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64.ダムに潜む黒い影③(怖さレベル:★★☆)
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『皆さま、本日はご来場いただきまして誠にありがとうございます。
ただいまより、水門を全門開放致します。皆さま、どうぞお楽しみください……』
「おー、いよいよだねっ」
どこかひび割れたようなアナウンスが流され、
プラによそられたカレーを立ち食いしていた私たちは、
来るときも目にしたあの巨大な吹き出し口に目を向けました。
既に目下の欄干や橋の部分には人がごった返していて、
私たちは少し離れた屋台の方で、遠巻きにそれを見上げます。
ズン、と大地を揺るがす振動と共に、
ズバァッ、と水門が四つの口を開きました。
「……おおーっ」
私は年甲斐もなく、ポカンと大口を開けてそれに見入ってしまいました。
すべて解放された激流は、さきほどまでの水流の大きさとは比べ物になりません。
どうどうと溢れ出すそれは、名のある外国の大滝のごとき勢いです。
他の観光の人々も、爆音に圧倒されるように、皆、わいわいと感想を叫びながら、それに魅入られていました。
――が、
「オイ、あれ……」
「ん? うわっ、なんだアレ」
ざわざわと、周囲が妙に騒がしくなってきました。
皆、激流に驚いているのだろうかと思えば、
ざわつく人々の視線は水門の更に上――
あの、エレベーターで上がった上の塔の方へ向いています。
「わっ、あれ、危なっ」
広瀬がデジカメを構えたまま、ワタワタと慌てているその向こう。
その塔の上に立つ一人の女性。
彼女はいったいどうやったのか、進入禁止の柵を乗り越えて、
塔の先、ダムの突き出た部分に足をかけています。
「あれ……さっきの……!?」
それは、先ほど一人で湖を眺めていた青いワンピースを着ていた女性でした。
「あっ……ダムの人」
誰かが指さす先には、おそらくここの職員らしき制服の男性が数名。
彼女の立つ傍に近づき、防止柵のある方から、何ごとかを必死に呼びかけています。
「ね……まさか、あの人……」
友人が、顔色を青くしてボソリと呟きました。
「お……落ちるつもりじゃ、ないよね……?」
自殺。
それはおそらく、この場で状況を見守る皆が、
脳裏に描いている最悪の想像。
彼女は背後で声をかけている職員に、
全く反応する様を見せません。
「や……やばいんじゃ」
ドウドウと下流に叩きつけられているダムの水流。
その真上で地上を見下ろす女性。
と、突如、彼女は見上げる群衆の姿に気づいたようなそぶりと共に、
おののくように一歩二歩、後ろに下がったのです。
見守っていた人々が、
思いとどまった様子にホッと胸を撫でおろしました。
「もーっ、やめてほしいよね……」
「ハラハラしたなぁ……」
周囲からも、一息ついたような声が上がります。
防止柵のところまで退いた女性に、
職員たちは安心した様子で何やら励ましの声をかけているようでした。
そんな光景に、
ヤレヤレと皆が一安心した、まさにその時。
「あ、っ」
シュッ、と黒い影がその女性の真横に出現したのです。
「なに、どうし」
視線を外していた友人が、
再びダムの四つの水流に目を向けた時、
奇妙なことが起きました。
例の現れた黒い影たちが、
青いワンピースの女性の両足を掴み、
そのまま――空中に向かって飛び出したのです。
「……あ」
足を掴まれた女性は、
なすすべもなく彼らと共に宙を踊り、
そして――。
ドオォォン
激流渦巻く水中に、飲み込まれてしまったのです。
「あ……ああ……」
周囲はシン、と静まり返り、
ただただ、水門から湧き出す白流ばかりがその場に響いていました。
投身自殺。
後日のニュースによれば、
アレはそう処理されたようでした。
集団の前での飛び降りた女性。
それの事実を疑う者は誰一人としていません。
友人の広瀬ですら、
「……まさか、飛び降りるなんて。
一回思いとどまったように見えたのに」
と、沈んだ口調で話していました。
そう、彼女は一度、戸惑うように後ずさりました。
職員とも会話をして、今にもあの場所から下がろうかという姿勢を見せていた。
そう、おそらくは、
あの黒い影さえ現れなければ――
「ねぇ……あの人の周りに、黒い影みたいなの見えなかった?」
「え? なに、それ……」
私があの瞬間に目撃したことについて友人に尋ねるも、
彼女はただ怯えるのみで、そんなものなど見なかった、というのです。
私はそれがどうしても腑に落ちず、
気になってあのダムについて再度調べたところ、
あそこは実はそれなりに名の知れた自殺多発区域らしく、
柵や侵入防止エリアなどで最近ようやく対策され始めたのだそうです。
私が見た、あの黒い影たち。
あれはもしかしたら過去の亡霊か、
それとも、あのダムに住み着く死神なのか。
