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79.巻き込まれた飛び込み自殺②(怖さレベル:★★☆)
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(……あんなの、見なかったら、なぁ)
気を抜くと蘇る記憶から逃げる気力もなく、
目を閉じて脳裏に流れるまま、その瞬間のことを回想します。
男性の身体が車体と接触した瞬間、
鼓膜に叩き込まれた骨のひしゃげた弾音。
車体に肉が分断され、はじけ飛んだ破裂音。
衝撃に急激に停止させられた、甲高い電車のブレーキ音。
「……う」
ガリ、と下唇を強く噛みしめます。
あまりにもありありと想起される音、そして映像。
夢に現れるのが確実と思えるほどの、恐ろしいそのシーン。
「……あれ、スーちゃん?」
と、ともに無言で俯いていた友人の様子が、どこか変です。
なぜか、両目をカッと見開いて、
真正面の空っぽの座席をジーっと強く睨んでいました。
「どっ……どうしたの?」
自分の沈んだ気分を忘れ、思わず彼女の肩を叩きました。
「あっ……う、うん。えっと……ね、ねぇ。
あそこの席……誰も、座ってないよね」
彼女は大げさにビクッと肩を揺らし、
しずしずとためらうように正面の座席を示しました。
「え……う、うん。誰もいない……けど」
そこには中年の女性三名が座っていましたが、
二つ前の駅で降りていって、その後はずうっと空席です。
「そ……そっか。あはは……あたし、ちょっと……その、疲れてるみたい」
友人はなにかイヤなものでも振り払うように首を振り、
自らのまぶたをグッと片手で押さえました。
その明らかにふつうではない仕草に、
私は思わず前のめりになりつつ、
「もっ……もしかして、なにか……見えるの?」
「…………」
その問いに彼女はなにも答えず、無言で両目を閉じて、ぐりぐりとまぶたを揉んでいます。
よく見れば、その指先はブルブルと小刻みに震えていて、
私はたまらず、ひざに乗せられていたもう一方の彼女の手のひらを優しく握りしめました。
「スーちゃん……大丈夫?」
「……ん、ごめんね。なんか、やっぱ今日のアレ、けっこうあたしも堪えてたみたい」
車内の冷房で冷やされた手はひんやりと冷たく、
浮かべる笑顔にも、どこか力がありません。
「しょうがないよ……あんなのみたら。私だって……やっぱり、キツいし」
「……だよねぇ」
細く息を吐きだした友人は、そのまま再び黙り込んでしまいました。
ぎゅっと握った手のひらは、少し落ち着いてきたのか
震えもだいぶ小さくなり、体温も戻ってきています。
少し放っておいてあげようと、繋いだ手だけは離さず、
フッと視線を彼女から外して、姿勢を正しました。
――と。
「え……っ」
吐息のような、か細い悲鳴が漏れました。
顔を上げた、真正面。
空っぽであったその席に――人が、いました。
「あっ……ど、どしたの、スーちゃん」
パッと握っていた手を離し、
私は慌てて取り繕うような笑みを浮かべました。
「なんか今、変な顔してたから」
「そ、そう? あの時のこと、思い出しちゃったからかなぁ……ハハ」
じぃっとこちらを注視してくる彼女に、
とても正面に座っている男のことなど言えません。
私は曖昧に笑顔を浮かべてごまかし、
チラリと横目で前の座席を盗み見しました。
(……あれっ?)
しかしそこはガラン、と空いていて、誰の影もありません。
(あぁ、良かった。どっか消えたのかな)
彼女が声をかけてくれたおかげで意識が移って、
そのままいなくなったのでしょう。
私はこわばっていた全身から緊張がほどけ、
ゆるゆると座席にもたれ掛かりました。
「あっ……もうすぐ着くね」
電車の外を流れる景色が、
見覚えのある田園風景へと変わってきました。
私は人知れず、ほうッとため息をつきました。
「今日はありがとね、スーちゃん」
地元改札口。
帰りの方向の違う彼女と反対の出口に立ち、閑散とした構内で大きく手を振ります。
「うん。今日は楽しかったよ」
「また月曜日、学校でね!」
と、私が努めて明るくかけた声に、
なぜだか、彼女は口元だけ笑って小首を傾げました。
「……フ、そうだね……」
「す、スーちゃん?」
「ん。ゴメン。……それじゃ」
様子のおかしい友人に更に声をかけようとするも、彼女はごまかすように両手を振って、
反対方向の人波の向こうへと飲まれて行ってしまいました。
(やっぱ……飛び込み自殺見ちゃったの、堪えてるんだろうなぁ)
かくいう私自身も、しばらくは夢に見てしまいそうなほどの衝撃でした。
オマケに、帰りの車内で目撃してしまった、あの男の人――。
(やめやめ。……帰ろう)
月曜日に会った時には、そのことには触れないようにしようと、
私はノソノソと帰路についたのでした。
しかし――
登校した私を待っていたのは、非情な知らせでした。
彼女、スーちゃんは私と別れたあの直後、
なぜか再び駅に戻り、快速車両に飛び込み――亡くなっていたのです。
その知らせを聞いた時。
私は不意に、あの帰りの車内の出来ごとを思い出しました。
死んだはずの男性を見た、直前。
私は彼女の、スーちゃんの異様に怯えた態度をなぐさめるように手を握りました。
その直前まで何も見えていなかった視界に、アレが見えたのは、その後。
つまり――もしかしたら。
彼女にはずっと、
あの亡くなった男性の姿が見えていたのではないでしょうか。
私が見たソレは、偶然にも彼女の手のひらを通し、
視界を共有してしまっただけなのではないでしょうか。
だとすれば、とり憑かれていたのは私ではなく、
