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74.ダムに寄り添う黒い影②(怖さレベル:★☆☆)
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この、薄暗い影のようなもの。
それは、私の周囲だけをぼんやりと覆っています。
そして今、真正面と、真上だけは確認はしました。
残るは、後ろ――そして、左右。
あの、最初のダムで目にした黒い影たち。
あれがまさか、周囲に?
(……い、いやいや、まさか)
なにか、太陽の位置が動いて遮蔽物で陰ができただけ。
そう思い込もうとしても、無意識のうちに
肌に沸き立つ鳥肌が、即座にそれを否定してきます。
とても恐ろしいモノがいる。
それが、ジッと息を潜めるようにして佇んでいる。
音を失った世界で、私は周囲をキョロキョロと確認しようとする目を
必死に抑え、無心で湖を凝視していました。
突然現れたのだから、きっとすぐどこかへ消えるはず。
そんな根拠のない考えを、それでも拠り所として、
グッと乾いた唇を噛みしめました。
(あ……そうだ。友だちは……)
隣で、同じように子どもたちのボートを見つめていた友人は大丈夫だろうか。
ふと一度それが浮かんでしまえば、どうにも気になって仕方がありません。
先ほどから、自分と同じように声一つ漏らさないし、
もしかして、同じように絶え間ない恐怖に晒されているのではないか。
私は勇気を振り絞り、左隣の友人に目を向けました。
「……あ、っ」
湿度で腐食した木製ベンチの上に、さっきまで
確かにいた朗らかな友人の姿はどこにもありません。
真っ黒な、人型の固まり。
本来、隣に存在するはずの友だちの、
その面影すらないそれが、真横にじっとりと座っていました。
「――ッ!?」
私は上げかけた叫びをとっさに噛み殺しました。
真夏のアスファルトでゆらめく陽炎のように、
どこかぼんやりと実体の薄い、黒の凝縮形態。
いったい、いつからここに。
それに――友人は。彼女は、どこに?
急な異形の物体に硬直した思考が、現実逃避に傾いていきます。
私の目がおかしくなった?
それとも、これは白昼夢?
ゾワッ、と全身が製氷皿に詰め込まれたかのように冷え切りました。
「う、っ……」
彼女のいた場所で揺らめくその黒の物体は、
いつぞやのダムで見たモノと非常によく似ているように思えます。
私はその黒い固まりをそれ以上見ていることができず、
息を詰めて俯きました。
(やばい……気持ち、悪い)
あまりにも現実離れした光景に、
ぐっと胃が痙攣しているのを感じます。
夢であれ、と指先が白くなるほど強く手を握り、
ただひたすらに足元を凝視し続けました。
行方不明の友人の安否も、グルグルと胸のうちを回っています。
こんな麗らかなお日様の下なのに。
目の前では、幼い子どもたちが全力で夏を謳歌しているというのに。
もし、これがあのダムで見かけた影と同じならば。
もしかしたら、このまま湖の中に引きずり込まれ――。
「ねぇ、大丈夫?」
「……あ、っ?」
ポン、と。
放牧された羊を連想させるのんびりした声とともに、
肩にのせられた暖かな手のひら。
弾かれたように振り返ると、そこにはあれだけ心配した友人が、
キョトンとした表情で突っ立っていました。
「どっ……どこ行ってたの!?」
「あっ……ああ、ごめん。トイレ行ってて……」
友人は、こちらのあまりの剣幕に押されてか、
あわあわと動揺したそぶりで両手を上げました。
「そんなにビックリするなんて思わなくって。
ボーッとしてたし、声かけないほうがいいかなぁって……ごめんごめん」
「う、うぅん……ごめん、怒りすぎた……」
真摯に両手を合わせて謝ってくれた彼女に逆に
こちらが申し訳なくなり、委縮して小声で謝り返しました。
そのやり取りでハッと思い出して隣を見ると、
妙な気配は既に消え失せ、ベンチの上にはすでになんの影もありません。
「さーて。じゃあ、帰ろっか……あれ?」
気を取りなおすように肺の中に新鮮な空気を取り込んでいた友人が、
ふと怪訝な表情を浮かべてこちらを見やりました。
「……なに? どうかした?」
「ん……ね、左腕ちょっと上げてもらっていい?」
「んん?」
謎の指示に、言われるがままに手を上に伸ばすと、
「ね……あたしがいない間に、この辺で転んだ?」
「えっ? 転んでない、けど……」
「ほんと? あのさ……腕のトコ、真っ黒になってるけど……」
サァ、と頭の先からつま先までの血液が凍っていきました。
上げた腕の側面。
そこには、なににも触れていないはずであるのに、
黒くススけたような汚れが、べったりと付着していたのです。
それは奇しくも――
あの黒い物体が存在したのと、同じ方向。
「…………」
「だ……大丈夫?」
何も言えずに顔面蒼白となった自分に、
友人はただオロオロと声をかけてくるばかりでした。
のちのちに調べたところ、あのダムは建設当初ずいぶんと揉めて、
当初の計画から十年ほど工期をずらし、ようやく完成したものなのだとか。
しかし、別段流血騒動があっただとか、
人柱が捧げられただとか、そういった記載はありませんでした。
私の服に付着していたあの黒いススは、
手で払うとあっさりと落ちて、洗濯すればその痕すら残りませんでした。
あの日、まるで友人に成り代わろうとでも
したかのように現れた、不気味な黒い陽炎。
あれは、あのダムに居ついているものだったのか。
ダムの底に沈んだ、なにかの怨念の形だったのか。
それとも、あの山自体の魔物であったのか。
どれも、推測の域を出ません、が。
白昼の水辺で起こったその出来事は、
今でも私の心に暗い影を落としています。
それは、私の周囲だけをぼんやりと覆っています。
そして今、真正面と、真上だけは確認はしました。
残るは、後ろ――そして、左右。
あの、最初のダムで目にした黒い影たち。
あれがまさか、周囲に?
(……い、いやいや、まさか)
なにか、太陽の位置が動いて遮蔽物で陰ができただけ。
そう思い込もうとしても、無意識のうちに
肌に沸き立つ鳥肌が、即座にそれを否定してきます。
とても恐ろしいモノがいる。
それが、ジッと息を潜めるようにして佇んでいる。
音を失った世界で、私は周囲をキョロキョロと確認しようとする目を
必死に抑え、無心で湖を凝視していました。
突然現れたのだから、きっとすぐどこかへ消えるはず。
そんな根拠のない考えを、それでも拠り所として、
グッと乾いた唇を噛みしめました。
(あ……そうだ。友だちは……)
隣で、同じように子どもたちのボートを見つめていた友人は大丈夫だろうか。
ふと一度それが浮かんでしまえば、どうにも気になって仕方がありません。
先ほどから、自分と同じように声一つ漏らさないし、
もしかして、同じように絶え間ない恐怖に晒されているのではないか。
私は勇気を振り絞り、左隣の友人に目を向けました。
「……あ、っ」
湿度で腐食した木製ベンチの上に、さっきまで
確かにいた朗らかな友人の姿はどこにもありません。
真っ黒な、人型の固まり。
本来、隣に存在するはずの友だちの、
その面影すらないそれが、真横にじっとりと座っていました。
「――ッ!?」
私は上げかけた叫びをとっさに噛み殺しました。
真夏のアスファルトでゆらめく陽炎のように、
どこかぼんやりと実体の薄い、黒の凝縮形態。
いったい、いつからここに。
それに――友人は。彼女は、どこに?
急な異形の物体に硬直した思考が、現実逃避に傾いていきます。
私の目がおかしくなった?
それとも、これは白昼夢?
ゾワッ、と全身が製氷皿に詰め込まれたかのように冷え切りました。
「う、っ……」
彼女のいた場所で揺らめくその黒の物体は、
いつぞやのダムで見たモノと非常によく似ているように思えます。
私はその黒い固まりをそれ以上見ていることができず、
息を詰めて俯きました。
(やばい……気持ち、悪い)
あまりにも現実離れした光景に、
ぐっと胃が痙攣しているのを感じます。
夢であれ、と指先が白くなるほど強く手を握り、
ただひたすらに足元を凝視し続けました。
行方不明の友人の安否も、グルグルと胸のうちを回っています。
こんな麗らかなお日様の下なのに。
目の前では、幼い子どもたちが全力で夏を謳歌しているというのに。
もし、これがあのダムで見かけた影と同じならば。
もしかしたら、このまま湖の中に引きずり込まれ――。
「ねぇ、大丈夫?」
「……あ、っ?」
ポン、と。
放牧された羊を連想させるのんびりした声とともに、
肩にのせられた暖かな手のひら。
弾かれたように振り返ると、そこにはあれだけ心配した友人が、
キョトンとした表情で突っ立っていました。
「どっ……どこ行ってたの!?」
「あっ……ああ、ごめん。トイレ行ってて……」
友人は、こちらのあまりの剣幕に押されてか、
あわあわと動揺したそぶりで両手を上げました。
「そんなにビックリするなんて思わなくって。
ボーッとしてたし、声かけないほうがいいかなぁって……ごめんごめん」
「う、うぅん……ごめん、怒りすぎた……」
真摯に両手を合わせて謝ってくれた彼女に逆に
こちらが申し訳なくなり、委縮して小声で謝り返しました。
そのやり取りでハッと思い出して隣を見ると、
妙な気配は既に消え失せ、ベンチの上にはすでになんの影もありません。
「さーて。じゃあ、帰ろっか……あれ?」
気を取りなおすように肺の中に新鮮な空気を取り込んでいた友人が、
ふと怪訝な表情を浮かべてこちらを見やりました。
「……なに? どうかした?」
「ん……ね、左腕ちょっと上げてもらっていい?」
「んん?」
謎の指示に、言われるがままに手を上に伸ばすと、
「ね……あたしがいない間に、この辺で転んだ?」
「えっ? 転んでない、けど……」
「ほんと? あのさ……腕のトコ、真っ黒になってるけど……」
サァ、と頭の先からつま先までの血液が凍っていきました。
上げた腕の側面。
そこには、なににも触れていないはずであるのに、
黒くススけたような汚れが、べったりと付着していたのです。
それは奇しくも――
あの黒い物体が存在したのと、同じ方向。
「…………」
「だ……大丈夫?」
何も言えずに顔面蒼白となった自分に、
友人はただオロオロと声をかけてくるばかりでした。
のちのちに調べたところ、あのダムは建設当初ずいぶんと揉めて、
当初の計画から十年ほど工期をずらし、ようやく完成したものなのだとか。
しかし、別段流血騒動があっただとか、
人柱が捧げられただとか、そういった記載はありませんでした。
私の服に付着していたあの黒いススは、
手で払うとあっさりと落ちて、洗濯すればその痕すら残りませんでした。
あの日、まるで友人に成り代わろうとでも
したかのように現れた、不気味な黒い陽炎。
あれは、あのダムに居ついているものだったのか。
ダムの底に沈んだ、なにかの怨念の形だったのか。
それとも、あの山自体の魔物であったのか。
どれも、推測の域を出ません、が。
白昼の水辺で起こったその出来事は、
今でも私の心に暗い影を落としています。
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