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厨二病
しおりを挟む「マコト、いつまで寝てるの! 起きなさい!」
姉ちゃんのよく通る声が俺の意識をすくい、脳を揺らす。
未だ覚醒に至らない微睡の中、ふわふわな布団に包まれていた俺は、自分自身がベッドの中にいる事を再認識した。
実家の、俺のベッド。
起きろと言われても懐かしすぎて、起きる気力も失せるというものである。
「満足するまで寝かせてください……」
「まったく、いつになったら満足するの?」
「明日くらいには……」
呆れた声で、姉ちゃんがため息を吐く。
「ローゼスさん、お願い」
「……ん? なんでローゼ――」
「起ォきろォ! マコトォオオ!」
ローゼスの声が聞こえてきた途端、物凄い力で布団ごと俺の体が引っ張られる。
「いやぁああああああ!」
俺は奇声をあげながらふわりと宙を舞うと、ヨーヨーのように回転しながら、ベチャッとフローリングの上に落ちた。
「ぐ……っ! なんてサイアクな目覚めだ……!」
「学校行くんだろ。早く起きろよ」
「な、なんでローゼスがこんな……!」
「ほら、マコトってば学校行く前はいつもゴネるから、ローゼスさんに手伝ってもらおうと思って」
「ゴネ……てたっけ?」
昨日の事だけど、昔すぎて覚えてない。
「え、ゴネてたじゃん。『学校なんて行ってもしょうがない』とか『このまますべて無くなればいいのに』とか」
「そうだっけ……」
「というか、昨日も言ってたし」
今になって、当時のことをなんとなく思い出してきた。
行きたくないもなにも、そもそも、いじめられていたからな。
学校に行きたくなくなるのも無理はない。
……いや、いじめられてい『た』ではなく、今も絶賛いじめられているんだよな。
昨日の三柳の件もあるし、今日またそれで因縁つけられないといいんだけど……。
「それにしても、起こし方が強引じゃない?」
「そうかな。まあ、いいじゃん。そういうの」
「……よくないが?」
「昨日も言ったけどさ、なんかマコトってば世界の終わりみたいな顔してたからさ。てっきり学校で上手く行ってないもんだと思ってたんだけど……」
「なんだよ」
姉ちゃんはそこまで言うと、俺の顔をまじまじと見たまま、固まってしまった。
茶色の大きな瞳に、俺の困惑した顔が映っている。
「うん、安心した。なんか解決してそうだね」
急に図星をつかれ、思わず黙ってしまう。
まあ解決というか、今まで死ぬほど気にしていた物事が、じつは取るに足らない些事だった……というのがたしかに昨日判明したけど、なんなんだこの姉は。
エスパーかなにかか?
もしかして異世界の事についてもバレている……なんてことはさすがにないだろうが、たしかに一日で(俺自身自覚はないが)人が変わったように振舞っていれば変に勘繰られてしまうのも仕方がない。
この世界での身の振り方は、もうすこし考えたほうがいいのかもしれないな。
「……ん?」
気が付くと、あれこれと思案している俺の顔を姉ちゃんがニマニマと見ていた。
藪蛇かもと思ったが、なんとなく居心地が悪いのでツッコんでみる。
「……なんだよ。何が楽しいんだよ」
「いやさ、問題が解決したと思ったら、ローゼスさん連れてくるんだもの。……お姉ちゃんの中でいろいろ繋がったなって」
また変な妄想してるよ、この姉。
とはいっても、訂正すると面倒くさくなりそうだし、ローゼスはいまいちわかってなさそうだし、ここは変に反論せず黙っておこう。
それにしても、こうなってくるとますます他の皆をこっちに呼んでくるのが躊躇われるな。
マジで姉ちゃんに何言われるかわかったもんじゃない。
「うむ! 健康健康! さあ、さっさと学校行く準備をするように!」
姉ちゃんはそれだけ言うと、俺の部屋から出ていった。
……と、思ったら引き返して、俺をビシッと指さしてきた。
「あと今日、サプライズがあるからね! 楽しみにしておくように! 以上! 解散!」
そう言うと、今度こそ姉ちゃんは部屋から出ていった。
それにしてもサプライズって……わりと真面目に嫌な予感しかしないんだが――
「サプライズなのになんだ予告?」
ローゼスが冷静なツッコミを入れる。
「……それにしてもローゼス。おまえなんか、姉ちゃんと仲良くなってないか」
「ふふん、まあな」
そう言っているローゼスはなぜか得意げだ。
でもまさか優等生の姉ちゃんと不良のローゼスが、ここまで意気投合するとは思ってもいなかった。
結局、ローゼスは昨晩、姉ちゃんの部屋で一夜を過ごした。
さすがに健全な男子高校生と寝床を一緒にするのはまずいと判断したのだろう。
姉ちゃんの対応はこれ以上なくスムーズだった。
「……で、ローゼスはどうするんだ?」
「なにが?」
「俺の学校が終わるまで暇だろ」
「まぁ、そうだな」
「かといって、俺の家にずっといるのも嫌だろ?」
「いやまぁ、べつに嫌ってワケじゃねえけどよ……そうだな、おまえの学校に潜入すんのはどうだ?」
「どうやって?」
「あの蠅だって潜入出来てんだろ? なら、あたしだって出来るんじゃねえの?」
「いや、無理だろ。それにバレたら騒ぎになるし、バレなくても騒ぎになる」
「んだよ、かばってくれねえのかよ」
「いち高校生になに期待してんだ」
「ちぇっ、んだよ冷てぇな」
「いろいろあるんだよ。入学にしろ転入にしろ、ヤマほど面倒な手続きがな」
「ふぅん。なら潜入は諦めっか」
「お、潔いな」
「まぁな。そもそもガッコなんて好きじゃねえし」
