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86.助ける男③(怖さレベル:★★☆)
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(えっ……い、いつの間に……!?)
ほんの、数十秒前。
あの子どもたちの所にいたはずの男性。
それが、車の私を抜いてすでに現場に居る。
瞬間移動でもしない限り、あの場からここになんて即時移動などできないはずです。
しかも――その男性は、さきほど見かけた時の陰鬱そうな無表情ではありません。
こんな事故の最中に見せるには不謹慎と叱られるような――
グイっと唇の端だけ持ち上げた、皮肉げな笑みを浮かべているのです。
彼はそのまま、あちこちに連絡を入れる人々や、救出しようと
躍起になっている人たちに加わろうともせず、ただニヤニヤと車の周辺を眺めるばかり。
(……変な、人)
子どもたちを助けた良い人、という当初の印象が、
いっきにきな臭いものへと急降下しました。
風変りで得たいのしれない、不気味な男性。
彼のその笑みはまるで、スポーツカーの男性が事故を
起こしたのが嬉しくて嬉しくてたまらない、というかのような。
(……やめやめ。私には、関係ないし)
私は自分の車に戻ると、その事故を目に入れないように、
すぐにその場を離れたのでした。
それから、三日後のことだったでしょうか。
私は憂鬱な気分を引きずりつつ、仕事帰りの道を歩いていました。
業務でちょっとしたミスが重なって、ひさびさの大失態。
その上、満員電車にもまれている間に、
お気に入りだった可愛らしい犬のキーホルダーも失くし。
ここの所、どうにもイヤなことばかり起きるようで、
なんだか、やたらと疲れていたんです。
理不尽なクレーム、考えられない発注ミス。
そして、上司からのパワハラまがいの叱責の数々。
自分のせいと言えばそれまでなのですが、
それがこの三日間、やけに集中しているのです。
「やっぱ……アレ、かな」
思い当たるのは、一つ。
先日ショッピングモールの帰り際に目にしてしまった、自爆事故。
ニュースで知ったことですが、あの運転手の男性は病院に搬送されたものの
すでに心肺停止状態で、その後すぐに死亡が確認されたそうです。
その後から――というと、亡くなった方に
申し訳なのですが――妙に不運が続いていました。
おそらく、ただ単に死亡事故を目撃したという心的ショックによるものなのだろう、
とわかってはいていも、いまいち気持ちの切り替えがうまくいかないのです。
(バカだなぁ……自分)
そんな自己嫌悪に苛まれつつ、夕暮れで赤く染まった
街並みの影をぼんやりと踏んでいると、
キャハハハハ……
幼い子どもたちの、はしゃぎまわる声。
(まだ明るいし……外で遊んでるのかなぁ)
沈んだ心で、何気なく声の方を見やれば、
「……ん?」
公園とも言えないような、狭い空き地。
そこでワイワイと集っているのは、見覚えのある子どもたち。
「え、ウソ……」
思わず、口元を押さえました。
「近所の子だったんだ……」
それはあの、事故の日。
ショッピングモールで暴れまわっていた、子どもたち。
まさかこんな場所で、あの日のことを想起させられるなんて。
今日、すでに何度ついたかもわからないため息を心の底から吐き出した、そんな時です。
(……あれ?)
視界の隅にくすぶる、黒い影。
どこか既視感のあるそれをそのまま視界に収めると、
(あ……あの人)
そこに佇んでいたのは、やはりと言うべきか、あの黒衣の男性。
ショッピングモールで見かけ、事故現場にも現れた謎の人物です。
その当人が、あの日とまったく同じ格好のまま、
空き地の入口でこちらに背を向けて、ぼんやりと突っ立っていました。
(あのタツって呼ばれてた子の……保護者なのかな、やっぱり)
先日もあの子どもの傍にとび出してきて、
二度もその命の危機を救っていました。
しかし、まぁ自分には関係ないな、と私は疲れてマヒしつつある頭で
ボーッとその横を通り過ぎようとした、その時。
「危ないよーっ!」
突如、絶叫に近い悲鳴が叩き込まれ、つい足を止めてしまいました。
「タッちゃん! おりてきてよっ!」
そのギャイギャイと喚き声のあがる方角を見ると、
どうやら例のお騒がせな子どもが、空き地と民家をさえぎる
塀の上にのぼって遊んでいるようでした。
元来、人が乗ることなど想定されていないその塀の幅は極めて低く、
高さだって、大人の私の身長を越しているくらい。
傍らにある廃材を伝って登ったようですが、
子どもの危なっかしい動きでは、いつ足を滑らせてもおかしくはありません。
しかし、なんの知り合いでもない自分がいきなり割って入っても、
きっとあの子を止めることはできないでしょう。
どうしよう、と考えているうちに、
スッ、と目の端で黒い人影が動きました。
(あ、あの人……)
例の黒衣の男性が、ふらりと彼の傍に出現しました。
あの――タツという少年と同じく、塀の上に。
「えっ?」
私は思わず二度見しました。
つい先ほど、こちらの道路の入口側で待機していたというのに、
まるで光の如き素早さです。
そう。本当に、人ではないかのような――。
>>
ほんの、数十秒前。
あの子どもたちの所にいたはずの男性。
それが、車の私を抜いてすでに現場に居る。
瞬間移動でもしない限り、あの場からここになんて即時移動などできないはずです。
しかも――その男性は、さきほど見かけた時の陰鬱そうな無表情ではありません。
こんな事故の最中に見せるには不謹慎と叱られるような――
グイっと唇の端だけ持ち上げた、皮肉げな笑みを浮かべているのです。
彼はそのまま、あちこちに連絡を入れる人々や、救出しようと
躍起になっている人たちに加わろうともせず、ただニヤニヤと車の周辺を眺めるばかり。
(……変な、人)
子どもたちを助けた良い人、という当初の印象が、
いっきにきな臭いものへと急降下しました。
風変りで得たいのしれない、不気味な男性。
彼のその笑みはまるで、スポーツカーの男性が事故を
起こしたのが嬉しくて嬉しくてたまらない、というかのような。
(……やめやめ。私には、関係ないし)
私は自分の車に戻ると、その事故を目に入れないように、
すぐにその場を離れたのでした。
それから、三日後のことだったでしょうか。
私は憂鬱な気分を引きずりつつ、仕事帰りの道を歩いていました。
業務でちょっとしたミスが重なって、ひさびさの大失態。
その上、満員電車にもまれている間に、
お気に入りだった可愛らしい犬のキーホルダーも失くし。
ここの所、どうにもイヤなことばかり起きるようで、
なんだか、やたらと疲れていたんです。
理不尽なクレーム、考えられない発注ミス。
そして、上司からのパワハラまがいの叱責の数々。
自分のせいと言えばそれまでなのですが、
それがこの三日間、やけに集中しているのです。
「やっぱ……アレ、かな」
思い当たるのは、一つ。
先日ショッピングモールの帰り際に目にしてしまった、自爆事故。
ニュースで知ったことですが、あの運転手の男性は病院に搬送されたものの
すでに心肺停止状態で、その後すぐに死亡が確認されたそうです。
その後から――というと、亡くなった方に
申し訳なのですが――妙に不運が続いていました。
おそらく、ただ単に死亡事故を目撃したという心的ショックによるものなのだろう、
とわかってはいていも、いまいち気持ちの切り替えがうまくいかないのです。
(バカだなぁ……自分)
そんな自己嫌悪に苛まれつつ、夕暮れで赤く染まった
街並みの影をぼんやりと踏んでいると、
キャハハハハ……
幼い子どもたちの、はしゃぎまわる声。
(まだ明るいし……外で遊んでるのかなぁ)
沈んだ心で、何気なく声の方を見やれば、
「……ん?」
公園とも言えないような、狭い空き地。
そこでワイワイと集っているのは、見覚えのある子どもたち。
「え、ウソ……」
思わず、口元を押さえました。
「近所の子だったんだ……」
それはあの、事故の日。
ショッピングモールで暴れまわっていた、子どもたち。
まさかこんな場所で、あの日のことを想起させられるなんて。
今日、すでに何度ついたかもわからないため息を心の底から吐き出した、そんな時です。
(……あれ?)
視界の隅にくすぶる、黒い影。
どこか既視感のあるそれをそのまま視界に収めると、
(あ……あの人)
そこに佇んでいたのは、やはりと言うべきか、あの黒衣の男性。
ショッピングモールで見かけ、事故現場にも現れた謎の人物です。
その当人が、あの日とまったく同じ格好のまま、
空き地の入口でこちらに背を向けて、ぼんやりと突っ立っていました。
(あのタツって呼ばれてた子の……保護者なのかな、やっぱり)
先日もあの子どもの傍にとび出してきて、
二度もその命の危機を救っていました。
しかし、まぁ自分には関係ないな、と私は疲れてマヒしつつある頭で
ボーッとその横を通り過ぎようとした、その時。
「危ないよーっ!」
突如、絶叫に近い悲鳴が叩き込まれ、つい足を止めてしまいました。
「タッちゃん! おりてきてよっ!」
そのギャイギャイと喚き声のあがる方角を見ると、
どうやら例のお騒がせな子どもが、空き地と民家をさえぎる
塀の上にのぼって遊んでいるようでした。
元来、人が乗ることなど想定されていないその塀の幅は極めて低く、
高さだって、大人の私の身長を越しているくらい。
傍らにある廃材を伝って登ったようですが、
子どもの危なっかしい動きでは、いつ足を滑らせてもおかしくはありません。
しかし、なんの知り合いでもない自分がいきなり割って入っても、
きっとあの子を止めることはできないでしょう。
どうしよう、と考えているうちに、
スッ、と目の端で黒い人影が動きました。
(あ、あの人……)
例の黒衣の男性が、ふらりと彼の傍に出現しました。
あの――タツという少年と同じく、塀の上に。
「えっ?」
私は思わず二度見しました。
つい先ほど、こちらの道路の入口側で待機していたというのに、
まるで光の如き素早さです。
そう。本当に、人ではないかのような――。
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