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50.バーに住み着く女③(怖さレベル:★★☆)
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「……あの女の人。あのバーのマスターの奥さん……いや、彼女、かな?
亡くなってますけど……たぶん、そういう関係の人だと思います」
受け取ったペットボトルのキャップを開けながら、後輩はたんたんと続けます。
「沢村さん、マスターにモーションかけてたでしょう。その上で、
あんな風に女の人のことをけなしたから……怒ったんでしょうね」
「お、怒ったって……確かに、悪乗りしてたとこはあったかも、けど。
それにマスター、今は独身なんだろ? なら」
「……まぁ、好きな人を独占したい、っていうのは、死んでも消えないんでしょう」
妙に達観したような口調で呟いてから、後輩は疲れたため息を吐き、
「ちょっとした悪乗り、で許してくれるような相手なら良かったんでしょうけど。
……あぁいう幽霊って、悪霊とは紙一重ですから。
沢村さんはかわいそうですけど、関わらないようにするしか……無いです」
無常にそう言い放った後輩は、それ以上何を言うこともなく黙り込み、
タクシーがやってくるまで、俺たちは無言のまま時を過ごしたのでした。
翌週のことです。
月曜日の出社日早々、
やってきた沢村の顔を見て、俺はギョッとしました。
なんら変わりない表情、動作。
だというのに、まるで被さるようにして、
ドス黒いモヤのようなものが見えるのです。
「お……おはよう、沢村」
「おはよーございます、白石先輩」
おそるおそる挨拶をするも、
向こうは何でもないような表情で返してきました。
「き、金曜日は先に帰って悪かったな」
「いいえ、おかげさまでマスターと連絡先交換しちゃいました!」
はしゃいだ様子を見せる彼女の目の下には、青い隈が滲んでいます。
そして、その肩の後ろに、フッと白い腕が見えた気がして、
俺は後ずさりしたい気持ちを必死に抑えて作り笑顔を浮かべました。
「そ、そうか、良かったな。あと……その、体調とか大丈夫か……?」
「え、もしかして顔色悪いですか? たしかにこの土日、だるいんですよねぇ」
彼女はケラケラと朗らか笑ってそんなことを言いつつ、
自分の席についていました。
「……白石先輩」
「お、おはよう」
と、先日真っ青なまま帰宅したもう一人の後輩が、
暗い声で声をかけてきました。
「……見ました?」
チラ、と沢村の方を見やった彼は、重い口調で尋ねてきます。
「……ああ。……なんか、ヤバそうだな」
俺も、なんと言えばいいかわからず、
ガリガリと頭を掻けば、
「……ヤバイなんてもんじゃないです。
……あまり、彼女のこと気にかけないほうがですよ」
と、相変わらずの暗い口調で言ってのけて、
後輩はそそくさと自分の席へ戻っていってしまいました。
(気にかけんな、って言ってもなあ……)
いくらトラブルメーカーとはいえ、後輩なわけですし、
完全に放っておくわけにも、と思いながら席についた彼女をみやれば、
(うっ……)
そんな僅かな気配りすら吹き飛ばすような光景が広がっていました。
会社のデスクの上。
彼女の席となっているその場所で、
沢村はせっせと――自らの爪を剥いでいたのです。
「さ、沢村さん!? なにしてるの?!」
すぐ隣の女子社員が、慌てて止めに入ります。
机の上は、はぎとられた爪と皮で赤く染まり、
それに気づいた社員が悲鳴や驚愕の声を上げて彼女の元へと近寄っていました。
「とっ、とにかく病院!」
「か、課長に誰か連絡入れろ!」
ざわつく社内の中、俺は確かに見てしまいました。
彼女の――沢村の背後で、
能面のようなまっ白い表情で彼女の首に爪を立てる、あの女の姿を。
その後……。
彼女は自律神経失調症と診断され、現在休職中です。
偶然、先輩に誘われてバーに行って、マスターに色目を使っただけ。
確かに、面白半分に幽霊をけなしたことも悪かったでしょう。
でも、それで心を病む程に呪われる、なんて。
後輩があの時話していた、”悪霊と紙一重”という言葉を思い出します。
普段は害がなくったって、ちょっとしたきっかけで、
悪霊に転んでしまうこともある、なんて。
俺だっていつ、そういうモノの不興を買って、
とり憑かれてしまうかわかったものじゃありません。
実はもう、呪われているんじゃないか。
もう、とり憑かれているんじゃないか。
後輩はなにも言うことはありませんが、
俺はあれ以来、周りが妙に恐ろしくなってしまいました。
いつ何時、呪われるかもわからない。
