32 / 415
16.呼応するオカリナ②(怖さレベル:★★★)
しおりを挟む
森君と小泉君も気づいたらしく、
三人そろって音の方へ視線を向けると、
「……んだ、アレ」
森君が、
ポカンと口を開けました。
浜辺から、
およそ五十メートルは先でしょうか。
その海上に、
何やら濃い青黒い影が見えたのです。
「んん……? 人……?」
小泉君も、
マジマジとそれを見つめています。
さんさんと照る太陽の真下にあるというのに、
その影はどこかぼんやりと揺らいでいて、
かろうじて人型だとわかる程度でした。
それは、腰から下を海中に浸し、
顔もわからないというのに、
ジッとこちらを見ているように感じられました。
「な……なんか、ヤベェんじゃねぇ……?」
森君が震えた声で言う通り、
あんな海の中、
直立不動で泳げる人間などいるはずもありません。
であれば、
それは一体なんなのか。
ホゥー、ホゥー、ホゥー
聞こえてくる、
オカリナのような音。
「……くち……?」
青黒い、その頭部。
その顔が存在するべきその中央が唐突にボロリと崩れ、
まるで大口を開いたかのように、
向こうの景色が透けたのです。
ホゥー、ホゥー、ホゥー
潮騒がその穴を通って、
あのオカリナに似た音が鳴っているようでした。
大きなその空洞。
空を舞うカモメが、
スイーッとその黒いトンネルを潜ろうとして、
「あっ」
ホゥー、ホゥー……バグン!
瞬間、
まるでエサを見つけたクリオネのような俊敏さで、
またたく間にカモメの身体がひしゃげたのです。
バキ、ボキッ
グシャ、グシャとつぶれていく無残なカモメが、
その空洞の中にズルンと吸い込まれました。
「バッ……バケモンだぁ!!」
森君のその叫び声に、
私たちはハッと正気に戻りました。
「にっ、逃げるよ、みきちゃん!」
「う……うんっ!」
まっ先に駆けだした森君に続いて、
私たち二人も慌ててその後を追いかけました。
私たちは家の立ち並ぶ住宅街まで
飛ぶように戻りました。
後ろを振り返っても、あの奇妙なバケモノはおらず、
私たちは互いにロクに言葉も交わせぬまま、
それぞれの家に逃げ帰ったのです。
「ああ、早いね。……あれ、オカリナ?」
「う、うん……」
炊事場で作業をしている祖母に
さきほどのできごとを話すのも憚られ、
私はその日一日うわの空のまま、
床につきました。
夜、広い祖父母のうちでは一人部屋が与えられていて、
ふだんであれば嬉しいそれも、
今日の今日ではどこかソワソワとしてしまいます。
寝苦しい夜、少し窓を開けて風を取り入れながら、
どうにか布団にこもって眠ろうと努力するものの、
意識が消えそうになるたびに、
フッとあの海で見た異形の姿がまぶたの裏に映るのです。
そのうえ、あのホゥー、ホゥーという音が、
まるで幻聴のように耳の奥でこだまするのです。
(あぁいやだ。早く忘れなきゃ)
人の形を成す、黒いもや。
海上で、
不気味にゆらぐその身体。
ホゥー、ホゥー
記憶と共に想起されるそれが、
絶え間ないほど、脳内に響きわたります。
ホゥー、ホゥー、ホゥー
その、幻聴。
「……え?」
それは、
すぐ近くから聞こえてきました。
さきほどまでの、
記憶の中のおぼろげな音などではない、
明瞭で確かな、あのオカリナに似た音色。
「う、そ……」
布団から上半身を起こし、
私はあわてて勉強机の上に放置してあったオカリナに視線を向けました。
――黒い、なにか。
「ひ、ぃい……っ?!」
その、オカリナ。
その吹き口から、黒いなにか――
ブワッ、と実態を伴った腕のようなものが見えたのです。
ホゥー、ホゥー、ホゥー
その音色は、
間違いなくあのオカリナから聞こえています。
恐怖に動けない私をしり目に、
そのもやもやとおぼろげな腕は、
ず、ずず、と外に少しずつ這い出始めました。
「あ……ああ……」
ぞわぞわと脈動するかのように、
腕、肘が、とても収まるはずのない小さなオカリナから、
ゆっくり、ゆっくりと這い出します。
ず、ずず……。
ホゥー、ホゥー、ホゥー
「……っ、い、いや……っ」
ズルリと伸びた黒い腕は、
今や肩口までオカリナから姿を現しています。
このままでは、頭が出る。
あの、海上で見たバケモノが、
完全に出てきてしまう――!
ホゥー、ホゥー、ホゥー
それはまるで、邪悪な笑い声のように室内に充満し、
私はその禍々しい協奏に、
今にも気が狂いだしそうになった、その時。
>>
三人そろって音の方へ視線を向けると、
「……んだ、アレ」
森君が、
ポカンと口を開けました。
浜辺から、
およそ五十メートルは先でしょうか。
その海上に、
何やら濃い青黒い影が見えたのです。
「んん……? 人……?」
小泉君も、
マジマジとそれを見つめています。
さんさんと照る太陽の真下にあるというのに、
その影はどこかぼんやりと揺らいでいて、
かろうじて人型だとわかる程度でした。
それは、腰から下を海中に浸し、
顔もわからないというのに、
ジッとこちらを見ているように感じられました。
「な……なんか、ヤベェんじゃねぇ……?」
森君が震えた声で言う通り、
あんな海の中、
直立不動で泳げる人間などいるはずもありません。
であれば、
それは一体なんなのか。
ホゥー、ホゥー、ホゥー
聞こえてくる、
オカリナのような音。
「……くち……?」
青黒い、その頭部。
その顔が存在するべきその中央が唐突にボロリと崩れ、
まるで大口を開いたかのように、
向こうの景色が透けたのです。
ホゥー、ホゥー、ホゥー
潮騒がその穴を通って、
あのオカリナに似た音が鳴っているようでした。
大きなその空洞。
空を舞うカモメが、
スイーッとその黒いトンネルを潜ろうとして、
「あっ」
ホゥー、ホゥー……バグン!
