終わりにできなかった恋

明日葉

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 燎介の家族には、結局、燎介がわたしの家族に会ってくれた翌日の日曜に、挨拶をした。本当に話の進み方が早い。真維ちゃんと何年も付き合っていた燎介の家族に会うのは、正直尻込みするくらい怖かったけれど、案外、すんなりと受け入れてもらえたのは、あらかじめきっと、燎介が家族と話をしてくれていたからなんだろう。真維ちゃんが、そろそろ結婚したいと燎介に言うくらいなのだから、家族もそろそろだと思っていただろうに。


「真維に話した」
 月曜日は、仕事がお互い忙しくて会わなくて、火曜日は燎介が仕事が休みだからと、わたしの部屋でご飯を作っていてくれると言うから甘えた。職場近くまで鍵を受け取りに昼に来た時に、ものすごく不服そうだったけれど。合鍵ないのかよ、と。合鍵を預けてある友人の名前を伝えたら、なるほど、と納得していたけど。
「は…」
 はや、と言おうとして、そうでもないのか、と思いとどまった。さっさと伝える方がいい。
 用意してくれていたパスタを口に入れた瞬間の報告で、ただまじまじと視線を送るしかできないけれど、察してそこは、話を続けてくれる。
「話したいことがあるって連絡したら、会いたくないからメールか電話にしろって言われて、電話した。こよりと結婚するって言っといた」
「…なんか、言ってた?」
 珍しく、言い淀んで目をそらすから、豆テーブル挟んだ向かい側の顔をしっかり両手で挟んでこちらを向かせる。狭いワンルーム。お洒落さのかけらもない。寝に帰るだけ、くらい、朝早くて夜遅いことが続くから、いつも床のクッションに座って、豆テーブルでご飯を食べて、パソコンテレビがわりにして。時々、友達や後輩が押しかけてきて。
 ここに、燎介が来るのはでも、初めてだ。
「ちゃんと言って。わたし、関係ないじゃ済まされないんだから」
 言いながら、だんだん恥ずかしくなってきた。ほっぺたつねったりはあったから、顔に触る、も初めてじゃない。ただなんかこれは違う。
 伝わったのか、燎介が複雑そうな顔をして、頬に当てているわたしの手を引き剥がしながら、ため息をついた。それでもまだ、言いにくそうにしているから思わず笑ってしまう。


「やっぱり、って、言われた?」
「…ああ」
「やな思い、させてごめんね?悪者役も」
「お前が謝ることじゃないだろ」
 多分、真維ちゃんにとっては、わたしは彼氏をとった嫌な人。多分、付き合っている頃から、ずっとそう思われてた。わたしがとっていこうとしている、って。ただ、あからさまに言われることがないから、否定も何もできなかったけど。
「本当は、ちゃんとみんなに報告したいけど。真維が落ち着いてからでいいか?隠すみたいになるけど」
「黙ってるだけで、嘘ついてるわけでも隠してるわけでもないからいいんじゃない?年賀状で報告されて知った、とかもあるんだし」
 燎介からしたら、なかなかないだろうとは思うけど、状況を考えれば、納得するだろう。
 そんなことを思いながら答えたら、さっきからずっと、掴まれたままだった両腕をそのまま引っ張られ、燎介の頭に当てられた。少し硬めの癖っ毛が指に絡まって、思わず笑ってしまう。笑うところじゃないのに。
 そのまま、わしわしと撫でると、やっと、燎介が笑うから、ほっとしてしまった。

 冷めちゃうから、と食事に戻ると、また、思い出したように燎介がポケットから鍵を出して返してくれる。
「これ、返す」
「ん」
「で、これ、もらうぞ」
「ん?」
 その手の中にあるのは、鍵?
「合鍵、作ったの?」
 わざわざ?と思っていると首を振る。
「七瀬からもらってきた」
「……はっ?」
 七瀬…七瀬亜紗は、同じく大学のサークルの同期で、仲良くて、何かあった時、のために合鍵を持ってもらっていた。実家に渡しても遠くてどうしようもないし、と。それを使ってうちに集まる時に先に来て用意してくれたりみんなが入っていたりしたんだけど。
「亜紗になんて言ってもらってきたの?」
「あ、そっか。あいつには言った」
 いやそこは、わたしから報告させてよ、と思う。確かに燎介と亜紗も仲はいい。なんなら、亜紗はもともと「燎ちゃん」と呼ぶ方が多いくらい仲がいい。にしたって。
「昨日の夜、真維に報告して、今日の昼お前のとこ鍵受け取りに行って。で、つい」
「ついの意味がわからない」
「2人でここにいる時に亜紗がきたら、気まずいだろ?」
「来ないから。連絡もなく約束もなく」
「オレは来るぞ?」
「合鍵、亜紗に返して。不意打ちはいや」
「嫌がられると面白いから、返さん」
 なんだそれ。報告できないのが一番引っかかっていた相手に、さらりと伝わってるってどう言うこと、とこっちはものすごくモヤモヤしているのに。
 黙々とご飯を食べ進める。悔しいことに、美味しい。凝り性で器用だから、だろうなとは思う。食が細くなっているのはすぐに戻るわけでもないから、量が調整されているのもありがたい。それでも多いけど、食べきって、片付けは、と流しにたって、ついでにお湯を沸かす。
 コーヒーでも飲もうか、と。


 洗い物が終わって、手を拭いたところで背後に気配を感じて、振り返る前に後ろから手が伸びてきた。
 近い。
 思わず固まっていると、手をとられた。なされるがまま、見ていて思わずびくり、と体が震えるのを抑えられなかった。
「ゆびわ?」
「お前全然アクセサリーしないけど、これはしような。なくしそうとか言うなよ。なくしたら気に病まずにすぐ言え。また次、一緒の買う楽しみできるから」
「は…」
 先読みにも程がある。
「わたし、自分でも指のサイズ知らないんだけど」
「カン。オレ、さすが」
 ふ、と笑ってしまった。何それ、と。
「七瀬が、飯に行こうって。金曜な」
「決めてきたの?」
「ああ。適当に、七瀬が声かけてくるらしい」
「…報告なしとか」
 気がついたように、背後で笑う燎介の息が髪を揺らしてくすぐるから居心地がまた悪くなる。お湯が沸いて、そのままの体勢で手を伸ばした燎介が準備だけしてあったコーヒーに注いで、豆が膨らむのを待って。
「式、挙げなくて本当にいいのか?」
「結婚式したくて結婚するわけじゃないから」
「ふ~ん」
 なんで不服げ、と文句を言いたいのに、抱え込まれたまま、熱湯を扱ってコーヒーを入れているから、うかつに動けない。楽しそうだなあ、と思いながら、視線を落として、初めてつける指輪をなんとなく見てしまう。
 くすぐったい。…うれしい。
 好きになると、ついてまわる不安感が不思議と見当たらない。友だち、は変わらないと燎介が言い切ってくれているからだろうか。なくならないと思っていていいと、言われている気がしているんだろうか。


「金曜、駅で待ち合わせて一緒に行くぞ」
 頭を一撫でして、コーヒーを持ってテーブルに運んでいく大きな背中に、思わず大きく息を吐き出した。
 まだこの距離感、慣れなくて緊張するのに。熱量が離れて寂しいとか、思っちゃうんだなぁ。



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