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拷問(笑)の果てに──
しおりを挟む〝地獄の拷問〟とかいうふざけた儀式(皮肉)が終わり、部屋の隅に遺棄されたベリアルが呼吸を乱しながらビクンビクンと、時折、気持ち悪く脈動している。
不破は何かよくわからない罪悪感にかられているのか、深く項垂れており、蠅村は顔を覆った手の、指の隙間からキョロキョロと辺りを見回していた。レヴィアタンに至っては途中で退席して、それから帰ってきていない。
そして、俺とローゼスがそれを冷ややかな目で見ているという状況。
地獄の拷問は数時間に渡って行われていて、俺たちはその間、ひたすらベリアルの気色悪い笑い声を聞かされていたことになる。一体、どちらが拷問を受けているのか、そんな事は毛ほども知りたくはないけど──
結果から言うと、ベリアルはサターンの情報を一切吐かなかった。これを『見上げた根性だ! 素晴らしい! 感動した! ブラヴォー!』と手放しで褒めるのは違うと思うけど、これにより、ベリアルにとってサターンとは、ここまで凌辱されてもなお、かばうような存在である事もわかった。
そんな忠実なベリアルが不破を裏切ったという事は、此度における不破のこの世界への転移は、本当に他意がなかった事がここで確定した。
どうやら不破は真剣に『人と魔物の共存する世界』とやらを創ろうとしているようだ。
「……結局、口は割らなかったけどよ、有用な情報がなかったワケじゃなかったな」
ローゼスが、この場に誰もいないかのようなノリで俺に話しかけてきた。もはや魔物という種族を視界にすら入れたくないのだろう。
「そ、そうだな……」
「とりあえず、今日は帰って、情報だけでも整理すっか」
ローゼスはそう言うと、おもむろに立ち上がり、そのまま部屋から出ていった。俺は居たたまれなくなり、急いで立ち上がるとローゼスの後に続こうとした。
「……じゃ、じゃあな不破……俺ももう帰るから」
「あ、うん……そうだね、そのほうがいいかもしれない。鈴、マコトクンたちの見送りを──」
「いやいや、蠅村もなんか怯えきってるだろ。それに毎回毎回、義務みたいに見送る必要もないし」
「……そう……だね。うん、ひとまずアプリの問題は解決したし、あの子もそんな時に下手に動いてこないと思う。悪いけど、マコトクンたちだけで帰ってくれるかい?」
「べつに悪くはないけど……」
言いかけて俺の視線がベリアルに向く。未だにビクンビクンと胎動を続けていることから、死んではいないみたいだけど、不破たちがコイツの処遇をどうするか気になるところではある。
「この子が気になるのかい?」
俺の気持ちを知ってか知らずか、不破が先回りして俺に質問してくる。おそらく俺の心は読んでないと思うが、仮面の奥で妖しく光っている瞳が、俺の心を見透かすように答えを促してくる。
「そいつ……ベリアルは結局どうするんだ? 拷問(笑)の内容から察するに、不破が人間に肩入れするのをやめない限り、こいつも不破には従わないスタンスっぽかったけど」
「そうだね、たぶんそのスタンスはこれ以上続けても崩さないと思う。でも処遇か……考えてなかったな……」
「おいおい」
「というのは冗談だけど、マコトクンも知ってのとおり、私は人間に肩入れするのを止めない……というか、そもそもこの子が何を履違えていたのかわからないけど、『人と魔物の共存する世界』というのは、当初から私が掲げてきた信念だったんだよね。おそらくサターンが悪意を以てそれを歪曲させたんだと思うけど、そこの根幹は揺るがない。……でもね、そうは言ってもだ。この子にはこの子で同情するに値する理由も、人を──〝ニンゲン〟という種を憎悪の対象と見てしまう理由もあるんだよ。……よかったら聞いていくかい?」
「いや、いい。興味ないし」
「だよね」
俺がそう斬り捨てると、不破は小さく笑って頷いた。
「……さて、差し当たっての問題はサターンの居場所の特定と、マコトクンが言ったようにこの子の処遇についてだけど……」
不破は『うーん……』と顎に手をやって短く唸ると、ベリアルの顔面を優しく右手で鷲掴みにした。そして──
「うぐぅッ!?」
突然、ベリアルが小さくくぐもった叫び声をあげると、ズブリと不破の左手がベリアルの胸部──鳩尾のすこし上部、心臓部に突き刺さった。
ドグンッ、ドグンッ、ドグンッ、ドグンッ……!
少し離れたところにいる、俺のところにまで聞こえてくるベリアルの心音。
「不破!? おまえ、何して──」
ス──
突如、俺の視界が闇に覆われる。よく見ると、それは蠅村の手で蠅村は俺の隣で静かに首を横に振っていた。
「……こういう場合って普通、目じゃなくて口を塞ぐよな?」
俺がそうツッコむと、蠅村は恥ずかしそうに顔を赤らめ、頭を掻いた。
ドグンッ、ドグンッ、ドグンッ、ドグンッ……!
相変わらず、部屋に響き続ける心臓の鼓動。俺と蠅村でバカをやっていても、不破はまったく手を止めようとしてない。おそらく、その左手でベリアルの心臓を鷲掴みにし、潰すつもり……にしては何やら時間がかかり過ぎている。
「こ、これは……?」
思わず俺の口から声が漏れる。
〝邪魔者の排除〟〝裏切り者の処刑〟一見すると、そうとしか見えなかった不破の行動だったが、よくよく見てみると、不破の左手が突き刺さっているベリアルの胸からは、一切血液が出ていなかった。
吸魔。
不破がベリアルに行っているのは、他者の保持している魔力を一方的に吸い、奪い取る魔法。不破はたぶんそれをベリアルに行使しているのだろう。
「か……は……っ」
今まで小刻みに震えていたベリアルが断末魔のような声を上げ、ピクリとも動かなくなる。
「ふぅ……こんな感じかな」
「不破、もしかしてそいつを……ベリアルを殺したのか……?」
「あはは、私が〝元〟とはいえ部下を殺すわけないじゃないか。私がこの子に施したのは、ただの吸魔じゃなくてね、半永久的に魔力を吸い続けるというものなんだよ」
「ということは……もう魔法も何も使えないって事か?」
「そ。いま、この子はこの世界にいる一般的な人間となんら変わらない。平たく言えば、無害化したという事だね」
「そんな事が出来るのか?」
「魔王だからね。ある程度の無茶は出来ちゃうんだ、これが。……それで、どうかな?」
「……なにが?」
「この子の処遇について、こんな感じで納得してくれたかい? それとも──」
「……まあ、べつに本当にそいつが無害化したのならそれでいいよ」
「そっか。ありがとね」
不破はそう言うと、人差し指をピッと俺に向けてきた。
『はいはい、またですか』と思っていると、案の定視界が歪んでいき──気が付くと、駄菓子屋不破の外にいた。
「よ、よお……」
背後からローゼスの声。
見ると、なにやら気まずそうに俺のほうを見ていた。
「出口まで歩いていったものの、駄菓子屋から出られなかったから、ずっと玄関で待機してたのか?」
「そういうのは、わざわざ口に出さなくていンだよ! 察してくれ!」
「じゃあ帰るか」
「……うん」
色々と疲れてしまった俺とローゼスは、そのまま特に何か会話を交わすことなく、そのまま帰路に就いた。
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