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地獄の拷問
しおりを挟むところ変わって、〝駄菓子屋不破〟のいつもの部屋。俺たちはそこのちゃぶ台を六人で囲っていた。
六人の内訳は俺とローゼス、不破に蠅村、なぜかガムテープで口以外をぐるぐる巻きにされたベリアル、そしてレヴィアタン。
やっぱりというか何というか、あの後──俺とローゼスをビルの爆発から助けた後、レヴィアタンは平然な顔で駄菓子屋不破にリスポーンしていた。特に気にしてなさそうな顔をしているし、ヤツの残機はまだまだあるようだ。
ベリアルの言った通り、自爆による爆発は範囲、威力ともにすさまじく、ビルの周囲にある建物をすべて吹き飛ばしてしまうほどの爆発だったが、蠅村が事前に人払いをしてくれていたらしく、被害人数はゼロに抑えられた。
つまり、ビル内に残っていたエスカビル晴雑炊(名前忘れた)をはじめ、魔物、証拠、その他諸々はすべて爆散してしまい、俺たちに残されている手掛かりはベリアルだけとなってしまった……のだけれど──
「くっ、殺せ! こうやっていれば、ボクが口を割ると思ったか!? 拷問のひとつでもすれば、ボクが命乞いでもすると思ったか!? アマいんだよ! ボクは決して口を割らない! コロセー! コ・ロ・セー!」
全身をガムテープでぐるぐる巻きにされたベリアルが、まるで釣り上げられたばかりの魚のように、畳の上でビタンビタンと跳ねまくっている。
「……ねえベリアル、上司と部下のよしみじゃないか。どうあっても教えてはくれないのかい? あの子の居場所とか、企みとか」
「ハッ!? そのお声は……ルシファー様!? ……いや、ルシファー! ボクはすでに貴女の部下ではない! いつまでも上司面してボクに命令を下せられると思ったら大間違いだぞ! コロセー!」
さきほどからずっとこんな調子だ。この格好のまま逆さに吊るして水攻めしても、蠅村の黒炎で軽く炙ってみても効果はなし。それどころか、そうしたことによって、ますます拗ねて口を閉ざしてしまっている。
そこで急遽、元上司でもある不破に協力してもらっているのだが、御覧の有様。
ここに来て振り出しに戻ってしまったのか、と皆が肩を落としていると──
「──なら仕方ない。ここは心を鬼にして、我々魔物に伝わる拷問方法〝ヘルズトーチャー〟をベリアルに味わってもらうしかないかもね……」
「へ、ヘルズトーチャー……ですってッ!?」
その単語を聞いた瞬間、ベリアルの声が明らかに裏返った。ふと隣を見ると、蠅村はプルプルと小さく震えており、レヴィアタンは腕組みをしながら口を〝ヘ〟の字に曲げていた。
魔物であるこいつらがここまで恐れる拷問法、〝ヘルズトーチャー〟とは一体何なのか。
そう考えていると、不破のほうから声をかけてきた。
「……マコトクン、ここからさきは、いくら魔物といえど、かなりショッキングな光景をお見せしてしまうかもしれない。勇者として、未だ私たちと敵対している者として、ここから先の事を知っておきたいという気持ちは十分に理解できる。けれど、私としては──マコトクンよりもお姉さんな私としては、マコトクンにはこんなものを見ずに、これからの人生を歩んでいってほしいと思っている」
普段ふざけている不破の、いつになく真剣な声色。これから行われるという〝ヘルズトーチャー〟というものが、いかに残酷で、常軌を逸しているというのがひしひしと伝わってくる。
そのあまりの迫力に、俺は思わず生唾を吞む。
「お、おまえが……不破がそこまで忠告するほどのモノなのか……?」
「……たしかに、マコトクンはここではない世界……カイゼルフィールで色々な悪意を見てきた。その年齢で、見たくもない悪意を実際に目の当たりにして、そして、それらを乗り越えてきた。……それはわかる。実際にすごい事だと思うよ。でもね、これはそれらが児戯と思えるほどに悍ましく、残酷で、残虐で、残害で、残忍なものなんだ。だからね、これはお願いでも推奨でもなく、忠告なんだ。それはもちろん、マコトクンにだけじゃなくて、ローゼスクン、キミにもだよ」
