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懐かしのヴィルヘルム
見習い料理人とヴィルヘルムの料理人
しおりを挟む「厨房が見たい? むぉーーーーーーちろん、構いませんとも!」
開店前のグロースアルティヒ。その店先。
立て看板を丁寧に磨いていたオイゲンが手を止め、広場に響くほどの奇声を発する。
「是非とも、心行くまでご覧くださいませ! ヴィントナーズ様!」
「いえ、厨房が見たいということではなく、料理のヒントをお聞きしたいのですが……」
ガレイトがすこし困ったように言う。
しかし、その隣にいたブリギットが興奮気味に口を開く。
「ガレイトさん! 厨房を見せてくれるっていうんだから見せてもらおうよ!」
「い、いえ……しかし……ただでさえ、開店前で忙しいのに……」
「でも、構いませんよね? オイゲンさん!」
「ええ、それもう……モチのロンでございますとも」
「ほら! オイゲンさんこうも言ってるよ!」
「えぇ……っとぉ……」
「見せてもらおう!」
「……はい。見せていただけますか? 厨房」
根負けしたガレイトは、手で顔を覆いながら尋ねた。
「ええ、ええ……なんなら、厨房に住んでいただいても……」
「住みません」
「……そういえば、ヴィントナーズ様、こちらのレディは……先日もいらしていましたよね?」
オイゲンが視線をガレイトからブリギットへ移す。
「ああ、こちらは俺の上司の……」
「上司……!」
オイゲンが目を丸くさせ、甲高い裏声を出す。
「あ、えっと、はじめまして……じゃなかった。こんにちは、私、ブリギットって言います」
「ほうほう……これはこれは……」
ブリギットの挨拶を受け、オイゲンも満面の笑みで何度もうなずく。
「あの、それで……上司というのは、正しくなくて……料理人を少々……」
ブリギットがそう、小さく断りを入れる。
オイゲンはそれを見ると、胸に手を置いてお辞儀を返した。
「ブリギット様。改めてわたくし、オイゲン・ヨッフムと申します。グロースアルティヒではフロアチーフ、マネージャー、ソムリエなどをやらせていただいております」
「えっと……」
「要するに、料理を運んだり、お食事の会計や予約の確認、お客様にあったお酒を提案させて頂いたりしております」
「わぁ……た、大変ですね……」
「ふむ、そういえば……モニカさんとほとんど同じような仕事内容ですね」
「あ、そういえば……モニモニってすごいんだ……」
「い、いまさらですか……」
「いえいえ、大変、などということは……仕事はわたくしの生きがいのようなものですので。……ところで、料理人ということはやはり……?」
「は、はい……ガレイトさんがいま働いているお店の……」
「ああ、なるほど。オステリカ・オスタリカ・フランチェスカの」
「ご、ご存じなんですか?」
「ええ、それはもう……あのダグザ様のお店ですから。それはそれは、素敵なところなのでしょう」
「そ、そんなことは……えへへ……」
ブリギットが照れくさそうに顔を伏せる。
そんな彼女を尻目に、ガレイトがオイゲンに歩み寄る。
「あ、あの、なぜ俺がオステリカ・オスタリカ・フランチェスカで働いていることを……?」
「……さて、では厨房へと案内させていただきます」
「なぜだ……」
オイゲンはガレイトの問いには答えず、そのまま閉店中の店内へと入っていった。
◇
「わぁ……! すごいすご~い……!」
ブリギットが感嘆の声をあげる。
厨房内。
ステンレスのような金属の流し台。真っ白いタイルの壁。
ガレイトの身長よりも大きい巨大な冷蔵庫。コンロの上に置かれた寸胴鍋。
壁にかけられたフライパン。フライ返しなどの調理器具。
そして真っ白なダブルボタンのコックコートを着た料理人たち。
ブリギットはそれらを、目を輝かせながら魅入っている。
「──ん?」
料理人のうちのひとり。
一番長いコック帽をかぶった、中年の、腹の出た男性がガレイトたちに気づく。
男性はパクパクと口を開閉させると──
「ががが、ガレイトが来たぞおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
と、ガレイトを指さしながら、叫び声をあげた。
途端、厨房内のあちこちから色々な悲鳴があがる。
「いやあああああああああああああああああああああ!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」
「おしまいだああああああああああああああああああ!」
その声を聞くや否や、ブリギットの顔からは次第に笑顔が失われていった。
「そ、そういえば……ガレイトさんって……」
「は、はい……俺、一度ここでやらかしていました……」
「──鎮まりなさい! 鎮まるのです!」
