番が逃げました、ただ今修羅場中〜羊獣人リノの執着と婚約破壊劇〜

く〜いっ

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1・波乱の結婚式

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花の香りに包まれた式場。
神聖な鐘の音が高らかに鳴り響き、皆が息を呑んで壇上を見つめている。

わたくし、クラリーチェ・フォン・エデルシア。
本日、公爵家の令息フォン・ガラッド・ミナとの結婚式を迎えていた。

順調に進むはずだった。
全ては、完璧に整えられたはずだった。

……なのに。

「私の運命の番は君だ!!」

壇上の花婿、ガラッドは堂々と宣言した。
勢いよく伸ばされた彼の指先が、誰かをまっすぐに差し示す。

その先に立っていたのは——

「リノ……?」

わたくしの義弟。


「えっ、ちょっと待って。え……あの、わたくし、今、振られたの……?」

わたくしの声が、情けなく震えている。

会場は一瞬の静寂に包まれたあと、ざわ……ざわ……と、控えめにどよめき始めた。

「番違い、だと……?」
「まさか、婚約破棄?」
「花嫁、式場でフラれるとか……あれ? 貴族社会的にどうなるんだ?」

混乱する会場を無視し、ガラッドは興奮した瞳を輝かせながら、まるで大発見をしたかのように叫んだ。

「この匂い、間違いない! 義弟がいるとは聞いていたが、まさか本物の番が隠されていたとは!」

「え、いや、え? やっぱり わたくし、振られたの?」

指名されたリノは、心底嫌そうに舌打ちをした。

「……チッ。」

(ああ、ほんとだ。あいつ……俺の番だ。ないわ――ありえないわ。リーリー(クラリーチェ)以外、選択肢とか存在しないわ! こっち見んな! 二度と嗅ぐな! お前は俺の運命じゃねーよ!)

だがすぐに、天使のように微笑んでクラリーチェを見つめた。


「やっと、いらないものが退場してくれて、良かったね。お姉様。」

義弟、リノ。

わたくしの婚約者と、義弟と、わたくし。
この会場で、今、確かに修羅場が始まった。


◆◆◆

先ほどまでザワついていた会場が、水を打ったように静まり返る。
クラリーチェは喉がひりつき、声がうまく出てこない。

「え、えっと、つまり……」

リノはゆっくりとクラリーチェに歩み寄り、いつものように自然に彼女の髪に指を絡めた。

(な、なんだこの空気……)

ガラッドは、ハッと会場の異常な緊張感に気付き慌てて言い訳をはじめた。

「間違いないんだ! 番の匂いだ! ずっと……クラリーチェから特別な番の香りがしてたんだ!」

叫び続けるガラッドに向って、リノがサラッと毒を落とす。視線はクラリーチェに注がれたまま……

「それ、僕がマーキングしてたからだよ。」

会場「………………………………は?」

「お姉様に毎日マーキングしてたの。枕とか、ハンカチとか、手紙とか、下着の……あ、これは内緒だった。」
うっとりと語るリノ。

一瞬の静寂の後、
全方位から引く気配。

「……えっ? ……えっ? ……えっ?」

ガラッドは壊れたおもちゃのように、同じ言葉を繰り返した。

「今日のドレスにも……僕の匂い、ちゃんとお姉様に染み込ませてたから。」

会場「………………………………(全員、絶句。)」

「……ま、まさか……あの時、私の魂を震わせた……あの芳醇で、濃密で、甘く、刺激的で、押し寄せる波のような……あの香りは……」

ぶるぶる震えながら質問するガラッドにもリノは、微笑みで返す。

「うん、僕の。」

膝から崩れ落ちたガラッド……地面に突っ伏し、なぜか前屈み。

「ぐ、ぐっ……くっ……リノ君の……リノ君の幸せ全開の匂いが……っ! く、苦しいっ……!」前屈みのままガクガクと悶絶するガラッドをゴミを見るような目でチラ見したリノにクラリーチェが問いかける。

「リノ……あなた、わたくしに何をしてたの?」

微笑んだままのリノが答える「マーキングだよ。」

「リノ! 何かそれ、ダメなことのように思えるわ! わたくし怒っても良いわよね!」

クラリーチェは、リノのほっぺをつねろうとしたが──ふと、手を止める。

(……でも、ほっぺをきゅっとしたら、赤くなっちゃうわよね……やめた。)

「めっ!」腰に手を当て、精一杯叱ってみた。

「え? 言うだけ?」

地面に突っ伏したままのガラッドがつっこみを入れる。
リノが幸せいっぱいの表情で微笑んだ。

「ふおぉぉぉぉ~! 辛い~! 私の……私の番は……どこに……(涙)」
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