264 / 415
105.祭りの日の公園③(怖さレベル:★★☆)
しおりを挟む
「え……う、あ……っ」
呆然とその光景を見つめるオレの目の前で、
少女はつぎつぎに黒い影に飛びつき、むさぼり、呑み込み――、
(た、助かった……?)
あっという間に、すべての影を消し去ってしまったのです。
シン……
気が狂いそうなほど響いていた祭り囃子も消え、
ふたたび公園内に静寂が戻りました。
オレは、まだ残る恐怖とそれから開放された安堵感で力が抜けて、
やっとのことで自転車にすがりついていました。
「あ……あの……」
少女の後ろ姿に、オレはそっと声をかけます。
「あ、あの……ありがとう、助けてくれて」
彼女があの化け物たちを吸い込んでくれたおかげで、
オレは無事、この公園から帰れそうです。
ホッと胸を撫でおろしつつ、感謝のまなざしで彼女を見つめていると、
「……とったろか?」
小さな、小さな声が聞こえました。
「……は?」
オレがボケっと口を開くと同時に、
彼女はクルリとこちらを振り返りました。
「いっ……ヒィッ……!!」
そこに顔はありませんでした。
いや――正確にはちがいます。
あの、美人でも不細工でもない、ふつうの顔があったはずのそこには、
さっきまでこの公園を占拠していた黒い人影たちのように、
すっかりまっ黒に染まった能面がありました。
「……とったろうか?」
前髪を夏の夕暮れの風になびかせて、
まっ黒い顔をこちらに向けて。
ジリ、ジリ、と少女は歩を進めてきました。
さきほどまでの感謝の気持ちは消えうせ、
この目の前の異常ななにかへの恐怖ばかりが倍増していきます。
(とる……取る、って、なにを……?)
まるで現実味を帯びない、目の前の光景。
ジリジリと肌を焼く暑さで、額から汗がしたたり落ちます。
「とったろか? ……取ったろうか?」
黒い顔の、口らしき部分が。
ぐんにゃりと、笑みのかたちに歪みました。
「いっ……、いい! いらない!!」
とっさに口をついた否定の声が、公園内に響き渡ります。
ようやく動いた身体に、オレは自転車を置いて、
サンダルを引きずるようにして後ずさりました。
「取ったろ……取ったろうか……?」
少女のゆがんだ口元が、笑みから逆のへの字に変わり、
お団子で行儀よく整えられていた髪が、怒りをあらわすかのように乱れ始めました。
「いらない……いらないったら!」
ジリジリと、震えながらさらに後ずさった瞬間。
ガンッ……
後ろ足が、公園の柵にぶち当たりました。
(うっ……ウソだろ……っ!!)
道路に面している公園。
とび出し防止に高くつくられた鉄柵は、
小柄な自分ではとても飛び越えられません。
「……取ったろうか」
自分が慌てふためいているのがわかったのでしょう。
少女はいまだ黒くにごる顔をぐにゃぐにゃとゆがめ、
笑うのを抑えようとしてか、小さな指を口元に添えました。
その、うすく開いた空洞からは、
いいようのない、おぞましい悪意がこぼれだしています。
「う、うぅ……っ」
もはや、万事休す。
きっと、命を取られてしまうのだ。
絶望的な気持ちでギュッ、と目を閉じたオレの耳に、
ふと――奇妙な音が聞こえました。
ヒュー……
「……え?」
どこか覚えのある音に、そっと暗い空を見上げました。
さっきまでのしの笛の音、とも違う。
でも、なんだか聞いたことのある、この音――。
ドオォォン……
と、まばゆいほどの金色の閃光が、パッ、と夜空ではじけました。
眼前に落ちてくるような大輪の光は、夏の風物詩でもある、祭りの大トリ。
(花火……そんな時間、だったんだ)
ポカン、と空を見上げた目を、そのまま呆然と公園内に戻しました。
「あ……れ?」
そこには、誰の姿も――なんの形もありません。
まるで今までがすべて夢まぼろしでしかなかったかのように、
あの女の子の姿は、影もかたちもありませんでした。
静かになった公園のなかで、
オレは一人、しばらくそのままたたずんでいました。
……えぇと、オレの話は以上です。
これで終わり? と、不服でしょうか。はは……すみませんね。
けっきょくあの女の子は、あの黒いなにかを取り込んだだけの、良いモノだったのか。
それとも、オレをとり殺そうとしていた化け物だったのか。
それすらも、わからないままなんです。
でも、あの時に感じた怖ろしさはまちがいなく本物で、
あの「取ったろうか?」の言葉に含まれた悪意はたしかでした。
それに……なにせ、あんな目にあった公園ですし、
オレはとても近寄る気にはなれなかったんですが。
あいかわらず、学校には近いしけっこう広いし、
継続して、小学生たちには人気の場所だったんです。
でも……あの翌年の夏、だったでしょうか。
あの公園、しばらく立ち入り禁止になったんですよ。
なんでも……あの公園のブランコのところで、
獣に食われたかのような、ひどい姿の死体が見つかった、だとかで。
あの日。
もし、あの黒い人影に襲われていたら。
もし、あの少女になにかを取られていたとしたら。
その場所で、死体になっていたのはオレだったのかもしれません。
……どうも、聞いてくださってありがとうございました。
呆然とその光景を見つめるオレの目の前で、
少女はつぎつぎに黒い影に飛びつき、むさぼり、呑み込み――、
(た、助かった……?)
あっという間に、すべての影を消し去ってしまったのです。
シン……
気が狂いそうなほど響いていた祭り囃子も消え、
ふたたび公園内に静寂が戻りました。
オレは、まだ残る恐怖とそれから開放された安堵感で力が抜けて、
やっとのことで自転車にすがりついていました。
「あ……あの……」
少女の後ろ姿に、オレはそっと声をかけます。
「あ、あの……ありがとう、助けてくれて」
彼女があの化け物たちを吸い込んでくれたおかげで、
オレは無事、この公園から帰れそうです。
ホッと胸を撫でおろしつつ、感謝のまなざしで彼女を見つめていると、
「……とったろか?」
小さな、小さな声が聞こえました。
「……は?」
オレがボケっと口を開くと同時に、
彼女はクルリとこちらを振り返りました。
「いっ……ヒィッ……!!」
そこに顔はありませんでした。
いや――正確にはちがいます。
あの、美人でも不細工でもない、ふつうの顔があったはずのそこには、
さっきまでこの公園を占拠していた黒い人影たちのように、
すっかりまっ黒に染まった能面がありました。
「……とったろうか?」
前髪を夏の夕暮れの風になびかせて、
まっ黒い顔をこちらに向けて。
ジリ、ジリ、と少女は歩を進めてきました。
さきほどまでの感謝の気持ちは消えうせ、
この目の前の異常ななにかへの恐怖ばかりが倍増していきます。
(とる……取る、って、なにを……?)
まるで現実味を帯びない、目の前の光景。
ジリジリと肌を焼く暑さで、額から汗がしたたり落ちます。
「とったろか? ……取ったろうか?」
黒い顔の、口らしき部分が。
ぐんにゃりと、笑みのかたちに歪みました。
「いっ……、いい! いらない!!」
とっさに口をついた否定の声が、公園内に響き渡ります。
ようやく動いた身体に、オレは自転車を置いて、
サンダルを引きずるようにして後ずさりました。
「取ったろ……取ったろうか……?」
少女のゆがんだ口元が、笑みから逆のへの字に変わり、
お団子で行儀よく整えられていた髪が、怒りをあらわすかのように乱れ始めました。
「いらない……いらないったら!」
ジリジリと、震えながらさらに後ずさった瞬間。
ガンッ……
後ろ足が、公園の柵にぶち当たりました。
(うっ……ウソだろ……っ!!)
道路に面している公園。
とび出し防止に高くつくられた鉄柵は、
小柄な自分ではとても飛び越えられません。
「……取ったろうか」
自分が慌てふためいているのがわかったのでしょう。
少女はいまだ黒くにごる顔をぐにゃぐにゃとゆがめ、
笑うのを抑えようとしてか、小さな指を口元に添えました。
その、うすく開いた空洞からは、
いいようのない、おぞましい悪意がこぼれだしています。
「う、うぅ……っ」
もはや、万事休す。
きっと、命を取られてしまうのだ。
絶望的な気持ちでギュッ、と目を閉じたオレの耳に、
ふと――奇妙な音が聞こえました。
ヒュー……
「……え?」
どこか覚えのある音に、そっと暗い空を見上げました。
さっきまでのしの笛の音、とも違う。
でも、なんだか聞いたことのある、この音――。
ドオォォン……
と、まばゆいほどの金色の閃光が、パッ、と夜空ではじけました。
眼前に落ちてくるような大輪の光は、夏の風物詩でもある、祭りの大トリ。
(花火……そんな時間、だったんだ)
ポカン、と空を見上げた目を、そのまま呆然と公園内に戻しました。
「あ……れ?」
そこには、誰の姿も――なんの形もありません。
まるで今までがすべて夢まぼろしでしかなかったかのように、
あの女の子の姿は、影もかたちもありませんでした。
静かになった公園のなかで、
オレは一人、しばらくそのままたたずんでいました。
……えぇと、オレの話は以上です。
これで終わり? と、不服でしょうか。はは……すみませんね。
けっきょくあの女の子は、あの黒いなにかを取り込んだだけの、良いモノだったのか。
それとも、オレをとり殺そうとしていた化け物だったのか。
それすらも、わからないままなんです。
でも、あの時に感じた怖ろしさはまちがいなく本物で、
あの「取ったろうか?」の言葉に含まれた悪意はたしかでした。
それに……なにせ、あんな目にあった公園ですし、
オレはとても近寄る気にはなれなかったんですが。
あいかわらず、学校には近いしけっこう広いし、
継続して、小学生たちには人気の場所だったんです。
でも……あの翌年の夏、だったでしょうか。
あの公園、しばらく立ち入り禁止になったんですよ。
なんでも……あの公園のブランコのところで、
獣に食われたかのような、ひどい姿の死体が見つかった、だとかで。
あの日。
もし、あの黒い人影に襲われていたら。
もし、あの少女になにかを取られていたとしたら。
その場所で、死体になっていたのはオレだったのかもしれません。
……どうも、聞いてくださってありがとうございました。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
洒落にならない怖い話【短編集】
鍵谷端哉
ホラー
その「ゾワッ」は、あなたのすぐ隣にある。
意味が分かると凍りつく話から、理不尽に追い詰められる怪異まで。
隙間時間に読める短編ながら、読後の静寂が怖くなる。 洒落にならない実話風・創作ホラー短編集。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる