜか、ため息をつかれた。
「名前は、何度も聞いたことがあります。大学のサークルの」
「同期です」
「ぜひ、これからも長い付き合いをお願いします」
何を飲み込んだのか、最終的に父が言ったのはそれで。それを聞いた弟が、複雑な顔をしている。こちらの緊張感が緩んだのを感じ取ったのか、寄ってきた犬を抱き上げているのを眺めながら、弟が志城に不要な忠告をしてくれた。
「気が変わらんうちに、もらってやってくださいよ」
「そのつもりで、今日来ました」
案の定、父にも練習に参加していけと言われて、志城くんと練習会場について。自分のを下ろしているところに、肩に重みがかかる。容赦なく、志城くんの楽器を持たされた。
「ちょっと?」
「お義父さんの方で打楽器手伝ってるからお前、持ってっといて」
「ああ…わかった」
持っていって、会場に入って。荷物を下ろすのに、無造作にかけられた志城くんの楽器がバランスを崩してくれる。ぶつけたりしないようにと苦心しているところで軽くなった。回収していく顔を見上げて軽く睨む。
「一言」
「どうも」
思わず膝裏を軽く蹴るふりをすると、頭を掻き回される。背が高いからちょうどいいのか、いつもぐしゃぐしゃにされる。
学生の時みたいに、喋りながら支度をしていると、少し抑えてもと思うくらいには大きめの声で呼びかけられた。
「こより?誰?」
振り返りたくなくて、一瞬間が開く。その瞬間、隣で志城くんが手を止めたのがわかった。振り返ると、派手な顔立ちの小柄な女の子。
「笑吏、わたしの大学の友達。今日こっちに来てたからついでに参加してくの」
「フゥン?」
立って話しかけてきた彼女に、しゃがんだままでもと立ち上がると、隣で志城も立ち上がる。小柄な笑吏との身長差は大きい。体格が良くて、まあ本人に言うつもりはないが精悍で整った顔の男前がわたしの近くにいることは面白くないだろなと思っていると、案の定、感情を隠すように目を細めた。
「男友達とそんなに一緒にいると、彼が嫌がるよ?」
「…」
どう返せばいいのやら。別れた、とは、確かにまだ報告していない。言わなくても伝わっていると思っていたし。
それよりも。とっても楽しげに笑った志城に、嫌な予感しかしない。
「お前、やきもち焼いてくれるようなやついるの?」
「ん?」
これ、どういう流れに持っていくつもりなのか。思わず見上げると、とりあえず反応があっていたらしく、にっこりと笑ってくれる。
「結婚するって聞いたら、ショックだろうな」
「っっっ!!」
直球かいっ!
ものすごく、隠しきれない視線に気づかないふりをしようとしているのに、余計なことが聞こえてくる。
「ふたまた?」
してないし。と、反論する前に、反射的に志城の脇を手加減せずに肘で突いた。さすがに息が詰まったようだけれど、あんたが悪い。
「ほら、早く準備しちゃおうよ」
勢いだけで笑吏から引き剥がした志城の不敵な表情は、見ないことにする。そして、すぐ近くには、ものすごく自然に一緒に準備をしている別の友人。
「笠井さん、楽しそうだね」
「うん、聞こえたからね。こよりんの彼氏なんですか?」
ものすごく自然に、可愛らしい呼び方をする彼は、先月入団したばかりなのだけれど。歳が近くて話しやすくて、仲良くなった。ただ、志城くんの問いかけるような視線の意味はさすがにわかる。
「志城くん。大学の同期。志城くん、彼は笠井さん。笠井さんも結婚そろそろなんでしょ?」
彼女がいることを匂わせる発言をすれば、志城くんの疑問は解消される。あとは勝手に仲良く話しているから別にいい。コミュニケーションお化けだなぁ、と、人見知りでコミュニケーション下手な立場からすると羨ましいというか別次元。
先ほどの、笑吏はやらかしてくれた、と思う。不機嫌ですらない、怒っている気配は、記憶にほぼない。ただ、なんとなく嬉しくなる。
「なんだよ」
「いや、志城くん、あれ怒るとこなんだなぁと」
「お前が怒れ」
「怒っても、変わらないし?」
そのあとは、自己紹介でやらかしてくれた志城くんへのつっこみが遅れて居心地の悪い思いをさせられ。嫌な予感がして慌てて手近にあったタオルを投げつけたときには遅かった。楽しげに婚約者です、と自己紹介をしてくれたおかげで、ものすごく複雑な視線を集めるはめになった。
でも周りも、それを笑吏のように二股、などと考えることもないくらいには、わかりやすく彼は心変わりをしていたから。ただ、元彼の視線は、さすがに気になった。ただ、気になることすら、自意識過剰だと思う程度には、あの人に対していろんな期待も自信もすり減ってすり減って、なくなっているけれど。
ただまあ。
会わせろ、ときっぱりと言った志城があの程度で満足するはずもないことも、予想していたけれど。
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