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「この本、面白かったなぁ。歴代で一番かも......。」
パタン、と本を閉じた瞬間、本来なら胸の内に留めておくはずだった思いがそのまま言葉となって口から漏れた。
「へぇ~この本、そんなに面白かったんだね。」
「うん。特にこの全知全能の神とヘラの物語がーーって、うわっ!」
夢中になって読んでいたせいか、隣にいたキール君の気配にまったく気が付かなかった。......まさか今の今まで、ずっとここにいたのか?
「ふふふ。驚かせてごめんね。あまりにも集中して読んでたものだから、声をかけるのが申し訳なくてさ。君、名前はなんて言うの?」
「......シューンです。シューン・トアと言います。」
僕が名乗ると、キール君は何かを吟味するように、言葉を選んでいるように見えた。少しの沈黙の後、再び口を開く。
「......あぁ、君はトア家の人間なのか。」
アインスが言葉を選ぶのも無理はない。なにせ僕は没落した子爵家の令息だ。両親を亡くし、領地の経営が立ち行かなくなったことで、家は没落してしまったのだから。
本来なら、跡取りである僕がしっかりすべきだったのだろうが、当時の僕はまだ幼く、とても領地を支えられる状況ではなかった。
没落し、平民となった今でもこうして元気に過ごせているのは、今ではほとんど会えず、文通だけのやり取りになってしまっているが、母の妹ーー叔母の助けがあったからだ。
「それで......僕に何のご用でしょうか??」
「トア......いや、シューンはよくここに来ているのか?」
おっと。いきなり侯爵家の人間が僕のことを名前呼びなんて恐れ多い。顔が整っている人というのは対人関係の距離を縮めるのも上手なのか。
「はい、本を読むのが趣味ですので。」
「ふーん、そうなんだ。でも本を読むだけなら、こんな大荷物はいらなくない?」
そんなことにも気が付くなんて、キール君は周囲のことをよく見ているんだな。
「これは、自習用のノートや教科書が入っているので......」
「分からないところがあるのかい?」
「はい。僕は薬学専攻なので、いろいろな薬草の効能だったり、種類を覚えるのが大変で......なので自習も兼ねてここに来るんです。」
キール君の専攻学科は、確か.....錬金術だったような......。それにしても、なんで僕はずっとキール君と話しているのだろう。ただの暇つぶし、なのかな。
「ならさ、勉強教えてあげようか?」
「......はい?キール君が、ですか?」
「ふふふ、俺のほかに誰がいるの?」
いやいやいや。いくら、僕があのペンネ?アンネ?ーー名前は忘れてしまったが、あの追っかけから助けたとはいえ、勉強を教えてもらうなんて、さすがに気が引ける。学業以外にも、絶対忙しいに決まってるのに。こんなところで手を煩わせて不敬罪にでもなったらたまったもんじゃない。
ここは、相手を刺激しないようにやんわり、やんわり断るぞ。
「いや、キール君のお手を煩わせるわけには......。」
「じゃあ、私を助けてくれたお礼だと思ってくれ。頼むよ。私の顔を立てると思って。ね?」
半ば強引に話をまとめられてしまい、僕は小さく「はい......」と頷くことしかできなかった。最初から僕に拒否権なんて無かったんだな。
でも、きっとこれもキール君の気まぐれにすぎない。キール君が飽きてさえくれれば、この奇妙な関係も終わる。
ーーそう、考えていたのに。
来る日も来る日も、キール君は図書館へ毎日のように足を運んでは、僕の勉強に付き合ってくれた。
僕が「今日は、読書の日にするので勉強はしません。」と伝えてもキール君は
「じゃあ俺も、何か本でも読もうかな。シューンのおすすめはある?」
などと言って、いつの間にか勉強仲間兼読書仲間のような関係になっていた。それに加えて、この頃になるとキール君は僕に
「いつ、アインスって呼んでくれるの?」
「堅苦しい物言いは辞めて欲しい」
「図書館以外でも話したいなぁ」
と、あれこれ訴えてくるようになった。最初は軽くあしらっていたけど、あまりに真剣な眼差しで言ってきたものだから、僕は条件付きで渋々了承することにした。