友人である、スーちゃん本人だったのではないでしょうか。
今はもう――確かめるすべはありません。
気を抜くと蘇る記憶から逃げる気力もなく、
目を閉じて脳裏に流れるまま、その瞬間のことを回想します。
男性の身体が車体と接触した瞬間、
鼓膜に叩き込まれた骨のひしゃげた弾音。
車体に肉が分断され、はじけ飛んだ破裂音。
衝撃に急激に停止させられた、甲高い電車のブレーキ音。
「……う」
ガリ、と下唇を強く噛みしめます。
あまりにもありありと想起される音、そして映像。
夢に現れるのが確実と思えるほどの、恐ろしいそのシーン。
「……あれ、スーちゃん?」
と、ともに無言で俯いていた友人の様子が、どこか変です。
なぜか、両目をカッと見開いて、
真正面の空っぽの座席をジーっと強く睨んでいました。
「どっ……どうしたの?」
自分の沈んだ気分を忘れ、思わず彼女の肩を叩きました。
「あっ……う、うん。えっと……ね、ねぇ。
あそこの席……誰も、座ってないよね」
彼女は大げさにビクッと肩を揺らし、
しずしずとためらうように正面の座席を示しました。
「え……う、うん。誰もいない……けど」
そこには中年の女性三名が座っていましたが、
二つ前の駅で降りていって、その後はずうっと空席です。
「そ……そっか。あはは……あたし、ちょっと……その、疲れてるみたい」
友人はなにかイヤなものでも振り払うように首を振り、
自らのまぶたをグッと片手で押さえました。
その明らかにふつうではない仕草に、
私は思わず前のめりになりつつ、
「もっ……もしかして、なにか……見えるの?」
「…………」
その問いに彼女はなにも答えず、無言で両目を閉じて、ぐりぐりとまぶたを揉んでいます。
よく見れば、その指先はブルブルと小刻みに震えていて、
私はたまらず、ひざに乗せられていたもう一方の彼女の手のひらを優しく握りしめました。
「スーちゃん……大丈夫?」
「……ん、ごめんね。なんか、やっぱ今日のアレ、けっこうあたしも堪えてたみたい」
車内の冷房で冷やされた手はひんやりと冷たく、
浮かべる笑顔にも、どこか力がありません。
「しょうがないよ……あんなのみたら。私だって……やっぱり、キツいし」
「……だよねぇ」
細く息を吐きだした友人は、そのまま再び黙り込んでしまいました。
ぎゅっと握った手のひらは、少し落ち着いてきたのか
震えもだいぶ小さくなり、体温も戻ってきています。
少し放っておいてあげようと、繋いだ手だけは離さず、
フッと視線を彼女から外して、姿勢を正しました。
――と。
「え……っ」
吐息のような、か細い悲鳴が漏れました。
顔を上げた、真正面。
空っぽであったその席に――人が、いました。
「あっ……ど、どしたの、スーちゃん」
パッと握っていた手を離し、
私は慌てて取り繕うような笑みを浮かべました。
「なんか今、変な顔してたから」
「そ、そう? あの時のこと、思い出しちゃったからかなぁ……ハハ」
じぃっとこちらを注視してくる彼女に、
とても正面に座っている男のことなど言えません。
私は曖昧に笑顔を浮かべてごまかし、
チラリと横目で前の座席を盗み見しました。
(……あれっ?)
しかしそこはガラン、と空いていて、誰の影もありません。
(あぁ、良かった。どっか消えたのかな)
彼女が声をかけてくれたおかげで意識が移って、
そのままいなくなったのでしょう。
私はこわばっていた全身から緊張がほどけ、
ゆるゆると座席にもたれ掛かりました。
「あっ……もうすぐ着くね」
電車の外を流れる景色が、
見覚えのある田園風景へと変わってきました。
私は人知れず、ほうッとため息をつきました。
「今日はありがとね、スーちゃん」
地元改札口。
帰りの方向の違う彼女と反対の出口に立ち、閑散とした構内で大きく手を振ります。
「うん。今日は楽しかったよ」
「また月曜日、学校でね!」
と、私が努めて明るくかけた声に、
なぜだか、彼女は口元だけ笑って小首を傾げました。
「……フ、そうだね……」
「す、スーちゃん?」
「ん。ゴメン。……それじゃ」
様子のおかしい友人に更に声をかけようとするも、彼女はごまかすように両手を振って、
反対方向の人波の向こうへと飲まれて行ってしまいました。
(やっぱ……飛び込み自殺見ちゃったの、堪えてるんだろうなぁ)
かくいう私自身も、しばらくは夢に見てしまいそうなほどの衝撃でした。
オマケに、帰りの車内で目撃してしまった、あの男の人――。
(やめやめ。……帰ろう)
月曜日に会った時には、そのことには触れないようにしようと、
私はノソノソと帰路についたのでした。
しかし――
登校した私を待っていたのは、非情な知らせでした。
彼女、スーちゃんは私と別れたあの直後、
なぜか再び駅に戻り、快速車両に飛び込み――亡くなっていたのです。
その知らせを聞いた時。
私は不意に、あの帰りの車内の出来ごとを思い出しました。
死んだはずの男性を見た、直前。
私は彼女の、スーちゃんの異様に怯えた態度をなぐさめるように手を握りました。
その直前まで何も見えていなかった視界に、アレが見えたのは、その後。
つまり――もしかしたら。
彼女にはずっと、
あの亡くなった男性の姿が見えていたのではないでしょうか。
私が見たソレは、偶然にも彼女の手のひらを通し、
視界を共有してしまっただけなのではないでしょうか。
だとすれば、とり憑かれていたのは私ではなく、
友人である、スーちゃん本人だったのではないでしょうか。
今はもう――確かめるすべはありません。
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