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71.コインランドリーの老人②(怖さレベル:★☆☆)
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「じーさん、止めろって!」
認知症なのかボケているのか、
こちらがなにを言ってもその老人は聞き入れることなく、
バンバンと壊そうとするかのようにひたすらに正面のそれを叩きつづけています。
「くっそ……ど、どっかに連絡……」
おそらく、緊急用の連絡先がどこかに記載されているはず、
と僕がキョロキョロと周囲を見回した時です。
ゴッ……カンッ
ピタリ、と。
あれだけ執拗に機械を叩きつづけていた老人が、不意に動きを止めました。
「……な……?」
癇癪が終わったか、とホッとした気持ちで振り返った僕は、
視界に映ったものに、わが目を疑いました。
「……バア、さん」
ヌルリ、と。
その老人の足元から、なにかが生えているのです。
「あ……え……?」
薄茶色の木板から、浮き上がるように現れているモノ。
それは、黒と白が入り混じった、大量の髪の毛。
「バアさん……バア、さん……」
硬直して動けないこちらの目の前で、あの暴れていた老人が、
さも嬉しそうにその髪の毛の束に近づくようにしゃがみこみます。
するとその束は、まるで生きているかのようにワサワサ、と蠢きました。
「う……」
ほんの少し前まで、こんなものどこにも無かったのに。
まるで初めから存在したかのようにクッキリと、
その髪はその床に存在しています。
それどころか、老人がバアさん、と呼ぶたびに、
呼応するかのようにジワリジワリとその長さを伸ばしているかのように見えるのです。
「バアさん」
心から親しいものを呼ぶように。
あの怒り狂ったように洗濯機を殴打していた人物とは思えぬほどに、
愛おしそうに、大切そうに。
その老人は、ゆっくりとその髪の束の前でしゃがみこみ、
その異形に触れようと、手を伸ばし――、
「だ……っ」
ダメだ!
そう、僕が声を発しようとしたのと同時に。
「あーっ! おじいちゃん、こんなところにいた!!」
ガーッと勢いよくコインランドリーのドアが開き、
気の強そうな茶髪の女性がドカドカと中に入ってきたのでした。
……ええ、まぁ、お察しの通りと言いますか、なんというか。
あの老人の娘らしきその人が入ってきた途端、
あれだけはっきりと存在していた黒白の毛束は、
見る間に消え去ってしまいました。
呆然とその様子を見ていた僕に気づいたらしく、
女性はペコペコと頭を下げて老人を連れ出そうとしたのですが、
彼はまったく聞き入れず、延々とぐずってまだ妻のことを呼んでいました。
そんなこんなで僕が正気を取り戻す間までに、
殴打された洗濯機から防犯機能が働いたのか、警備会社の人たちが訪れ、
老人とその娘の人は、彼らに連れていかれてしまったのです。
残された僕はといえば、目の前で起きた一連の騒動が信じられず、
とっくに乾燥まで終わった洗濯物とともに、
ただただ呆けることしかできませんでした。
そして、のちのち聞いた話によれば、あのコインランドリーの場所は
それまで長らく空き地であったのですが、
その前にはある一軒の家が建っていたようで。
なんでも、いわゆる老々介護の年配の夫婦が住んでいて、
その一方が亡くなり、家族が残った夫を引き取ったのだとか。
しかも、すでにその時点で旦那さんはボケてしまっていて、
妻の方は、死後かなりの時間が経ってしまっていたのだとか……。
僕があの日、目にした光景。
年配の老人が、妻のことをひたすら呼ぶ姿。
それに呼応するかのように現れた、あの髪の毛だけの存在。
それはもしかしたら、実際にコインランドリーが経つ前、
あの場所で起きた事件によるものなのかもしれません。
でも……あ、いえ、これは僕の勝手な想像というか、思い込みですから。
あの日……娘さんらしき人が来た時、
あの髪の毛の束は消えてしまったと申し上げたと思いますが……。
その瞬間、あのボケた老人もその髪の毛の束も、まるでその人を
恐れるように一瞬、ビクリと身を震わせたんです。
もし愛しい娘さんだったら……
いくら人ならざる姿と言えど、むしろ会えて喜ぶのではないでしょうか?
