賭けから始まった偽りの結婚~愛する旦那様を解放したのになぜか辺境まで押しかけて来て愛息子ごと溺愛されてます~

Tubling@書籍化&コミカライズ

文字の大きさ
3 / 36

夜の庭園でダンスを

しおりを挟む

 何が起こったの……先ほどまで絶体絶命だったのに。
 ひとまず助けていただいたのでお礼を伝えないと。

 「パッカニーニ公爵閣下……助けていただき感謝いたします。大変助かりましたわ」

 あまりにホッとして思わず笑顔になってしまう。
 本当に助かったわ……心からの感謝の気持ちが伝わってほしい。
 あのままあの男性の嘘を信じられてしまったら、私はふしだらな女として広まり、もうどこかへ嫁ぐ事など出来なかったもの。
 あらためて閣下をよく見ると、オレンジ色の瞳が煌めき、切れ長の目に漆黒の髪は獅子のたてがみの様で、とても野性的だけれどとても美しい。
 ホッとしたのも相まって、思わず見惚れてしまう。
 
 「カタリナ王女殿下、我が国の者が大変な無礼を働き、申し訳ございません」
 「閣下!頭をお上げください……!」

 私の手を取り、片膝をついて深々と頭を下げる姿に私の方が動揺してしまう。
 
 「いいえ、これは許される事ではありません……!何とお詫びをすればよいか……」

 閣下の表情はとても苦悶に満ちていて、私に対して申し訳ない気持ちが溢れていた。
 体が大きく、先ほどまで男性が震えあがるほどの威圧感を放っていた方が、こんな風に頭を下げてくるなんて……そういえばパッカニーニ公爵の事は我が国でも聞いた事があるわ。
 公爵でありながら騎士団をまとめる騎士団長でもあり、彼が戦場に立てば敵兵も震え上がるほどの強さでまさに「鬼神」と呼ばれているとか。
 そんなお方が私に片膝をついているのが新鮮で、申し訳なくて。
 私は国でも透明人間のような存在感の王女なのに。
 閣下のように素晴らしいお方がひれ伏すような、大層な人間ではない。
 私は閣下の優しいお心を無碍にしないよう、注意しながら言葉を返した。

 「閣下。それならば少しお話相手になっていただけませんか?」
 「話し相手……」
 「はい。この美しい庭園についてお話する方がいなくて残念だと思っておりましたの」
 「それはいいのですが……私が怖くはないのですか?」

 私は一瞬目が丸くなってしまう。
 閣下が怖いというのはどういう意味なのかしら……先ほど大剣を抜いていたから怖がらせたという意味かしら。
 でも私には両親やお姉様達、お兄様の方がよほど怖い。
 鬼というのはああいう人の心がない人達の事を言うのだと思う。
 閣下は私を信じて追い払ってくれたので、怖いという感情は微塵も持っていなかった。
 むしろその姿に見惚れていた、とは言えないわね。

 「ふふっ。助けていただいた相手が怖いだなんて、あり得ませんわ」
 「そうですか」
 
 小さく呟いて少し表情を緩めた閣下の微笑みに、心臓がドクドクと脈打つ。
 顔も熱いし、こんな事初めて――――
 閣下に言ったら怒られてしまいそうだけど、大きな体格に対して笑顔がとても可愛らしい。

 「では、隣りに座す事をお許しください」
 「もちろんです」

 閣下は遠慮がちに隣に腰をかけ、こちらを見てまだ微笑んでいる。
 こんなに素敵な笑顔を向けられたら、勘違いしてしまいそう。
 鬼神としての顔と笑顔のギャップがあり過ぎて……私は庭園の方へ視線を移し、再び話し始めた。

 「この庭園は庭師がデザインをしているのでしょうか?」
 「いえ、王太子殿下の御母上である王妃殿下と庭師が話し合い、決めていると伺ってます」
 「まぁ……こんな素敵な庭園を造られるなんて、素晴らしいお方なのでしょうね」

 私の言葉に閣下から、この国の王族や歴史などが次々と語られていく。
 自国の王族が褒められたのがよほど嬉しかったのかしら。
 全く止まる事なく話し続けるので可愛らしく思い、しばらく耳を傾けて、思わず笑いがこぼれてしまう。

