219 / 415
90.合宿所の夜②(怖さレベル:★★☆)
しおりを挟む
夜闇の中に聞こえる、友人たちの呼吸音。
ブゥウン、と低く振動する、扇風機の稼働音。
風が止んだのか、昼間に感じた隙間風の吹き込む音はありません。
(静か……だな)
真っ暗になった広い室内は、ふだんの自分の部屋とは
まったく違う、空間独自の静寂を感じました。
時折もぞもぞと皆が寝返りをうつ音や、
寝言まがいの判別不明な声なども聞こえてきます。
私はしのび笑いを漏らしつつ、一向に訪れない眠気を
誘発しようと、深呼吸を繰り返していました。
そのまま、三十分ほど過ぎたでしょうか。
「ねぇ……ねぇねぇ」
誰かの、声。
「ねぇ……起きてる、でしょ?」
薄ぼんやりとまどろんでいた意識が、
その声によってゆり起こされました。
(あー……もうちょっとで眠れそう、だったのに……)
せっかく意識が遠のきかけていたというのに。
こんな最悪なタイミングで声をかけてくる人物など、
一人しか考えられません。
「もー……リカ。眠いんだから、話しかけないでよー……」
間延びした声で、目は閉じたまま返事を返しました。
「ゴメンゴメン。なんか、目が覚めちゃってさぁ……
ねぇ。そっちの布団、入っても良い?」
「……えー?」
用意されていた布団は、いわゆるシングルサイズの小さなもの。
いくら高校生の女子同士とはいっても、
二人入ったら狭苦しいに決まっています。
「ダーメ。狭いし、暑いし……」
ただでさえ、空調のない部屋。
ひっつきあって眠るなんて、真冬でもない限りごめんです。
私がゴロリと寝返りをうちつつ拒否を示すと、
「ねー……お願いってば。ここ……なんか、怖くて、さ」
甘えたような声が、ヒソヒソと呟きました。
「えー……?」
怖い? と寝ぼけた頭でぼんやり考え、
そういえば、と気付きました。
この大広間に入って、怖い怖いとみんなが騒いでいたあの壁のシミ。
今、リカが寝ている位置は、そこに一番近かったのです。
「あー……」
彼女は、もともとかなり怖がりな性格です。
目が覚めてしまったというのも、それが頭の片隅にあったからでしょうか。
「うーん……」
(じゃあ、しょうがないかなぁ)
幼なじみのよしみで、そう返答しようとした、そんな時。
――コン、コン。
大広間の入口。そこだけ洋式になっている扉が、ノックされました。
(えっ……)
こんな真夜中に、お客さん?
私が突然のことに布団の中で硬直していると、
――コン、コン。
繰り返された、二度目のノック。
そして。
ガチャッ……
カギのかかっていた筈のドアが、開かれました。
(…………!?)
布団をぎゅうと手のひらが白くなるほど握りしめ、
強く目をつぶりました。
ひた、ひた。
何者かの足音が、耳の内側をなぞるように響いてきます。
(だ……誰?)
乾いた口内を潤すように、ゴクリ、と唾を飲み込んだ時。
「……よし。全員、ちゃんと寝てるね」
女性の声。そしてそれは、よく聞きなじんだもので。
(えっ……?)