ひどく理不尽で、かといって予防することもできない。
それが、恐ろしくて恐ろしくて……仕方がないんです。
亡くなってますけど……たぶん、そういう関係の人だと思います」
受け取ったペットボトルのキャップを開けながら、後輩はたんたんと続けます。
「沢村さん、マスターにモーションかけてたでしょう。その上で、
あんな風に女の人のことをけなしたから……怒ったんでしょうね」
「お、怒ったって……確かに、悪乗りしてたとこはあったかも、けど。
それにマスター、今は独身なんだろ? なら」
「……まぁ、好きな人を独占したい、っていうのは、死んでも消えないんでしょう」
妙に達観したような口調で呟いてから、後輩は疲れたため息を吐き、
「ちょっとした悪乗り、で許してくれるような相手なら良かったんでしょうけど。
……あぁいう幽霊って、悪霊とは紙一重ですから。
沢村さんはかわいそうですけど、関わらないようにするしか……無いです」
無常にそう言い放った後輩は、それ以上何を言うこともなく黙り込み、
タクシーがやってくるまで、俺たちは無言のまま時を過ごしたのでした。
翌週のことです。
月曜日の出社日早々、
やってきた沢村の顔を見て、俺はギョッとしました。
なんら変わりない表情、動作。
だというのに、まるで被さるようにして、
ドス黒いモヤのようなものが見えるのです。
「お……おはよう、沢村」
「おはよーございます、白石先輩」
おそるおそる挨拶をするも、
向こうは何でもないような表情で返してきました。
「き、金曜日は先に帰って悪かったな」
「いいえ、おかげさまでマスターと連絡先交換しちゃいました!」
はしゃいだ様子を見せる彼女の目の下には、青い隈が滲んでいます。
そして、その肩の後ろに、フッと白い腕が見えた気がして、
俺は後ずさりしたい気持ちを必死に抑えて作り笑顔を浮かべました。
「そ、そうか、良かったな。あと……その、体調とか大丈夫か……?」
「え、もしかして顔色悪いですか? たしかにこの土日、だるいんですよねぇ」
彼女はケラケラと朗らか笑ってそんなことを言いつつ、
自分の席についていました。
「……白石先輩」
「お、おはよう」
と、先日真っ青なまま帰宅したもう一人の後輩が、
暗い声で声をかけてきました。
「……見ました?」
チラ、と沢村の方を見やった彼は、重い口調で尋ねてきます。
「……ああ。……なんか、ヤバそうだな」
俺も、なんと言えばいいかわからず、
ガリガリと頭を掻けば、
「……ヤバイなんてもんじゃないです。
……あまり、彼女のこと気にかけないほうがですよ」
と、相変わらずの暗い口調で言ってのけて、
後輩はそそくさと自分の席へ戻っていってしまいました。
(気にかけんな、って言ってもなあ……)
いくらトラブルメーカーとはいえ、後輩なわけですし、
完全に放っておくわけにも、と思いながら席についた彼女をみやれば、
(うっ……)
そんな僅かな気配りすら吹き飛ばすような光景が広がっていました。
会社のデスクの上。
彼女の席となっているその場所で、
沢村はせっせと――自らの爪を剥いでいたのです。
「さ、沢村さん!? なにしてるの?!」
すぐ隣の女子社員が、慌てて止めに入ります。
机の上は、はぎとられた爪と皮で赤く染まり、
それに気づいた社員が悲鳴や驚愕の声を上げて彼女の元へと近寄っていました。
「とっ、とにかく病院!」
「か、課長に誰か連絡入れろ!」
ざわつく社内の中、俺は確かに見てしまいました。
彼女の――沢村の背後で、
能面のようなまっ白い表情で彼女の首に爪を立てる、あの女の姿を。
その後……。
彼女は自律神経失調症と診断され、現在休職中です。
偶然、先輩に誘われてバーに行って、マスターに色目を使っただけ。
確かに、面白半分に幽霊をけなしたことも悪かったでしょう。
でも、それで心を病む程に呪われる、なんて。
後輩があの時話していた、”悪霊と紙一重”という言葉を思い出します。
普段は害がなくったって、ちょっとしたきっかけで、
悪霊に転んでしまうこともある、なんて。
俺だっていつ、そういうモノの不興を買って、
とり憑かれてしまうかわかったものじゃありません。
実はもう、呪われているんじゃないか。
もう、とり憑かれているんじゃないか。
後輩はなにも言うことはありませんが、
俺はあれ以来、周りが妙に恐ろしくなってしまいました。
いつ何時、呪われるかもわからない。
ひどく理不尽で、かといって予防することもできない。
それが、恐ろしくて恐ろしくて……仕方がないんです。
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