 「うふふっ。閣下はこの国を愛していらっしゃるのね」
 「はっ……申し訳ございません!私ばかり話してしまいました」
 「いいのです。とても羨ましくて」

 自分の国を愛する事が出来るって幸せな事だもの。
 私も祖国をそんな風に自慢し、誇りに思えたらいいのに……でもそれは永遠に叶いそうにないわね。
 こんなにも愛国心に溢れる閣下の前で、自国の事など言えるはずもない。

 「カタリナ王女殿下?」

 私が黙ってしまったので心配した閣下が、こちらの様子を窺っている。
 私を気遣う者など国にはいない。
 閣下のそばにいればこうやって気遣っていただけるのかしら。
 その笑顔もキョトンとした表情も、私を助ける為の鬼気迫る表情も全部……私だけに向けられるものだったらいいのに。
 こんな風に他人に対して思うのは初めてだわ。
 自分でもよく分からない感情が湧いていきて戸惑ってしまい、動揺を悟られないように立ち上がった。

 「閣下、ダンスをしませんか?」
 「ここで、ですか?」
 「はい!こんなに月が美しくて素敵な庭園があるのです。ここで一曲踊るのも一興かと」

 私は閣下に手を差し出した。
 女性から誘うのははしたないかしらと思いながらも、王宮からは少し音楽が聞こえてきていたし、ほどよい解放感が私を大胆にしていた。
 王宮に戻ればまた王女の顔に戻り、接待としてのダンスが待っている。
 でもこのひと時だけは二人だけのダンスにしたい――――
 私の願いが伝わったかのように閣下が柔らかく微笑み、私の手を取って甲にキスをする。

 「よろこんで」

 彼の肩に手を置き、音楽に合わせてステップを踏んでいく。
 流れるような動きと私を導く動き……素晴らしいわ。
 私はそれほど上手な方ではないにも関わらず、まるで上級者になったような気持ちにさせてくれる。

 「凄い……!私が何もしなくてもダンスになっていますわ!」
 「ご謙遜を。王女殿下の動きが良ければこそです」

 結局3曲ほど踊り、私の体力が限界に達した為に終了した。
 私は息が上がっているのに、目の前の閣下は全く平然としている。
 
 「大丈夫でしょうか?」
 「はぁ……はぁ……お心遣い、感謝します。ふぅ……日頃の鍛錬の違いでしょうね。身に沁みましたわ」
 「ふははっ」

 あまりに私の息が整わない姿が面白かったのか、声を上げて笑う閣下。
 ちょっぴり恥ずかしい……でも子供みたいに笑うお顔も可愛らしいわ。
 大の大人に、しかも鬼神と恐れられる騎士団長に可愛いだなんて言ったら、きっと嫌な気持ちにさせてしまいそうで言えないけれど。
 
 「パッカニーニ公爵閣下、今夜は本当に感謝の気持ちでいっぱいです。何かお礼が出来ればいいのですが……」
 「王女殿下からお礼をいただくわけには参りませんので」
 「そう、ですわよね……差し上げても困らせてしまいますわね」
 
 私のような者からお礼をもらったなんて、閣下にとって汚点になってしまいそうだもの。
 バカな事を言ってしまったと思っていると、パッカニーニ閣下が私の髪をひと掬いし、髪の一部に口付ける。
 何が起きているのか理解出来ず、その場で立ち尽くしながら閣下を見つめた。
 ちゅっという乾いた音……そして顔を上げた閣下は月を背に鋭い瞳を光らせて私を見据える。

 「お礼はこれで」
 「は、い……」

 心臓が止まってしまいそう。
 本当なら髪に触れられるなんて誰であろうと嫌なはずなのに。
 全然嫌じゃない自分がいる……それどころかもっと触れてほしいだなんて、はしたないわよカタリナ。
 すると足音が聞こえてきて突然顔を出したのは、お兄様だった。

 「カタリナ、いつまで休んでいる」
 「お兄様!」
 「これは王太子殿下。王女殿下は具合が悪そうでしたので、僭越ながら護衛をさせていただきました」
 「パッカニーニ閣下!愚妹が大変失礼を……閣下のお手を煩わせてしまうとは。カタリナ、閣下に謝るんだ」

