31 / 36
微かな違和感
しおりを挟むドルチェが我が家に来てから数日、息子はすっかり私たちの寝室に来なくなり、ドルチェと仲良く眠るようになった。
時々邸の侍女がアルジェールの様子を見てくれているけれど、特に問題もなくぐっすり眠れているようだ。
すっかりドルチェと仲良くなり、友達のような関係になっている。
ドルチェは王家お抱えの調教師によってしつけや訓練を受けていて、とても賢い犬だった。
毎日我が家にも調教師の方が来てくれて、アルジェールも一緒にしっかり学んでいる。
日々成長するアルジェールとドルチェに邸は一気ににぎやかになり、オーリンなんかは毎日目尻を下げていた。
「坊ちゃまは賢いお方ですね~~」
「オーリンったら、毎日同じ事を言っているわ」
「毎日、いつでも褒めたいのです!こんなに素敵な坊ちゃんなのですから、素晴らしいご当主になるに違いないのです!」
「そうね、どんな大人になるのかしら……私は優しい子に育ってくれれば、それだけでいいのだけど」
「いいえ、絶対全てを兼ね揃えた麗しい公爵様になるに違いないのです!」
「うふふっ。オーリンの方が親ばかじゃない」
彼女の言葉に思わず吹き出してしまう。
それと同時にそれほどアルジェールの事を大切に想ってくれて、胸が温かくなった。
邸に戻ってきて、本当に良かったわ……どうなるかと思ったけれど、やはりアルジェールはレブランド様の息子で色々な事をすぐに吸収していく。
まだ4歳にはなっていないけれど、すでに家庭教師もつき始め、勉強にも意欲的だった。
そんな息子とドルチェが遊んでいるのを庭でお茶を飲みながら見守る時間……穏やかで平和だわ。
侍女たちがオヤツを並べていき、オーリンがお茶を淹れながら、大きな声でアルジェールを呼ぶ。
「坊ちゃま~~オヤツの時間です!」
「わーい!」
呼ばれた息子は全速力で駆けてきて、ドルチェも負けじと駆けてきた。
「オヤツ!」
「ワフッ!」
「二人とも、行儀よくしないとオヤツはあたらないのよ」
「はい!」
「ワォン!」
「息もピッタリね」
二人の様子を見て、使用人達からも笑い声が聞こえてくる。
さんざん走り回ったからか、アルジェールはオヤツを食べる手が止まらない。
「ゆっくり食べるのよ」
「うん!」
「今日はブラウニーケーキなのです~~坊ちゃまの為に料理長が張り切ってました」
「美味しそうね」
私も自分の分のブラウニーケーキを食べようとしたその時、アルジェールが突然咳込み始めた。
「アル?!」
「ゴホッ!ゲホッ!!」
「何か喉に引っ掛かったのかもしれない!」
咳き込む息子の背中を叩こうとした瞬間、彼の口からナッツ類が飛び出してきた。
それと同時にアルジェールの息が落ち着いてくる。
「アル!アルジェール!」
「かぁさま……ふ、うぅっ」
「怖かったわね……」
震えながら泣きじゃくる息子を膝に乗せ、抱き締めながら背中をさすった。
喉に引っ掛かったのは全部出たのね……良かった。
何が入っていたのかと思えば、アルジェールのブラウニーケーキには大きめのナッツ類が沢山練り込まれている。
でも私のを見てみると、私のには入っていない。
これはオヤツを出す時のミスなの?