オイゲンが声をあげると、料理人たちはピタッと動くのを止めた。
「今回、ヴィントナーズ様は次回作る料理の構想を得る為に、ここまで来られました。決して、こちらで料理をすることはありませんので、無用な勘違いはしないように。よろしいですか」
「な、なぁんだ……」
「それならべつに……」
「よかったぁ……」
オイゲンがそう言うと、料理人全員が胸をなでおろした。
「……ヴィントナーズ様、このような感じでよろしいでしょうか」
「……傷つくような……助かったような……」
そう言って、ガレイトが腕組みをする。
「でも、こんなに騒がれるって……あの、ガレイトさん?」
「な、なんでしょうか?」
「ここで一体何をしてたんですか……?」
「ま、まぁ……色々と。しかし、決して故意にここを混乱に陥れようとは……」
「不意にここを混乱させちゃったんだ……」
「ぐむ……」
「では、ヴィントナーズ様。心行くまで当レストランのシェフたちをお使いくださいませ」
「おや、オイゲンさんはもう……?」
「ええ、本当はわたくしも、この場でヴィントナーズ様のお手伝いをしたいのですが……」
「あ、そうですよね。色々と準備しないと……」
「はい。……では、またお帰りになられる際に」
「色々すみません。ありがとうございます」
ガレイトがそう礼を言うと、オイゲンはにっこり笑って厨房から出ていった。
料理人たちはそれを見送ると、また慌ただしそうに厨房内を動き回る。
そして、そんな中。
まっさきにガレイトを指さしていた料理人が、バツが悪そうにガレイトの近くまで歩いてきた。
「あー……すまねえな、ガレイトさん。てっきり、また悪夢の再来かと」
「あ、悪夢の再来……?」
ごくり。
ブリギットが生唾を飲み込む。
「いえいえ、あのときは本当に……」
「いや、あんたの暴走を止めなかった俺たちも悪い。……ここは、お互い水に流しましょう」
「そ、そうですね……」
そう言って二人、へらへらと笑い合う。
それを見ていたブリギットの顔の陰も、より濃いものになっていく。
「あ、あの、ガレイトさん……?」
「ああ、すみません、ブリギットさん。こちら、グロースアルティヒの副料理長のエックハルトさんです」
エックハルトと紹介された男性は、にっこり笑って会釈をした。
「はじめまして、お嬢さん。俺がここで副料理長を任されているエックハルト・シュナイダーです」
「は、はじめまして! 私、ブリギットって言います! その……よよ、よろしくお願いいたします!」
ブリギットはそう言うと、ぺこりと深くお辞儀をした。
エックハルトも帽子を取って、それに応える。
「じゃあ、早速だが──」
エックハルトがガレイトの顔を見る。
「見てのとおり開店前ですこし忙しくてね。そこまで構う時間がないんだ。許してくれ」
「すみません、無理を言ってしまって……」
「いや、オイゲンさんとガレイトさんの頼みだ。この国で断れるやつなんていやしないよ」
「そんな……」
「まぁ、そんなに謙遜しなさんな。……さて、さっさと本題へ移ろうか」
「ああ、そうでした」
ガレイトはそう言うと、タブレットサイズほどの包み紙を、空いている調理台の上に置いていった。
「ガレイトさん、これは……?」
「肉です」
「肉……ねえ?」
「クレメンタインエバー……聞いたことはありませんか?」
「あるさ。畑を荒らしまわる乱暴者だろ?」
「よくご存じで……」
「……ははーん、わかったぞ」
エックハルトが顎に手をあて、ガレイトの顔を見る。
「こりゃ帰国早々、早速面倒な依頼を押し付けられたと見える」
「は、はい……ご明察どおりで……」
「ということは、調理する肉はこれか……」
エックハルトは慣れた手つきで紐をほどいていくと──
すんすん。
生肉を手で持ち、臭いを嗅いだ。
「……新鮮だな。シメてから、まだ一日も経ってねえだろ?」
「わ、わかるんですか……?」
ブリギットが質問をする。
「ああ、時間が経つと、もっと酸化したにおいや、血独特のにおいがキツくなるんだよ。それがこの肉からはあまりしない。……つまり、まだ新鮮だということだ」
「へぇ~……!」
ブリギットがメモ帳を取り出し、そこへスラスラと書きなぐっていく。
「一応、肉屋さんには無理を言って、各部位ごとに分けてもらいました」
「ほう……?」
「バラやモモ、ロースにヒレ……とにかく、使えそうな部位をざっと……」
「ふむ。……俺もクレメンタインエバーは何度か料理したことあるが……あれはとくに臭みもない、イノシシとは思えないほど、素直な肉なんだ」
「素直な……」
「おう。だから、特段俺から伝えるべき調理法はないんだが……そうだな。誰に作るかは知らんが、ここはヴィルヘルムらしく、ソーセージってのはどうだ?」
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