その条件というのが、僕がアインスと呼ぶのは、図書館で会っているときだけーーという至って、簡単なものだった。
だって、アインスと僕が隣に並んでいたら、あまりにもアンバランスじゃないか?アインスは銀色に輝く艶やかな髪をしているし、着痩せしているせいで分かりづらいが、体格も騎士科にいてもおかしくないくらい、見た目以上にがっしりとしている。
この前、運動の授業終わりにちらりと見かけたときには、バキバキに割れた腹筋が目に入ってきて、「あれ、本当に錬金術科の体型なのか?」と本気で目を疑ったほどだ。
唇も薄く、やや釣り目がちの目は視線が合うだけで、誰もが恋に落ちてしまいそうだと思う。
一方、僕はといえば、少しくるくると癖のついた茶髪の髪に、運動もあまりしてこなかったので、筋肉もほんのり申し訳程度についているだけ。
本当、そこら辺どこにでもいる一般人だ。僕とアインスでは友人としてすら釣り合わない。顔見知り、せいぜい知り合い程度がちょうどいい。
それでもーー
そんな二人で過ごす時間が、とても楽しく思えた。アインスは、僕といるときだけ”王子様キャラ”をやめるのだ。余所行きは”私”なのに、僕といるときだけは”俺”になる。
「はぁ~......もうほんと、無理。シューン、とりあえず吸わせて~。」
ヨロヨロと疲れた様子でやってくると、アインスはいつものように僕の身体に顔を埋めて、大きく息を吸う。はじめの頃は、僕がいい匂いなのかも分からず、正直戸惑っていたけれど、今はもうこの状況にすっかり慣れてしまった。
「アインス。キャラ、崩れてるよ。」
僕は読んでいた本にしおりを挟んで閉じ、アインスへと向き直る。
「シューンは、王子様キャラの方が好き?」
上目づかいでそう聞かれる。
「そんなことないよ。どっちのアインスも、アインスだからね。」
「......そう言ってくれるの、シューンだけだよ。」
その姿を僕だけが知っている。そう思うと、優越感に浸ってしまうのも無理はないだろう。
ーーそんなことを思っていた矢先、事件は起こった。
パタン、と本を閉じた瞬間、本来なら胸の内に留めておくはずだった思いがそのまま言葉となって口から漏れた。
「へぇ~この本、そんなに面白かったんだね。」
「うん。特にこの全知全能の神とヘラの物語がーーって、うわっ!」
夢中になって読んでいたせいか、隣にいたキール君の気配にまったく気が付かなかった。......まさか今の今まで、ずっとここにいたのか?
「ふふふ。驚かせてごめんね。あまりにも集中して読んでたものだから、声をかけるのが申し訳なくてさ。君、名前はなんて言うの?」
「......シューンです。シューン・トアと言います。」
僕が名乗ると、キール君は何かを吟味するように、言葉を選んでいるように見えた。少しの沈黙の後、再び口を開く。
「......あぁ、君はトア家の人間なのか。」
アインスが言葉を選ぶのも無理はない。なにせ僕は没落した子爵家の令息だ。両親を亡くし、領地の経営が立ち行かなくなったことで、家は没落してしまったのだから。
本来なら、跡取りである僕がしっかりすべきだったのだろうが、当時の僕はまだ幼く、とても領地を支えられる状況ではなかった。
没落し、平民となった今でもこうして元気に過ごせているのは、今ではほとんど会えず、文通だけのやり取りになってしまっているが、母の妹ーー叔母の助けがあったからだ。
「それで......僕に何のご用でしょうか??」
「トア......いや、シューンはよくここに来ているのか?」
おっと。いきなり侯爵家の人間が僕のことを名前呼びなんて恐れ多い。顔が整っている人というのは対人関係の距離を縮めるのも上手なのか。
「はい、本を読むのが趣味ですので。」
「ふーん、そうなんだ。でも本を読むだけなら、こんな大荷物はいらなくない?」
そんなことにも気が付くなんて、キール君は周囲のことをよく見ているんだな。
「これは、自習用のノートや教科書が入っているので......」
「分からないところがあるのかい?」
「はい。僕は薬学専攻なので、いろいろな薬草の効能だったり、種類を覚えるのが大変で......なので自習も兼ねてここに来るんです。」