「……でしょうね」
「てなわけで、その辺ブラついとくわ」
「おう。……いちおう言っとくけど、勝手に不破のところには行くなよ」
「へ、わかってるよ」
ローゼスはそれだけ言い残すと、なぜか俺の部屋の窓から外へ飛び出していった。
ああは言ってたけど、絶対不破のところに行くつもりだよな、ローゼスのやつ。
まあ、昨日の様子からして、ちょっとやそっとじゃ諍いは起きないだろうけど、それでも、いつでも駆け付けられるように準備しておかないと。
主に、心の準備を。
「……さて、そろそろ学校に行く準備でもするか」
俺はのそのそ起き上がると、そのままの足で部屋を出て、洗面台へと向かった。
◇
〝ジャラジャラジャラ……!〟
おびただしい数の画鋲が俺の足元に散らばる。
その音で他の生徒たちが俺に注目するが、すぐに顔を伏せたりそっぽを向いたりして、積極的に俺と関わり合いにならないよう努めていた。
それにしても、まさかただの上履きにここまでパンパンに詰められるとは。
俺は上履きのポテンシャルをすこし見誤っていたのかもしれない。
……などというくだらないことを考えながら、俺は学校の昇降口にいた。
私立才帝学園高等学校。
特に何の面白みもない至って普通の、強いて言えばすこしだけ勉強が出来る輩が集まる学校である。
俺はこの学校の二年生で、いまは帰宅部に所属している。
どこか部活に入って青春を謳歌していれば、こんな事にはならなかったのかもしれないが、当時の俺はやりたい事もなかったし、姉ちゃんみたいに新に部活を創設するというバイタリティーも持ち合わせていなかったので、帰宅部の中でも最弱の地位に甘んじており、その結果がこれだった。
「……ふぅ」
今からコレを片付けなければならないのだと思うと、自然と億劫な感情を乗せたため息が俺の口からまろび出る。
俺は別に俺を無視したり、いじめを黙認したりする事を悪だと思ってはいない。
下手に俺に関わると、自分が標的になってしまう危険性もあるからな。
自衛のためには仕方のない事だ。
……けど、それでも、ここまであからさまな態度で示されると、いくら頭ではわかっていても精神的にクるものがある。
昨日の事があって、いくらか気持ちが軽くなっていたとしても、これだけは慣れそうにない。
というか、慣れたらダメなんだろうな、きっと。
俺はその場にしゃがみ込むと、散らばっている画鋲に向けて手を伸ばそうとした。
「くっくっく……、力が欲しいか、我が従者よ」
俺の背後から懐かしく、そして聞きなれた声が響く。
そして俺はその声に対し「くれるならほしいです」と振り向かずに答えた。
「うむ、ならば受け取るがよい。是こそが我が権能。幾万と散らばりし星の欠片を一掃せし魔具である」
ひょいっと俺の前に差し出されたのは、よく見るU字型の磁石。
振り返ると、そこには小柄で髪をポニーテールのように後ろで結っている、相変わらず女みたいな顔立ちの男が立っていた。
そしてその男の左目は、いつものように眼帯のような白いガーゼに覆われていた。
「邪眼が疼く……!」
いま俺の目の前で疼いているのは藤原薫。
この学校で唯一、友達と呼べる人物だ。
口調と見た目がアレだが、こんな俺のことを気にかけてくれる良いやつだ。
「ありがとうな藤原。……権能なのか魔具なのかはハッキリしてないけど」
「くっくっく……、礼には及ばぬ。さあ、間もなくホームルー……こほん、禊の刻だ。疾く片づけようぞ」
藤原はそう言うと、鞄の中からもうひとつのU字磁石を取り出し、カチャカチャと画鋲を集め始めた。
「いやいや、いくつ持ってんだよ……」
「我は闇の眷属ぞ。この程度、造作もない」
藤原はなぜか得意げに鼻を鳴らす。
どうやら褒められていると勘違いしているようだ。
「それより、今日はちょっと学校に来るの遅くないか? 家の手伝いでもしてたのか?」
家の手伝いといっても、朝食の用意や皿洗いといった家事ではなく、藤原の場合は、家業。神社の手伝いである。
たしか、両親とも神職に就いていて、親父さんが神主さんだった気がする。
つまりこいつはそこの跡取り息子になる。
一見、女に見えるこの格好も、藤原家代々の仕来りなんだとか。
それで一度、藤原が絡まれているところを見たが、そいつらの身に(たまたまだとは思うが)なにか不幸が降りかかったらしく、以降は誰からも絡まれることはなくなったが、同時に話かけてくる人間もいなくなり、さらにこいつ自身もこんなキャラだからだんだん孤立し、今に至る。
触らぬ神に障りなし。触らぬ神社の跡取りに障りなし。
藤原はそう言った理由で周りから忌避され、俺と同じく浮いている。
だからこうして、周りの目を気にせず、俺なんかに手を差し伸べてくれるのだ。
「否。春眠暁を覚えず。抗いがたし怪鳥共の抱擁を振り切る事が出来ず、あろうことか不覚を取ってしまった」
「……つまり寝坊したと」
「然り」
「自信満々で頷かれてもな……」
そうこうしているうちに、藤原は散らばっていた画鋲を一か所に集めてくれた。
「ああ、悪い。ほとんど片付けてくれたんだな。助かった……よ……?」
あれ?
俺は改めて藤原に向き直ったのだが、ここである違和感に気が付いた。
それは昨日までの俺、つまり、カイゼルフィールへ行く前の俺では絶対に気付けなかった違和感。
「む? 敵襲か、我が従者よ」
「いや……なんか、魔力を感じないか?」
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