薄目を開けた視界に映ったのは、薄暗い中、
懐中電灯を手にした、二人の先生の姿でした。
「やっぱり女の子たちは偉いねぇ。すっかり眠ってる」
「男子はドンチャン騒ぎで、全然収まんなかったって話でしょ?」
ヒソヒソと小声で話す様子を見るに、
どうやら見回りに来たようでした。
「さ、私たちも、帰ろうか」
「明日もハードだからね……ゆっくり寝よう」
私が起きていることには気づかれなかったようで、
そのまま先生たちは一通り布団を眺めた後、
再び部屋にカギを締めて、出ていってしましました。
(……あ、危なかったァ)
もし移動しているところを見られていたら、
明日の練習でいったいいくつ課題を追加されていたかわかりません。
「……リカ?」
私はしばらく息を潜めてから、彼女の寝ている方を見やりましたが、
「……ん~……」
ごろりと寝返りをうつ様子を見るに、
そのまますっかり寝入ってしまったようでした。
(ま……いっか)
ぐっすり眠れそうならそれで、と、自分もかけ布をかぶり直し、
再び、うつらうつらと夢の中へ落ちていきました。
そして、翌日。
「……足痛い。腕痛い」
早朝から夕方にかけてのハードな練習スケジュール。
時間が経つのを亀の歩みのように感じながら、
ようやく時間は夜の九時になりました。
二泊三日の短い合宿期間ゆえに、今日さえ終われば、
明日の夕方には家族の待つ自宅へ帰れます。
「今日一日の消費カロリー半端ないわ……」
「ダイエットどころか、筋肉ついて太りそー」
「足パンッパンだよ、もー……明日が怖い」
女子の皆が、風呂上がりで痛み始めた四肢をさすりながら文句を垂れています。
「あはは……あと、一日だから……」
「まーね。ようやくって感じ」
ダラダラと重い足を引きづりつつ大広間へ戻って、
皆、一斉に敷かれた布団に飛び込みました。
「はー……つっかれたぁ」
「いやぁ~……やばいですね。明日もスケジュールみっちりだったし……」
張りだされている予定表を眺めた後輩の子も、
恨めしい呻き声を漏らしています。
「もー……ダメ。起きてらんない。今日は早く寝るよっ」
リカも全身を弛緩させて毛布と戯れつつ、
枕をポスッと叩きました。
>>
ブゥウン、と低く振動する、扇風機の稼働音。
風が止んだのか、昼間に感じた隙間風の吹き込む音はありません。
(静か……だな)
真っ暗になった広い室内は、ふだんの自分の部屋とは
まったく違う、空間独自の静寂を感じました。
時折もぞもぞと皆が寝返りをうつ音や、
寝言まがいの判別不明な声なども聞こえてきます。
私はしのび笑いを漏らしつつ、一向に訪れない眠気を
誘発しようと、深呼吸を繰り返していました。
そのまま、三十分ほど過ぎたでしょうか。
「ねぇ……ねぇねぇ」
誰かの、声。
「ねぇ……起きてる、でしょ?」
薄ぼんやりとまどろんでいた意識が、
その声によってゆり起こされました。
(あー……もうちょっとで眠れそう、だったのに……)
せっかく意識が遠のきかけていたというのに。
こんな最悪なタイミングで声をかけてくる人物など、
一人しか考えられません。
「もー……リカ。眠いんだから、話しかけないでよー……」
間延びした声で、目は閉じたまま返事を返しました。
「ゴメンゴメン。なんか、目が覚めちゃってさぁ……
ねぇ。そっちの布団、入っても良い?」
「……えー?」
用意されていた布団は、いわゆるシングルサイズの小さなもの。
いくら高校生の女子同士とはいっても、
二人入ったら狭苦しいに決まっています。
「ダーメ。狭いし、暑いし……」
ただでさえ、空調のない部屋。
ひっつきあって眠るなんて、真冬でもない限りごめんです。
私がゴロリと寝返りをうちつつ拒否を示すと、
「ねー……お願いってば。ここ……なんか、怖くて、さ」
甘えたような声が、ヒソヒソと呟きました。
「えー……?」
怖い? と寝ぼけた頭でぼんやり考え、
そういえば、と気付きました。
この大広間に入って、怖い怖いとみんなが騒いでいたあの壁のシミ。
今、リカが寝ている位置は、そこに一番近かったのです。
「あー……」
彼女は、もともとかなり怖がりな性格です。
目が覚めてしまったというのも、それが頭の片隅にあったからでしょうか。
「うーん……」
(じゃあ、しょうがないかなぁ)
幼なじみのよしみで、そう返答しようとした、そんな時。
――コン、コン。
大広間の入口。そこだけ洋式になっている扉が、ノックされました。
(えっ……)
こんな真夜中に、お客さん?
私が突然のことに布団の中で硬直していると、
――コン、コン。
繰り返された、二度目のノック。
そして。
ガチャッ……
カギのかかっていた筈のドアが、開かれました。
(…………!?)
布団をぎゅうと手のひらが白くなるほど握りしめ、
強く目をつぶりました。
ひた、ひた。
何者かの足音が、耳の内側をなぞるように響いてきます。
(だ……誰?)
乾いた口内を潤すように、ゴクリ、と唾を飲み込んだ時。
「……よし。全員、ちゃんと寝てるね」
女性の声。そしてそれは、よく聞きなじんだもので。
(えっ……?)
薄目を開けた視界に映ったのは、薄暗い中、
懐中電灯を手にした、二人の先生の姿でした。
「やっぱり女の子たちは偉いねぇ。すっかり眠ってる」
「男子はドンチャン騒ぎで、全然収まんなかったって話でしょ?」
ヒソヒソと小声で話す様子を見るに、
どうやら見回りに来たようでした。
「さ、私たちも、帰ろうか」
「明日もハードだからね……ゆっくり寝よう」
私が起きていることには気づかれなかったようで、
そのまま先生たちは一通り布団を眺めた後、
再び部屋にカギを締めて、出ていってしましました。
(……あ、危なかったァ)
もし移動しているところを見られていたら、
明日の練習でいったいいくつ課題を追加されていたかわかりません。
「……リカ?」
私はしばらく息を潜めてから、彼女の寝ている方を見やりましたが、
「……ん~……」
ごろりと寝返りをうつ様子を見るに、
そのまますっかり寝入ってしまったようでした。
(ま……いっか)
ぐっすり眠れそうならそれで、と、自分もかけ布をかぶり直し、
再び、うつらうつらと夢の中へ落ちていきました。
そして、翌日。
「……足痛い。腕痛い」
早朝から夕方にかけてのハードな練習スケジュール。
時間が経つのを亀の歩みのように感じながら、
ようやく時間は夜の九時になりました。
二泊三日の短い合宿期間ゆえに、今日さえ終われば、
明日の夕方には家族の待つ自宅へ帰れます。
「今日一日の消費カロリー半端ないわ……」
「ダイエットどころか、筋肉ついて太りそー」
「足パンッパンだよ、もー……明日が怖い」
女子の皆が、風呂上がりで痛み始めた四肢をさすりながら文句を垂れています。
「あはは……あと、一日だから……」
「まーね。ようやくって感じ」
ダラダラと重い足を引きづりつつ大広間へ戻って、
皆、一斉に敷かれた布団に飛び込みました。
「はー……つっかれたぁ」
「いやぁ~……やばいですね。明日もスケジュールみっちりだったし……」
張りだされている予定表を眺めた後輩の子も、
恨めしい呻き声を漏らしています。
「もー……ダメ。起きてらんない。今日は早く寝るよっ」
リカも全身を弛緩させて毛布と戯れつつ、
枕をポスッと叩きました。
>>
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママが呼んでいる
杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。
京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/2:『そうしき』の章を追加。2026/1/9の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/1:『いえい』の章を追加。2026/1/8の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/31:『たこあげ』の章を追加。2026/1/7の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/30:『ねんがじょう』の章を追加。2026/1/6の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
百の話を語り終えたなら
コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」
これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。
誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。
日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。
そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき——
あなたは、もう後戻りできない。
■1話完結の百物語形式
■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ
■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感
最後の一話を読んだとき、
霊和怪異譚 野花と野薔薇
野花マリオ
ホラー
その“語り”が始まったとき、世界に異変が芽吹く。
静かな町、ふとした日常、どこにでもあるはずの風景に咲きはじめる、奇妙な花々――。
『霊和怪異譚 野花と野薔薇』は、不思議な力を持つ語り部・八木楓と鐘技友紀以下彼女達が語る怪異を描く、短編連作形式の怪異譚シリーズ。
一話ごとに異なる舞台、異なる登場人物、異なる恐怖。それでも、語りが始まるたび、必ず“何か”が咲く――。
語られる怪談はただの物語ではない。
それを「聞いた者」に忍び寄る異変、染みわたる不安。
やがて読者自身の身にも、“あの花”が咲くかもしれない。
日常にひっそりと紛れ込む、静かで妖しいホラー。
あなたも一席、語りを聞いてみませんか?
完結いたしました。
タイトル変更しました。
旧 彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる
※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。
エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。
表紙イラストは生成AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる