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5.背中を向けた女①(怖さレベル:★★☆)
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(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)
そう……アレは今でも、
夢だったんじゃないかと思うんです。
それは、お盆休みのある日のことでした。
私はサービス業に従事しているもので、
お盆といっても仕事で忙しく、
今年も休みらしい休みもなく終わるのだろうと諦めていたんです。
ですが、8月15日、お盆の最終日だけ、
シフトの都合で丸1日お休みを頂けることになったのです。
しかし、休みといっても一日だけですから、
九州にある実家に帰ることはできず、
ならばゆっくり身体を休めようと、
少しだけ遠出をして、大きなスパ施設へ出かけることにしました。
盆休みとはいえ、最終日の昼間のそこは
予想したよりもすいていて、
脱衣所に見える人影も5~6人ほど。
ラッキーと思いながら、
風呂場の方へ足を踏み入れました。
古い温泉施設をリノベーションしたというそこは、
浴槽ひとつひとつが新しくなったと宣伝された通り、
真新しく女性向けのシックなお風呂ばかりです。
そんなキレイな施設ですから、
さすがに内部はそれなりの賑わいがありました。
露天風呂も合わせて10もある風呂に順番で気分よくつかり、
さて、サウナの方へ、
と思ったのは自然な流れではないでしょうか。
サウナも三つ用意されていて、
低温、高温、スチームサウナとあり、
私はたいして考えもせず、
スチームサウナを選んで扉を開けました。
「わっ……」
モコモコと白い湯気が視界を埋めつくします。
ほわほわとあたたかな蒸気の中、
石造りの連なったイスへ向かおうとすると、
(……ん?)
四角形のサウナの部屋の一番奥、
四隅となっているその場所に、
一人の女性の姿がありました。
彼女は長い髪を一つに束ね、
イスの上で体育座りをして
――壁の方を向いています。
蒸気の煙もともなってまったく顔は見えず、
こちらからは真っ白い背中しか見ることができません。
若干不審には思いましたが、
眠っているのか、顔を見られたくないのだろうと結論付け、
いちばん端の入り口側に座ることにしました。
目を閉じ、ゆっくりと身体を弛緩させれば、
熱されたスチームが身体を温めます。
細く息を吐いて、
そのサウナの空気に浸っていた時でした。
ㇲッ、と空気の動いた気配がありました。
(ん?)
目を開けぬまま、耳をそばだてます。
サウナの入り口が開いた音はしません。
新しく人が入ってきたわけは無いようです。
となれば、先にいた人が出るのかと、
薄目を開けて様子を伺うと、
(……あれ?)
件の女性が、
席一つ分ほど移動しているのです。
それも、こちらの入り口側の方へ。
(え……?)
相変わらず、
顔は見えません。
正直、不気味でした。
でも、暑くなってちょっと
位置を変えたかっただけかもしれない。
そう自分に言い聞かせて、
再び目を閉じました。
蒸気の温かさは、そんな不安な気持ちを
ゆるやかにほぐしてくれます。
息をすって、吐いて。
スチームを肺の中に取り込んで、
さぁもうちょっと、と思った時でした。
スッ。
再び、空気の揺れる気配。
(まさか、ね)
さきほどのことが頭をよぎり、
再び薄目を開きます。
(う、わ)
すると、想像通り。
例の人が席一つ分、
またこちらに近づいてきています。
彼女との距離はあと2席ほど。
しかも、妙なことに今まで完全に向こう側を向いていた彼女の身体が、
ほんの僅かに斜めってきているのです。
今までは背中しか見えていなかったその人の、
耳元と左肩がわずかに見えていました。
暖かいはずのサウナ内が、
ぐっと下がったような薄気味悪さに包まれました。
(……もう、出ちゃおう)
せっかく休暇で来た温泉です。
妙なできごとで休みを台無しにするのは本意ではありません。
肩にかけていたタオルを外し、
そっと立ち上がったときです。
「……でるんですか」
今までまったくの無言であった女性が不意に言葉を発しました。
「え? え、ええ……」
まさかしゃべりかけられるとは思わず、
しどろもどろに返答すれば、
「わたしのせいですか」
「えっ?」
更に続けられた言葉に、
困惑の声が漏れました。
「い、いえ。もう十分あったまったんで」
「わたしのせいですよね」
「い、いやだから、暑くなったから」
「わたしのせいですよね」
未だ背を向けたままの女性は、
こちらの台詞にかぶせるように同じことをくりかえします。
「わたしが気持ち悪いんでしょう」
「い、いえ、そんな」
「わたしが醜いから」
「えっ? いや、その……」
もう、ラチがあきません。
妙な人につかまってしまったと内心怯えつつ、
「と、とにかく、私はもう出ますので。
失礼しますっ」
言い捨てるようにしてサウナを飛び出し、
洗い場に駆け込みました。
せっかく身体はあったかくなったのに、
心はクサクサして最低の気分です。
あんな妙な絡まれ方をしたのなんて今まで初めてで、
非常に憂鬱な気分になりつつ、
人の多い内風呂にコソコソと漬かりなおして、
なんとか気分を切り替えました。