「あたしも……」
ちらりと横目でローゼスを一瞥する。ローゼスは特に取り乱す様子もなく、いつも通り落ち着いている様子に見えた。
そのお陰……と言ってしまうのはすこし大袈裟だけど、少なくとも俺も取り乱さずに済んだ。
「覚悟は……出来てる。実際、そういうのが得意なほう……ってわけじゃないけど、それでも、ここで自分の責任を放棄して、耳を塞いでいるってのはちょっと違うと思う。だから、見届けさせてもらうよ、その〝ヘルズトーチャー〟とかいうのを」
「……そう。マコトクンがどうしてもと言うのなら止めはしない。けれど、その後の責任については……とる事は出来ない。精神が崩壊しても、これから生きていくうえで幾度となくこの事が思い起こされ、それが支障になったとしても、私たちにはどうすることも出来ない。マコトクンも十分承知だとは思うけど、心の傷というものは唾をつけとけば治るわけでも、ましてや回復魔法で治るわけでもないんだ。緩和は出来るかもしれないけど、完治は無理だろう。それでも……マコトクン、今一度訊くよ。……本当にいいのかい?」
「……『見るのか』じゃなくて『いいのか』かよ。それじゃトラウマになる前提みたいな言い方だな」
精一杯の強がり。
俺はここで再度ローゼスを一瞥する。ローゼスは相変わらず、取り乱す様子も怖がるもない。そしてローゼスは俺の視線に気が付くと、力強く頷いてくれた。
「……心は決まったようだね」
不破が何の感情も込めず、淡々と確認してくる。
「ああ、いるよ。ここに」
「……そっか。何度も言うようだけど、それはマコトクンの……勇者の決断だ。私たちはその決断を肯定することも、否定することもしない。けど、その心意気に敬意を払おう」
不破はゆらりと立ち上がると、部屋の隅で、いままでの会話をガクガクと震えながら聞いていたベリアルを、細腕でひょいと持ち上げた。
「う、うわあ!? ななななな……、なにをするだァ!? 降ろせェ!」
「……ベリアル、願わくばキミがこの拷問で早く折れてくれることを願っている」
──バァン!
ベリアルがちゃぶ台の上に叩きつけられる。ちゃぶ台の上で、ビタンビタンと暴れる姿はさながら、俎板の鯉。
今か今かと捌かれるのを恐怖する鯉をよそに、不破は懐からルビーのように輝く、一枚の真紅に羽を取り出した。
「ま、待て! ……待って……ください! 本当に……本当に、人間なんかのために、このボクに拷問をする気なのですか、ルシファー様!?」
「しゃべるかい?」
「そ……それは……!」
不破は、不破の問いにたじろぐベリアルをよそに、手に持っていた羽根をベリアルの腹部へとあてがった。そして──
「ギャーハハハハハハハハハハハハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」
ベリアルの笑い声が辺りに響いた。
「……は?」
「……へ?」
間抜けな、気の抜けた声を出す俺とローゼスを尻目に、今まできゅっと閉じていた口を開け、レヴィアタンがおもむろに話し始める。その隣には、もはや目を覆い、耳を塞ぎ、すべての情報をシャットアウトしている蠅村もいた。
「対象を強制的に笑わせ、息を出来無くし、無様に辱める。これが〝地獄の拷問〟世にも恐ろしい、我々に伝わる拷問法です」
「イーッヒッヒヒヒヒヒヒヒ……ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャ……タタタタタスケテェー!!」
ベリアルのひときわ大きな声が駄菓子屋に響き渡った。
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