あのエメラルドグリーンに沈む湖には、
なにが潜んでいてもおかしくない――そう、思います。
ただいまより、水門を全門開放致します。皆さま、どうぞお楽しみください……』
「おー、いよいよだねっ」
どこかひび割れたようなアナウンスが流され、
プラによそられたカレーを立ち食いしていた私たちは、
来るときも目にしたあの巨大な吹き出し口に目を向けました。
既に目下の欄干や橋の部分には人がごった返していて、
私たちは少し離れた屋台の方で、遠巻きにそれを見上げます。
ズン、と大地を揺るがす振動と共に、
ズバァッ、と水門が四つの口を開きました。
「……おおーっ」
私は年甲斐もなく、ポカンと大口を開けてそれに見入ってしまいました。
すべて解放された激流は、さきほどまでの水流の大きさとは比べ物になりません。
どうどうと溢れ出すそれは、名のある外国の大滝のごとき勢いです。
他の観光の人々も、爆音に圧倒されるように、皆、わいわいと感想を叫びながら、それに魅入られていました。
――が、
「オイ、あれ……」
「ん? うわっ、なんだアレ」
ざわざわと、周囲が妙に騒がしくなってきました。
皆、激流に驚いているのだろうかと思えば、
ざわつく人々の視線は水門の更に上――
あの、エレベーターで上がった上の塔の方へ向いています。
「わっ、あれ、危なっ」
広瀬がデジカメを構えたまま、ワタワタと慌てているその向こう。
その塔の上に立つ一人の女性。
彼女はいったいどうやったのか、進入禁止の柵を乗り越えて、
塔の先、ダムの突き出た部分に足をかけています。
「あれ……さっきの……!?」
それは、先ほど一人で湖を眺めていた青いワンピースを着ていた女性でした。
「あっ……ダムの人」
誰かが指さす先には、おそらくここの職員らしき制服の男性が数名。
彼女の立つ傍に近づき、防止柵のある方から、何ごとかを必死に呼びかけています。
「ね……まさか、あの人……」
友人が、顔色を青くしてボソリと呟きました。
「お……落ちるつもりじゃ、ないよね……?」
自殺。
それはおそらく、この場で状況を見守る皆が、
脳裏に描いている最悪の想像。
彼女は背後で声をかけている職員に、
全く反応する様を見せません。
「や……やばいんじゃ」
ドウドウと下流に叩きつけられているダムの水流。
その真上で地上を見下ろす女性。
と、突如、彼女は見上げる群衆の姿に気づいたようなそぶりと共に、
おののくように一歩二歩、後ろに下がったのです。
見守っていた人々が、
思いとどまった様子にホッと胸を撫でおろしました。
「もーっ、やめてほしいよね……」
「ハラハラしたなぁ……」
周囲からも、一息ついたような声が上がります。
防止柵のところまで退いた女性に、
職員たちは安心した様子で何やら励ましの声をかけているようでした。
そんな光景に、
ヤレヤレと皆が一安心した、まさにその時。
「あ、っ」
シュッ、と黒い影がその女性の真横に出現したのです。
「なに、どうし」
視線を外していた友人が、
再びダムの四つの水流に目を向けた時、
奇妙なことが起きました。
例の現れた黒い影たちが、
青いワンピースの女性の両足を掴み、
そのまま――空中に向かって飛び出したのです。
「……あ」
足を掴まれた女性は、
なすすべもなく彼らと共に宙を踊り、
そして――。
ドオォォン
激流渦巻く水中に、飲み込まれてしまったのです。
「あ……ああ……」
周囲はシン、と静まり返り、
ただただ、水門から湧き出す白流ばかりがその場に響いていました。
投身自殺。
後日のニュースによれば、
アレはそう処理されたようでした。
集団の前での飛び降りた女性。
それの事実を疑う者は誰一人としていません。
友人の広瀬ですら、
「……まさか、飛び降りるなんて。
一回思いとどまったように見えたのに」
と、沈んだ口調で話していました。
そう、彼女は一度、戸惑うように後ずさりました。
職員とも会話をして、今にもあの場所から下がろうかという姿勢を見せていた。
そう、おそらくは、
あの黒い影さえ現れなければ――
「ねぇ……あの人の周りに、黒い影みたいなの見えなかった?」
「え? なに、それ……」
私があの瞬間に目撃したことについて友人に尋ねるも、
彼女はただ怯えるのみで、そんなものなど見なかった、というのです。
私はそれがどうしても腑に落ちず、
気になってあのダムについて再度調べたところ、
あそこは実はそれなりに名の知れた自殺多発区域らしく、
柵や侵入防止エリアなどで最近ようやく対策され始めたのだそうです。
私が見た、あの黒い影たち。
あれはもしかしたら過去の亡霊か、
それとも、あのダムに住み着く死神なのか。
あのエメラルドグリーンに沈む湖には、
なにが潜んでいてもおかしくない――そう、思います。
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