それを、まるで逃げるように消えた……。
それってもしかして、生前、彼女に……いえ、これは僕の妄想でしかありませんね。
皆様、ご両親はくれぐれも大事にしてくださいね……。
認知症なのかボケているのか、
こちらがなにを言ってもその老人は聞き入れることなく、
バンバンと壊そうとするかのようにひたすらに正面のそれを叩きつづけています。
「くっそ……ど、どっかに連絡……」
おそらく、緊急用の連絡先がどこかに記載されているはず、
と僕がキョロキョロと周囲を見回した時です。
ゴッ……カンッ
ピタリ、と。
あれだけ執拗に機械を叩きつづけていた老人が、不意に動きを止めました。
「……な……?」
癇癪が終わったか、とホッとした気持ちで振り返った僕は、
視界に映ったものに、わが目を疑いました。
「……バア、さん」
ヌルリ、と。
その老人の足元から、なにかが生えているのです。
「あ……え……?」
薄茶色の木板から、浮き上がるように現れているモノ。
それは、黒と白が入り混じった、大量の髪の毛。
「バアさん……バア、さん……」
硬直して動けないこちらの目の前で、あの暴れていた老人が、
さも嬉しそうにその髪の毛の束に近づくようにしゃがみこみます。
するとその束は、まるで生きているかのようにワサワサ、と蠢きました。
「う……」
ほんの少し前まで、こんなものどこにも無かったのに。
まるで初めから存在したかのようにクッキリと、
その髪はその床に存在しています。
それどころか、老人がバアさん、と呼ぶたびに、
呼応するかのようにジワリジワリとその長さを伸ばしているかのように見えるのです。
「バアさん」
心から親しいものを呼ぶように。
あの怒り狂ったように洗濯機を殴打していた人物とは思えぬほどに、
愛おしそうに、大切そうに。
その老人は、ゆっくりとその髪の束の前でしゃがみこみ、
その異形に触れようと、手を伸ばし――、
「だ……っ」
ダメだ!
そう、僕が声を発しようとしたのと同時に。
「あーっ! おじいちゃん、こんなところにいた!!」
ガーッと勢いよくコインランドリーのドアが開き、
気の強そうな茶髪の女性がドカドカと中に入ってきたのでした。
……ええ、まぁ、お察しの通りと言いますか、なんというか。
あの老人の娘らしきその人が入ってきた途端、
あれだけはっきりと存在していた黒白の毛束は、
見る間に消え去ってしまいました。
呆然とその様子を見ていた僕に気づいたらしく、
女性はペコペコと頭を下げて老人を連れ出そうとしたのですが、
彼はまったく聞き入れず、延々とぐずってまだ妻のことを呼んでいました。
そんなこんなで僕が正気を取り戻す間までに、
殴打された洗濯機から防犯機能が働いたのか、警備会社の人たちが訪れ、
老人とその娘の人は、彼らに連れていかれてしまったのです。
残された僕はといえば、目の前で起きた一連の騒動が信じられず、
とっくに乾燥まで終わった洗濯物とともに、
ただただ呆けることしかできませんでした。
そして、のちのち聞いた話によれば、あのコインランドリーの場所は
それまで長らく空き地であったのですが、
その前にはある一軒の家が建っていたようで。
なんでも、いわゆる老々介護の年配の夫婦が住んでいて、
その一方が亡くなり、家族が残った夫を引き取ったのだとか。
しかも、すでにその時点で旦那さんはボケてしまっていて、
妻の方は、死後かなりの時間が経ってしまっていたのだとか……。
僕があの日、目にした光景。
年配の老人が、妻のことをひたすら呼ぶ姿。
それに呼応するかのように現れた、あの髪の毛だけの存在。
それはもしかしたら、実際にコインランドリーが経つ前、
あの場所で起きた事件によるものなのかもしれません。
でも……あ、いえ、これは僕の勝手な想像というか、思い込みですから。
あの日……娘さんらしき人が来た時、
あの髪の毛の束は消えてしまったと申し上げたと思いますが……。
その瞬間、あのボケた老人もその髪の毛の束も、まるでその人を
恐れるように一瞬、ビクリと身を震わせたんです。
もし愛しい娘さんだったら……
いくら人ならざる姿と言えど、むしろ会えて喜ぶのではないでしょうか?
それを、まるで逃げるように消えた……。
それってもしかして、生前、彼女に……いえ、これは僕の妄想でしかありませんね。
皆様、ご両親はくれぐれも大事にしてくださいね……。
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