「坊ちゃま!大丈夫でしょうか?!」
「大丈夫よ、オーリン。でもこのブラウニーケーキ……ナッツ類が大きいし硬いからまだアルジェールには無理だと思うの。私のがアルジェール用だったのかしら」
「も、申し訳ございません!!我々使用人のミスです!!!」
「あなたのせいじゃないわ。私が気を付けていれば……これから気を付けましょう」
「はいぃ」
オーリンはこの一件ですっかり落ち込んでしまい、レブランド様はこの事を聞いて飛んで帰ってきてくださった。
ちょうど息子がお昼寝をしている時だったので寝顔を見て、ホッとした表情をする旦那様。
「大事に至らなくて良かった……」
「ごめんなさい、私がそばにいたのに気付かなくて」
「いや、君のせいではない。皆が気を付けなくてはならない事だ。料理長にも後で話を聞こうと思う」
「多分料理長は、アルジェール用にちゃんと作ってくれていたのだと思うの」
「侍女、か……」
「間違いは誰にでもあるものだから……」
そう、誰にでもあるわ。
でももし間違いではなかったとしたら……という考えが頭から離れない。
私は自国で散々嫌がらせを受けてきた過去もあり、そういう”一見誰がやったか分からないように手を下す”という陰湿なのを何度も経験してきた。
まるでそれを思い出すかのようで、背筋が粟立つ。
気のせいであればいいと願いつつ、レブランド様の胸に顔を埋め、邪念を振り払うように瞼を閉じた。
131
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様
恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。
不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、
伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。
感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、
ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。
「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」
足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。
「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」
一度凍りついた心は、二度と溶けない。
後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、
終わりのない贖罪の記録。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
婚約者は嘘つき!私から捨ててあげますわ
あんり
恋愛
「マーティン様、今、わたくしと婚約破棄をなさりたいと、そうおっしゃいましたの?」
愛されていると信じていた婚約者から、突然の別れを告げられた侯爵令嬢のエリッサ。
理由も分からないまま社交界の噂に晒され、それでも彼女は涙を見せず、誇り高く微笑んでみせる。
―――けれど本当は、あの別れの裏に“何か”がある気がしてならなかった。
そんな中、従兄である第二王子アダムが手を差し伸べる。
新たな婚約、近づく距離、揺れる心。
だがエリッサは知らない。
かつての婚約者が、自ら悪者になってまで隠した「真実」を。
捨てられた令嬢?いいえ違いますわ。
わたくしが、未来を選び直すの。
勘違いとすれ違いから始まる、切なくて優しい恋の物語。
私たちの離婚幸福論
桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます
nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。
アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。
全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。
円満離婚に持ち込むはずが。~『冷酷皇帝の最愛妃』
みこと。
恋愛
「あなたと子を作るつもりはない」
皇帝シュテファンに嫁いだエリザは、初夜に夫から宣言されて首をかしげる。
(これは"愛することのない"の亜種?)
前世を思い出したばかりの彼女は、ここが小説『冷酷皇帝の最愛妃』の中だと気づき、冷静に状況を分析していた。
エリザの役どころは、公爵家が皇帝に押し付けた花嫁で、彼の恋路の邪魔をするモブ皇妃。小説のシュテファンは、最終的には運命の恋人アンネと結ばれる。
それは確かに、子どもが出来たら困るだろう。
速やかな"円満離婚"を前提にシュテファンと契約を結んだエリザだったが、とあるキッカケで彼の子を身ごもることになってしまい──?
シュテファンとの契約違反におののき、思わず逃走したエリザに「やっと見つけた」と追いすがる夫。
どうやら彼はエリザ一筋だったらしく。あれ? あなたの恋人アンネはどうしたの?
※小説家になろう様でも掲載しています
※表紙イラスト:あさぎかな先生にコラージュアートをいただきました
※毎朝7時に更新していく予定です
誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜
山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、
幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。
父に褒められたことは一度もなく、
婚約者には「君に愛情などない」と言われ、
社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。
——ある夜。
唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。
心が折れかけていたその時、
父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが
淡々と告げた。
「エルナ様、家を出ましょう。
あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」
突然の“駆け落ち”に見える提案。
だがその実態は——
『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。
期間は一年、互いに干渉しないこと』
はずだった。
しかし共に暮らし始めてすぐ、
レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。
「……触れていいですか」
「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」
「あなたを愛さないなど、できるはずがない」
彼の優しさは偽りか、それとも——。
一年後、契約の終わりが迫る頃、
エルナの前に姿を見せたのは
かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。
「戻ってきてくれ。
本当に愛していたのは……君だ」
愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる