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76.古びた蔵の秘密①(怖さレベル:★★☆)
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(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)
『40代男性 川端さん(仮)』
私は今年、ちょうど四十になるんですが、
一年ほど前、今の会社に中途採用されまして。
それから半年前まで、まぁ多少なりとも不満はあるものの、
再び職探しをするほどでもなくて、安寧のままにふつうに勤めてきたんです。
仕事の内容自体は今回の話に関係がないので割愛しますが、
その会社は中小で、田舎企業にありがちな、
社長宅とくっついた事務所で我々社員は働いていました。
場所は町から少し外れた山沿いのところにあって、
周囲には、ぽつりぽつりと民家があるくらい。
とはいえ、車で二十分も走れば、最寄り駅に到着するような立地です。
その事務所には、常時おおよそ十名ほどの社員が常駐していて、
ほとんどの社員は、社歴の長い人ばかりでした。
「ふー……」
半年前のその日、私はタバコを片手に一息ついていました。
場所は、事務所の外に設置されている倉庫の真横。
このご時世、室内での禁煙なんてご法度。
吸う人間は外で、というルールです。
この倉庫の真横にある、車庫を兼ねたひっそりとした日陰が、
喫煙者たちの休憩スペース、という暗黙の了解となっていました。
「それにしても……なぁ」
そこで休んでいると否応なく目に入る、社長宅。
事務所と通路を隔てて繋がる本宅は、
社長と奥方二人だけで管理しきるのは難しいくらいの大邸宅。
中小とはいえ、一代で会社を築き上げた社長の手腕には、
もはや羨ましいという感情すら湧いてきません。
「あと……あれ、だよな」
スッ、と視線が横に滑りました。
その家の真横に鎮座する、白塗りの和風の蔵。
いかにも伝統と格式を感じさせるその堂々たる蔵は、
こちら側からは換気口らしき鉄柵のついた窓くらいしか見えません。
昔ながらの瓦までついた、かなりの年代物と見受けられ、
自宅の方で、倉庫として利用しているのだと聞いていました。
「すごいモノが入ってるんだろうなぁ……」
思わず、そんな無粋な感想が口からこぼれました。
社長宅自体が今どき珍しいくらいの純和風のお屋敷ですし、
きっと中には、会社の金庫にはしまっておけぬような、
たいそうなお宝が眠っていることでしょう。
「あー、やめとけやめとけ」
と、そんな呟きを同じくタバコを吸いに来たらしい
先輩社員に聞きとがめられてしまいました。
「あっ、いえ、盗みに入ろうとか、そういうわけじゃ」
思わず弁明しようとしたこちらを制すように、
彼は愛用のものらしきジッポでシュッと火を起こすと、
「あー、わかってるよ。ちがうんだ……アレはもっと、別の意味でヤバくてな」
「……別の、イミ?」
含みを持ったそのニュアンスについ聞き返すと、
その先輩社員は言いにくそうに眉をひそめました。
「えーっとな……なんつーか、アレは……あ、お疲れ様です」
彼がなにごとかを舌に乗せようとしたその瞬間、
ガラッとお屋敷の扉が開き、件の社長が顔をだしました。
「よう、お疲れ!」
あまりのタイミングに肝を冷やしたこちらに反し、
彼の片手には犬用の散歩ひもが握られています。
続いて屋敷の奥から社長の後を追って真っ黒い柴犬が
振り子のように尻尾を揺すりつつ飛び出してきました。
「ちょいと散歩いってくるわ」
「はい、行ってらっしゃい」
ニカッと太陽の笑みで手を振った御年七十の社長は、
黒柴とともに田舎道の方へとそのまま歩いて行ってしまいました。
「……ま、あんまりあの蔵のことは気にすんなよ」
「え、あっ……」
タバコの火を落とした先輩はそれ以上の詮索を避けるかのごとく、
そそくさと事務所の方へと戻って行ってしまいました。
私はさきほどの続きを聞きそびれてしまい、
どこかモヤモヤとした気分を抱えつつ、彼に続いて事務所へと戻ったのでした。
「えっ……あの蔵のこと、ですか?」
休日出勤となったある日の土曜日。
事務所内が自分を含めて二人きりとなったタイミングを見計らい、
いつも経理を担当している、社歴二年ほどの女性社員に話を伺うことにしたのです。
「ええ。ずいぶん立派なモンだから……ちょっと気になって」
「そうですねぇ……私もここに来て浅いんであまり詳しくは。
でも確かに、すごい蔵だなぁとは思いますね」
財宝が入っていてもおかしくない、と彼女はしみじみと頷きました。
「あ、川端さん。忍び込むなんてやめてくださいね。懲戒免職じゃあ済みませんよ」
「し、忍び込まない、って!」
冗談交じりの揶揄に、私は必死で首を横に振りました。
「盗みに入るなんてとんでもない。
ただ野次馬根性みたいなもんで……あの蔵のことが気になる、ってただそれだけで」
「まぁ、いかにも格式高そうですもんね。……あ、でも」
と、彼女は思い出したように唇に指先をのせました。
「そういえば。私が入る前の経理の方……なんか、その蔵に
関わってしまって、辞めざるを得なかった、とか、なんとか」
「……蔵に関わって、辞めた?」
それは、普通に解釈するのであれば、なにかを盗んだとか、
もしくは壊しただとか、そういう原因なのでしょう。
しかし「関わって」という言い方が小骨さながらに引っ掛かります。
「それって、どういう……」
「さあ、詳しいことは……でも、なんかああいう大きな建造物って、
もちろんお宝もありそうですけど……曰く付きのモノもありそうですよね」
「はは、なんだいそれ」
なんちゃって、とイタズラっ子のように笑う彼女に苦笑を返しました、が。
(蔵に関わって辞めた人、か……)
その彼女の言葉が、妙に心の片隅にこびりついたのでした。
>>
『40代男性 川端さん(仮)』
私は今年、ちょうど四十になるんですが、
一年ほど前、今の会社に中途採用されまして。
それから半年前まで、まぁ多少なりとも不満はあるものの、
再び職探しをするほどでもなくて、安寧のままにふつうに勤めてきたんです。
仕事の内容自体は今回の話に関係がないので割愛しますが、
その会社は中小で、田舎企業にありがちな、
社長宅とくっついた事務所で我々社員は働いていました。
場所は町から少し外れた山沿いのところにあって、
周囲には、ぽつりぽつりと民家があるくらい。
とはいえ、車で二十分も走れば、最寄り駅に到着するような立地です。
その事務所には、常時おおよそ十名ほどの社員が常駐していて、
ほとんどの社員は、社歴の長い人ばかりでした。
「ふー……」
半年前のその日、私はタバコを片手に一息ついていました。
場所は、事務所の外に設置されている倉庫の真横。
このご時世、室内での禁煙なんてご法度。
吸う人間は外で、というルールです。
この倉庫の真横にある、車庫を兼ねたひっそりとした日陰が、
喫煙者たちの休憩スペース、という暗黙の了解となっていました。
「それにしても……なぁ」
そこで休んでいると否応なく目に入る、社長宅。
事務所と通路を隔てて繋がる本宅は、
社長と奥方二人だけで管理しきるのは難しいくらいの大邸宅。
中小とはいえ、一代で会社を築き上げた社長の手腕には、
もはや羨ましいという感情すら湧いてきません。
「あと……あれ、だよな」
スッ、と視線が横に滑りました。
その家の真横に鎮座する、白塗りの和風の蔵。
いかにも伝統と格式を感じさせるその堂々たる蔵は、
こちら側からは換気口らしき鉄柵のついた窓くらいしか見えません。
昔ながらの瓦までついた、かなりの年代物と見受けられ、
自宅の方で、倉庫として利用しているのだと聞いていました。
「すごいモノが入ってるんだろうなぁ……」
思わず、そんな無粋な感想が口からこぼれました。
社長宅自体が今どき珍しいくらいの純和風のお屋敷ですし、
きっと中には、会社の金庫にはしまっておけぬような、
たいそうなお宝が眠っていることでしょう。
「あー、やめとけやめとけ」
と、そんな呟きを同じくタバコを吸いに来たらしい
先輩社員に聞きとがめられてしまいました。
「あっ、いえ、盗みに入ろうとか、そういうわけじゃ」
思わず弁明しようとしたこちらを制すように、
彼は愛用のものらしきジッポでシュッと火を起こすと、
「あー、わかってるよ。ちがうんだ……アレはもっと、別の意味でヤバくてな」
「……別の、イミ?」
含みを持ったそのニュアンスについ聞き返すと、
その先輩社員は言いにくそうに眉をひそめました。
「えーっとな……なんつーか、アレは……あ、お疲れ様です」
彼がなにごとかを舌に乗せようとしたその瞬間、
ガラッとお屋敷の扉が開き、件の社長が顔をだしました。
「よう、お疲れ!」
あまりのタイミングに肝を冷やしたこちらに反し、
彼の片手には犬用の散歩ひもが握られています。
続いて屋敷の奥から社長の後を追って真っ黒い柴犬が
振り子のように尻尾を揺すりつつ飛び出してきました。
「ちょいと散歩いってくるわ」
「はい、行ってらっしゃい」
ニカッと太陽の笑みで手を振った御年七十の社長は、
黒柴とともに田舎道の方へとそのまま歩いて行ってしまいました。
「……ま、あんまりあの蔵のことは気にすんなよ」
「え、あっ……」
タバコの火を落とした先輩はそれ以上の詮索を避けるかのごとく、
そそくさと事務所の方へと戻って行ってしまいました。
私はさきほどの続きを聞きそびれてしまい、
どこかモヤモヤとした気分を抱えつつ、彼に続いて事務所へと戻ったのでした。
「えっ……あの蔵のこと、ですか?」
休日出勤となったある日の土曜日。
事務所内が自分を含めて二人きりとなったタイミングを見計らい、
いつも経理を担当している、社歴二年ほどの女性社員に話を伺うことにしたのです。
「ええ。ずいぶん立派なモンだから……ちょっと気になって」
「そうですねぇ……私もここに来て浅いんであまり詳しくは。
でも確かに、すごい蔵だなぁとは思いますね」
財宝が入っていてもおかしくない、と彼女はしみじみと頷きました。
「あ、川端さん。忍び込むなんてやめてくださいね。懲戒免職じゃあ済みませんよ」
「し、忍び込まない、って!」
冗談交じりの揶揄に、私は必死で首を横に振りました。
「盗みに入るなんてとんでもない。
ただ野次馬根性みたいなもんで……あの蔵のことが気になる、ってただそれだけで」
「まぁ、いかにも格式高そうですもんね。……あ、でも」
と、彼女は思い出したように唇に指先をのせました。
「そういえば。私が入る前の経理の方……なんか、その蔵に
関わってしまって、辞めざるを得なかった、とか、なんとか」
「……蔵に関わって、辞めた?」
それは、普通に解釈するのであれば、なにかを盗んだとか、
もしくは壊しただとか、そういう原因なのでしょう。
しかし「関わって」という言い方が小骨さながらに引っ掛かります。
「それって、どういう……」
「さあ、詳しいことは……でも、なんかああいう大きな建造物って、
もちろんお宝もありそうですけど……曰く付きのモノもありそうですよね」
「はは、なんだいそれ」
なんちゃって、とイタズラっ子のように笑う彼女に苦笑を返しました、が。
(蔵に関わって辞めた人、か……)
その彼女の言葉が、妙に心の片隅にこびりついたのでした。
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