そこの温泉施設は食堂も併設していて、
暖かい湯につかっていくらか気持ちも回復した私は、
どこかそわそわと周囲を気にしつつも、
人目につきにくい端の方の席に着きました。
>>
そう……アレは今でも、
夢だったんじゃないかと思うんです。
それは、お盆休みのある日のことでした。
私はサービス業に従事しているもので、
お盆といっても仕事で忙しく、
今年も休みらしい休みもなく終わるのだろうと諦めていたんです。
ですが、8月15日、お盆の最終日だけ、
シフトの都合で丸1日お休みを頂けることになったのです。
しかし、休みといっても一日だけですから、
九州にある実家に帰ることはできず、
ならばゆっくり身体を休めようと、
少しだけ遠出をして、大きなスパ施設へ出かけることにしました。
盆休みとはいえ、最終日の昼間のそこは
予想したよりもすいていて、
脱衣所に見える人影も5~6人ほど。
ラッキーと思いながら、
風呂場の方へ足を踏み入れました。
古い温泉施設をリノベーションしたというそこは、
浴槽ひとつひとつが新しくなったと宣伝された通り、
真新しく女性向けのシックなお風呂ばかりです。
そんなキレイな施設ですから、
さすがに内部はそれなりの賑わいがありました。
露天風呂も合わせて10もある風呂に順番で気分よくつかり、
さて、サウナの方へ、
と思ったのは自然な流れではないでしょうか。
サウナも三つ用意されていて、
低温、高温、スチームサウナとあり、
私はたいして考えもせず、
スチームサウナを選んで扉を開けました。
「わっ……」
モコモコと白い湯気が視界を埋めつくします。
ほわほわとあたたかな蒸気の中、
石造りの連なったイスへ向かおうとすると、
(……ん?)
四角形のサウナの部屋の一番奥、
四隅となっているその場所に、
一人の女性の姿がありました。
彼女は長い髪を一つに束ね、
イスの上で体育座りをして
――壁の方を向いています。
蒸気の煙もともなってまったく顔は見えず、
こちらからは真っ白い背中しか見ることができません。
若干不審には思いましたが、
眠っているのか、顔を見られたくないのだろうと結論付け、
いちばん端の入り口側に座ることにしました。
目を閉じ、ゆっくりと身体を弛緩させれば、
熱されたスチームが身体を温めます。
細く息を吐いて、
そのサウナの空気に浸っていた時でした。
ㇲッ、と空気の動いた気配がありました。
(ん?)
目を開けぬまま、耳をそばだてます。
サウナの入り口が開いた音はしません。
新しく人が入ってきたわけは無いようです。
となれば、先にいた人が出るのかと、
薄目を開けて様子を伺うと、
(……あれ?)
件の女性が、
席一つ分ほど移動しているのです。
それも、こちらの入り口側の方へ。
(え……?)
相変わらず、
顔は見えません。
正直、不気味でした。
でも、暑くなってちょっと
位置を変えたかっただけかもしれない。
そう自分に言い聞かせて、
再び目を閉じました。
蒸気の温かさは、そんな不安な気持ちを
ゆるやかにほぐしてくれます。
息をすって、吐いて。
スチームを肺の中に取り込んで、
さぁもうちょっと、と思った時でした。
スッ。
再び、空気の揺れる気配。
(まさか、ね)
さきほどのことが頭をよぎり、
再び薄目を開きます。
(う、わ)
すると、想像通り。
例の人が席一つ分、
またこちらに近づいてきています。
彼女との距離はあと2席ほど。
しかも、妙なことに今まで完全に向こう側を向いていた彼女の身体が、
ほんの僅かに斜めってきているのです。
今までは背中しか見えていなかったその人の、
耳元と左肩がわずかに見えていました。
暖かいはずのサウナ内が、
ぐっと下がったような薄気味悪さに包まれました。
(……もう、出ちゃおう)
せっかく休暇で来た温泉です。
妙なできごとで休みを台無しにするのは本意ではありません。
肩にかけていたタオルを外し、
そっと立ち上がったときです。
「……でるんですか」
今までまったくの無言であった女性が不意に言葉を発しました。
「え? え、ええ……」
まさかしゃべりかけられるとは思わず、
しどろもどろに返答すれば、
「わたしのせいですか」
「えっ?」
更に続けられた言葉に、
困惑の声が漏れました。
「い、いえ。もう十分あったまったんで」
「わたしのせいですよね」
「い、いやだから、暑くなったから」
「わたしのせいですよね」
未だ背を向けたままの女性は、
こちらの台詞にかぶせるように同じことをくりかえします。
「わたしが気持ち悪いんでしょう」
「い、いえ、そんな」
「わたしが醜いから」
「えっ? いや、その……」
もう、ラチがあきません。
妙な人につかまってしまったと内心怯えつつ、
「と、とにかく、私はもう出ますので。
失礼しますっ」
言い捨てるようにしてサウナを飛び出し、
洗い場に駆け込みました。
せっかく身体はあったかくなったのに、
心はクサクサして最低の気分です。
あんな妙な絡まれ方をしたのなんて今まで初めてで、
非常に憂鬱な気分になりつつ、
人の多い内風呂にコソコソと漬かりなおして、
なんとか気分を切り替えました。
そこの温泉施設は食堂も併設していて、
暖かい湯につかっていくらか気持ちも回復した私は、
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