 お兄様は国で見せるような私を蔑む目を向け、閣下の前で私を叱責した。
 さっきまでの時間は夢だったかのように幸せな気持ちが消えていく――――
 
 「王太子殿下、差し出がましいようですが、今日の主賓であるお二人が祝宴の場にいないとなると、ホールが騒ついてしまいます。お早めにお戻りになられるべきかと」
 「む、それもそうだな。カタリナ、戻るぞ」
 「はい」

 また助けてくれた――?
 お兄様に腕を引かれながらも閣下の方をチラリと振り返る。
 するとほんの少しだけ頭を下げた気がして、私も一瞬だけ笑顔を返した。

 「グズグズするな、恥晒しが」

 お兄様は相変わらず辛辣だったけれど、私の胸は痛むどころか温かさで満たされていた。
 こんな気持ちになれる人に出会えるなんて……祝宴に連れ戻された後も頭はふわふわ浮ついていて、気付けば祝宴は終わり、帰国の途に着いていた。
 結局閣下には庭園の後も顔を合わせる事はなかったけれど、あの夜の出来事は灰色だった私の人生に確かな色を与えてくれた。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様

恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。 不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、 伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。 感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、 ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。 「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」 足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。 「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」 一度凍りついた心は、二度と溶けない。 後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、 終わりのない贖罪の記録。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

婚約者は嘘つき!私から捨ててあげますわ

あんり
恋愛
「マーティン様、今、わたくしと婚約破棄をなさりたいと、そうおっしゃいましたの?」 愛されていると信じていた婚約者から、突然の別れを告げられた侯爵令嬢のエリッサ。 理由も分からないまま社交界の噂に晒され、それでも彼女は涙を見せず、誇り高く微笑んでみせる。 ―――けれど本当は、あの別れの裏に“何か”がある気がしてならなかった。 そんな中、従兄である第二王子アダムが手を差し伸べる。 新たな婚約、近づく距離、揺れる心。 だがエリッサは知らない。 かつての婚約者が、自ら悪者になってまで隠した「真実」を。 捨てられた令嬢?いいえ違いますわ。 わたくしが、未来を選び直すの。 勘違いとすれ違いから始まる、切なくて優しい恋の物語。

私たちの離婚幸福論

桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます

nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。 アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。 全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

円満離婚に持ち込むはずが。~『冷酷皇帝の最愛妃』

みこと。
恋愛
「あなたと子を作るつもりはない」 皇帝シュテファンに嫁いだエリザは、初夜に夫から宣言されて首をかしげる。 (これは"愛することのない"の亜種?) 前世を思い出したばかりの彼女は、ここが小説『冷酷皇帝の最愛妃』の中だと気づき、冷静に状況を分析していた。 エリザの役どころは、公爵家が皇帝に押し付けた花嫁で、彼の恋路の邪魔をするモブ皇妃。小説のシュテファンは、最終的には運命の恋人アンネと結ばれる。 それは確かに、子どもが出来たら困るだろう。 速やかな"円満離婚"を前提にシュテファンと契約を結んだエリザだったが、とあるキッカケで彼の子を身ごもることになってしまい──? シュテファンとの契約違反におののき、思わず逃走したエリザに「やっと見つけた」と追いすがる夫。 どうやら彼はエリザ一筋だったらしく。あれ? あなたの恋人アンネはどうしたの? ※小説家になろう様でも掲載しています ※表紙イラスト:あさぎかな先生にコラージュアートをいただきました ※毎朝7時に更新していく予定です

誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、 幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。 父に褒められたことは一度もなく、 婚約者には「君に愛情などない」と言われ、 社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。 ——ある夜。 唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。 心が折れかけていたその時、 父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが 淡々と告げた。 「エルナ様、家を出ましょう。  あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」 突然の“駆け落ち”に見える提案。 だがその実態は—— 『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。 期間は一年、互いに干渉しないこと』 はずだった。 しかし共に暮らし始めてすぐ、 レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。 「……触れていいですか」 「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」 「あなたを愛さないなど、できるはずがない」 彼の優しさは偽りか、それとも——。 一年後、契約の終わりが迫る頃、 エルナの前に姿を見せたのは かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。 「戻ってきてくれ。  本当に愛していたのは……君だ」 愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。

処理中です...