キール君の専攻学科は、確か.....錬金術だったような......。それにしても、なんで僕はずっとキール君と話しているのだろう。ただの暇つぶし、なのかな。
「ならさ、勉強教えてあげようか?」
「......はい?キール君が、ですか?」
「ふふふ、俺のほかに誰がいるの?」
いやいやいや。いくら、僕があのペンネ?アンネ?ーー名前は忘れてしまったが、あの追っかけから助けたとはいえ、勉強を教えてもらうなんて、さすがに気が引ける。学業以外にも、絶対忙しいに決まってるのに。こんなところで手を煩わせて不敬罪にでもなったらたまったもんじゃない。
ここは、相手を刺激しないようにやんわり、やんわり断るぞ。
「いや、キール君のお手を煩わせるわけには......。」
「じゃあ、私を助けてくれたお礼だと思ってくれ。頼むよ。私の顔を立てると思って。ね?」
半ば強引に話をまとめられてしまい、僕は小さく「はい......」と頷くことしかできなかった。最初から僕に拒否権なんて無かったんだな。
でも、きっとこれもキール君の気まぐれにすぎない。キール君が飽きてさえくれれば、この奇妙な関係も終わる。
ーーそう、考えていたのに。
来る日も来る日も、キール君は図書館へ毎日のように足を運んでは、僕の勉強に付き合ってくれた。
僕が「今日は、読書の日にするので勉強はしません。」と伝えてもキール君は
「じゃあ俺も、何か本でも読もうかな。シューンのおすすめはある?」
などと言って、いつの間にか勉強仲間兼読書仲間のような関係になっていた。それに加えて、この頃になるとキール君は僕に
「いつ、アインスって呼んでくれるの?」
「堅苦しい物言いは辞めて欲しい」
「図書館以外でも話したいなぁ」
と、あれこれ訴えてくるようになった。最初は軽くあしらっていたけど、あまりに真剣な眼差しで言ってきたものだから、僕は条件付きで渋々了承することにした。
その条件というのが、僕がアインスと呼ぶのは、図書館で会っているときだけーーという至って、簡単なものだった。
だって、アインスと僕が隣に並んでいたら、あまりにもアンバランスじゃないか?アインスは銀色に輝く艶やかな髪をしているし、着痩せしているせいで分かりづらいが、体格も騎士科にいてもおかしくないくらい、見た目以上にがっしりとしている。
この前、運動の授業終わりにちらりと見かけたときには、バキバキに割れた腹筋が目に入ってきて、「あれ、本当に錬金術科の体型なのか?」と本気で目を疑ったほどだ。
唇も薄く、やや釣り目がちの目は視線が合うだけで、誰もが恋に落ちてしまいそうだと思う。
一方、僕はといえば、少しくるくると癖のついた茶髪の髪に、運動もあまりしてこなかったので、筋肉もほんのり申し訳程度についているだけ。
本当、そこら辺どこにでもいる一般人だ。僕とアインスでは友人としてすら釣り合わない。顔見知り、せいぜい知り合い程度がちょうどいい。
それでもーー
そんな二人で過ごす時間が、とても楽しく思えた。アインスは、僕といるときだけ”王子様キャラ”をやめるのだ。余所行きは”私”なのに、僕といるときだけは”俺”になる。
「はぁ~......もうほんと、無理。シューン、とりあえず吸わせて~。」
ヨロヨロと疲れた様子でやってくると、アインスはいつものように僕の身体に顔を埋めて、大きく息を吸う。はじめの頃は、僕がいい匂いなのかも分からず、正直戸惑っていたけれど、今はもうこの状況にすっかり慣れてしまった。
「アインス。キャラ、崩れてるよ。」
僕は読んでいた本にしおりを挟んで閉じ、アインスへと向き直る。
「シューンは、王子様キャラの方が好き?」
上目づかいでそう聞かれる。
「そんなことないよ。どっちのアインスも、アインスだからね。」
「......そう言ってくれるの、シューンだけだよ。」
その姿を僕だけが知っている。そう思うと、優越感に浸ってしまうのも無理はないだろう。
ーーそんなことを思っていた矢先、事件は起こった。
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