瞬間、
まるでエサを見つけたクリオネのような俊敏さで、
またたく間にカモメの身体がひしゃげたのです。
バキ、ボキッ
グシャ、グシャとつぶれていく無残なカモメが、
その空洞の中にズルンと吸い込まれました。
「バッ……バケモンだぁ!!」
森君のその叫び声に、
私たちはハッと正気に戻りました。
「にっ、逃げるよ、みきちゃん!」
「う……うんっ!」
まっ先に駆けだした森君に続いて、
私たち二人も慌ててその後を追いかけました。
私たちは家の立ち並ぶ住宅街まで
飛ぶように戻りました。
後ろを振り返っても、あの奇妙なバケモノはおらず、
私たちは互いにロクに言葉も交わせぬまま、
それぞれの家に逃げ帰ったのです。
「ああ、早いね。……あれ、オカリナ?」
「う、うん……」
炊事場で作業をしている祖母に
さきほどのできごとを話すのも憚られ、
私はその日一日うわの空のまま、
床につきました。
夜、広い祖父母のうちでは一人部屋が与えられていて、
ふだんであれば嬉しいそれも、
今日の今日ではどこかソワソワとしてしまいます。
寝苦しい夜、少し窓を開けて風を取り入れながら、
どうにか布団にこもって眠ろうと努力するものの、
意識が消えそうになるたびに、
フッとあの海で見た異形の姿がまぶたの裏に映るのです。
そのうえ、あのホゥー、ホゥーという音が、
まるで幻聴のように耳の奥でこだまするのです。
(あぁいやだ。早く忘れなきゃ)
人の形を成す、黒いもや。
海上で、
不気味にゆらぐその身体。
ホゥー、ホゥー
記憶と共に想起されるそれが、
絶え間ないほど、脳内に響きわたります。
ホゥー、ホゥー、ホゥー
その、幻聴。
「……え?」
それは、
すぐ近くから聞こえてきました。
さきほどまでの、
記憶の中のおぼろげな音などではない、
明瞭で確かな、あのオカリナに似た音色。
「う、そ……」
布団から上半身を起こし、
私はあわてて勉強机の上に放置してあったオカリナに視線を向けました。
――黒い、なにか。
「ひ、ぃい……っ?!」
その、オカリナ。
その吹き口から、黒いなにか――
ブワッ、と実態を伴った腕のようなものが見えたのです。
ホゥー、ホゥー、ホゥー
その音色は、
間違いなくあのオカリナから聞こえています。
恐怖に動けない私をしり目に、
そのもやもやとおぼろげな腕は、
ず、ずず、と外に少しずつ這い出始めました。
「あ……ああ……」
ぞわぞわと脈動するかのように、
腕、肘が、とても収まるはずのない小さなオカリナから、
ゆっくり、ゆっくりと這い出します。
ず、ずず……。
ホゥー、ホゥー、ホゥー
「……っ、い、いや……っ」
ズルリと伸びた黒い腕は、
今や肩口までオカリナから姿を現しています。
このままでは、頭が出る。
あの、海上で見たバケモノが、
完全に出てきてしまう――!
ホゥー、ホゥー、ホゥー
それはまるで、邪悪な笑い声のように室内に充満し、
私はその禍々しい協奏に、
今にも気が狂いだしそうになった、その時。
>>
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママが呼んでいる
杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。
京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/2:『そうしき』の章を追加。2026/1/9の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/1:『いえい』の章を追加。2026/1/8の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/31:『たこあげ』の章を追加。2026/1/7の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/30:『ねんがじょう』の章を追加。2026/1/6の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
百の話を語り終えたなら
コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」
これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。
誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。
日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。
そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき——
あなたは、もう後戻りできない。
■1話完結の百物語形式
■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ
■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感
最後の一話を読んだとき、
霊和怪異譚 野花と野薔薇
野花マリオ
ホラー
その“語り”が始まったとき、世界に異変が芽吹く。
静かな町、ふとした日常、どこにでもあるはずの風景に咲きはじめる、奇妙な花々――。
『霊和怪異譚 野花と野薔薇』は、不思議な力を持つ語り部・八木楓と鐘技友紀以下彼女達が語る怪異を描く、短編連作形式の怪異譚シリーズ。
一話ごとに異なる舞台、異なる登場人物、異なる恐怖。それでも、語りが始まるたび、必ず“何か”が咲く――。
語られる怪談はただの物語ではない。
それを「聞いた者」に忍び寄る異変、染みわたる不安。
やがて読者自身の身にも、“あの花”が咲くかもしれない。
日常にひっそりと紛れ込む、静かで妖しいホラー。
あなたも一席、語りを聞いてみませんか?
完結いたしました。
タイトル変更しました。
旧 彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる
※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。
エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。
表紙イラストは生成AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる