【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~

榊シロ

文字の大きさ
356 / 415

140.川辺の蚊柱(怖さレベル:★☆☆)

しおりを挟む
(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)

いやー、だいぶ暑くなってきましたね。

冬が終わって春になって、そしていよいよ夏が近づいてきて……
あの寒さがなくなるのはうれしいものの、反面、やっかいなモノも出てきますよね。

ええ、まず花粉や黄砂、PM2.5…アレルギー体質の方にはつらいですよね。
そしてもうひとつが……虫ですよ、虫。

気温が上がってきて、湿度も出てくると、
否応なしにイアイツらと巡り合うことになりますよね。

小さい羽虫みたいなものから、テントウムシや蝶々などの可愛らしい虫、
それに蚊やハエ、ムカデなどの害虫など、さまざまな虫たちが。

冬場はいったいドコにいたんだ、って文句を言いたくなるくらいに、
あっちこっちで、出てくるんですよねぇ……奴ら。

おれがあの日出会ったのも、そんなただの虫……いえ、
もっと恐ろしい、なにかだったのかもしれません。

その日は確か、仕事終わりに自転車で土手を走っていました。

夕方の六時半を回ったところでも、
五月の空は晴れ晴れとしていて、吹く風もさわやかです。

自転車のタイヤはアスファルトの上をぐんぐんと進み、
土手の下に流れる川の上では、ツバメが何羽も飛んでいました。

このサイクリングロードでは、ふだん犬の散歩をしている人や、
散歩中の人たちでけっこう夕方も人が多いのですが、
その日は偶然、すれ違う人は誰もいません。

だから、おれは調子に乗って、
いつも以上に自転車のスピードを上げていました。

土手の草は、先日手入れが入ったばかりなのか、
かなり短く刈り込まれていて、川の流れがよく見えます。

ちょうど夕飯の時間が近づいてきた頃合い。

腹の虫がグルグルとなり始め、おれがどんどん強くペダルを踏みこみ、
土手のアスファルトの上を疾走していた、そんな時でした。

ブゥン……

「うわ……虫……」

土手の上、だいぶ進んだ先に、黒い虫の塊が見えました。

いわゆる、蚊柱と呼ばれるものでしょうか。
小さな虫が空中で一部分に集中している、アレです。

でも、あれは蚊柱って言うものの、実は刺すタイプの蚊じゃなくて、
ユスリカと呼ばれる小さな羽虫らしいんですけどね。

しかし、いくら害がないとはいえ、虫の大群の中に
頭から突っ込んでいく勇気はありません。

おれは首をすくめて、自転車を土手の道ギリギリまで端によけて、
蚊柱の横を駆け抜けました。

耳元で『ブゥン』と不快な音がしたものの、
通り過ぎてしまえば、一瞬で聞こえなくなりました。

虫が出てくる季節になったのかぁ、なんて思いつつ、
正直、気持ち悪いなぁと首を振りました。

虫よけスプレーしてくりゃよかった、なんて考えつつ、
まだ長い家までの距離を疾走していると、
だんだんと傾いてきた太陽の光に照らされて、
またアスファルトの向こうに、蚊柱が見えてきました。

(うへぇ……河原走るの、やめりゃあよかった……)

すぐそばに川があるせいか、たしかに去年も、
この辺りは虫がよく飛んでいました。

おれは少々後悔しつつも、また横を通り過ぎればいいやと、
自転車のペダルをこぐ力を強めた、その時でした。

「うわ……なんだあれ」

ぶわっと黒い虫の塊がおおきくなって、
土手の道をふさぐように広がっていきました。

そこだけ、真っ黒い生物が立ちはだかっているかのように。

それなりに距離があるというのに、
おれのところまでブンブンと羽音が聞こえてくるほどです。

それを目にして、思わず自転車のブレーキをかけました。
さすがに、あの虫の塊の中につっこんでいく勇気はありません。

「……仕方ねぇな。戻って、途中のところを下っていくか」

土手の下にも歩道があります。

自転車では走りにくい土のぼこぼこした道ですが、
このまま虫の群れを突っ切るよりはマシでしょう。

そう思って、オレは下りの道がある場所まで戻ろうと、
自転車ごとクルリと振り返り、その光景を目にしました。

「……ウソだろ……!?」

目の前には、真っ黒く群れた黒い柱。

なぜ今まで気づかなかったのか、と思うくらい、
すさまじい虫の羽音がブンブンと唸っています。

距離にして、2メートルほど。
大量の小さな黒い羽虫が、集いに集って、
道をふさげるほどの大きさの球体を作っていました。

まさか、さっき一度突っ切った虫がふたたび?

おれは動揺しつつ、目の前の虫の大群から逃げようと、
自転車ごと後ずりました。

しかし、

ブゥン……

「う、わ……!」

背後からも、ブゥン、と低い羽の唸りが聞こえてきます。

前と、後ろ。
おれは、蚊柱に両方から囲まれてしまったんです。

ブンブンという低周波の不快な音を奏でられ、おれは気色悪くなって、思わず自転車の脇につけていた傘をとって、目の前の虫たちを追い払おうとしました。

「うらっ、サッサとどっかに行け……!!」

バサバサと、夕暮れの土手の上で、おれは傘を振り回しました。
ふつうであれば、これで散り散りに逃げていくはず。それなのに、

「え……わっ!!」

虫を払おうとした傘に、ドンドンと虫がたかってきたのです。
透明だったビニールが、みるみるうちに黒く染まって、ブゥンという耳ざわりな音はどんどん大きくなってきました。

「ひっ……うわっ!!」

持っている傘が重くなってくる感触と、気色悪い目の前の光景に耐えられなくなり、
おれはそのまま傘を土手に放り投げました。

ブンブンと飛び交っていた虫たちは、投げた傘に狙いを定めたのか、
低い唸りを上げて傘の方へと群がっています。

その光景がまた、気分が悪いのなんのって!
見ているのも恐ろしくて、虫たちがバラけたのをいいことに、そのまま土手の道を全力で下りました。
そして、これ以上は出せないだろう程のスピードで自転車をこぎ、
自宅まで帰り着いたのでした。

玄関に入るとき、服や自転車を払ったとき、
黒い小さな虫の死骸がいくつもくっついていたのが、本当に気持ち悪かったですよ。

念入りに叩き落した後、虫よけスプレーをしましたけど。

その次の日。
さすがに、傘を放り投げたままというのは気が引けて、自転車を置いて土手へ歩いて行ったんですよ、昼間。ちょうど仕事も休みの日だったもんで。

恐る恐る向かったものの、犬の散歩をする人や、
マラソンランナーが走っている、いつもの土手でした。

ちょっとだけホッとしつつ、傘を放り投げた地点辺りまで、歩いて行ったんです。

そうしたら、ありましたよ、傘。
でも……様子がおかしいんです。

まだ何回も使っていない、新品同様のビニール傘だったというのに、
ビニール部分は変色してビリビリに破けて、骨組みの部分まで、
錆びてボロボロになってしまっていました。

ええ……まるで。まるで何年も雨風にさらされて、
使い込まれたものでもあるかのように。

最初にチラッとお話した通り、そこの土手はつい数日前に手入れされたばかり。
草も短くなっていたし、傘のゴミなんてありませんでした。

だから、その傘は間違いなく、昨日おれが捨ててしまったもののはずです。

さすがに、そんなボロボロの傘を家に持ち帰る気にはなれず、
ゴミステーションにそのまま廃棄してきましたよ。

あの虫のせい……そう思うには、ちょっとムリがあるでしょうか?
ただの虫が、傘をボロボロに錆びさせるなんて、ふつうじゃできるはずがありません。

でも、前日の……あの異様なまでの虫の動きを見ていると、
そう思わざるを得ない気もするんです。

あと……関係があるかどうかわかりませんが、こんな話もあるんです。

あの土手の下には公園があるのですが、
そこって、けっこうホームレスの方が多いんですよ。

でも、ここ最近、今まではよく寝泊まりをしているのを見たホームレスの人たちの姿、
めっきり見かけなくなったらしいんです。

警察か役所が入って場所を移しただけ、って考えた方が自然ですよね。
でも、今までずーっと放置されていたのに、なんで今になって……?

それに最近、土手の辺りを散歩している人や犬も、
なんとなく数が減ってきているような気がするんですよね……。

今までは、さわやかな空気の流れるあの土手が大好きだったのに、
最近は、めっきり通ることはなくなってしまいました。

これから、やたら虫の出てくる季節です。
どうか、みなさん、お気をつけてくださいね……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

ママが呼んでいる

杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。 京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/1/2:『そうしき』の章を追加。2026/1/9の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/1:『いえい』の章を追加。2026/1/8の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/31:『たこあげ』の章を追加。2026/1/7の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/30:『ねんがじょう』の章を追加。2026/1/6の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

百の話を語り終えたなら

コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」 これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。 誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。 日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。 そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき—— あなたは、もう後戻りできない。 ■1話完結の百物語形式 ■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ ■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感 最後の一話を読んだとき、

霊和怪異譚 野花と野薔薇

野花マリオ
ホラー
その“語り”が始まったとき、世界に異変が芽吹く。 静かな町、ふとした日常、どこにでもあるはずの風景に咲きはじめる、奇妙な花々――。 『霊和怪異譚 野花と野薔薇』は、不思議な力を持つ語り部・八木楓と鐘技友紀以下彼女達が語る怪異を描く、短編連作形式の怪異譚シリーズ。 一話ごとに異なる舞台、異なる登場人物、異なる恐怖。それでも、語りが始まるたび、必ず“何か”が咲く――。 語られる怪談はただの物語ではない。 それを「聞いた者」に忍び寄る異変、染みわたる不安。 やがて読者自身の身にも、“あの花”が咲くかもしれない。 日常にひっそりと紛れ込む、静かで妖しいホラー。 あなたも一席、語りを聞いてみませんか? 完結いたしました。 タイトル変更しました。 旧 彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる ※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。 エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。 表紙イラストは生成AI

処理中です...