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151.赤い紙、青い紙③(怖さレベル:★★★)
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「しょーがねぇな。そこらの個室のトイレットペーパーでも、テキトーに持ってくか」
背中にすがってくる三ノ田を押しやってから、
おれは一番近くの個室へ入りました。
「トイレットペーパーは……って、ねぇし」
備え付けの台の上にも、便器の横のホルダーにも、
トイレットペーパーは一つも置かれていません。
おれがイライラしつつ個室を出ると、
「たっくん、こっちのトイレにもないみたいだよ」
と、となりの個室を覗いていた三ノ田も、首を振ります。
おれはチッと舌打ちした後、ハァとため息をつきました。
(どんだけ用意周到なんだよ……いつもは、ここまで徹底しねぇのに)
この『赤い紙、青い紙』企画をするために、
わざわざ個室の分まで撤去したのでしょう。
他のおどかしがいつも通り陳腐だったせいか、
なんのギミックもお化け役もいない、ただのトイレというだけなのに、
妙にここだけ寒々しく、指先から凍えるような恐怖がわきあがってきます。
冷や汗まで出てきた気がして、おれはガシガシとこぶしで額をぬぐうと、
無理やり大きい声を出しました。
「ま、トイレットペーパーがないならしょうがねぇ。この張り紙でも持ってくか」
「あ……そっか。そうだね」
『赤い紙が欲しいか、青い紙が欲しいか』と書かれた紙。
これを持って行けば『トイレで回れ右をした軟弱者』のレッテルからは逃れられるでしょう。
どうせ、おれたちが最後のペア。
これを持っていっても、問題はないはず。
おれはベリッと勢いよく張り紙を剥がして、
そのまま、スタスタとトイレの出口に向かいました。
しかし、その瞬間。
『……しい……か……い……か……』
ボソボソと、囁くような声が聞こえてきたんです。
「……三ノ田。お前、今、なんか言ったか?」
「い、言ってない……ぼく、言ってないよ……!」
三ノ田は、おれの服の端をガッチリと掴んで、
ガチガチと歯を震わせました。
その様子は、とてもウソをついてるようには見えません。
――じゃあ、今のは。
今、聞こえた声、は?
『……赤い……欲しいか……青い……欲しいか……?』
今度は、もっとハッキリと。
淡々とした男のかすれた声が、耳に届きました。
「た、た、た……っ、たっくん、い、今、今の……っ!!」
三ノ田は、うす暗い中でもわかるほど血の気を引かせて、
おれの腕をグイグイと引っ張ってきます。
「……き、聞こえてる、よ」
おれは一瞬、腰が抜けそうになったものの、
三ノ田の手前、足をグッと踏ん張って虚勢を張りました。
「は、はは……ば、バカだな。い、今のなんて……ろ、録音の音声だろ……っ!!」
と、おれはもっともらしいことを言って、三ノ田の肩を叩きました。
そう。トイレに入ってから今まで、
なんのおどかしも無かったことの方がおかしかったんです。
肝試しなんだから、お化け役の一人や二人、隠れているのが普通。
だからコレだって、どうせ音声を遠隔操作で流しているか、
誰かが潜んでそれらしい声を出しているだけでしょう。
おれはがぜん強気になって、
震えるひざを叩いた後、聞こえてきた声に言い返しました。
「欲しいか、っつったって……どっちの紙も、ここにはねぇじゃねぇか……!」
赤い紙も青い紙も、どっちもテーブルには置かれていません。
持って行こうったってできないだろ、と、
内心の恐怖を押し隠すように、
イラだった口調で、うす暗いトイレ内をジロリとにらみつけました。
すると、声は。
静かに、口調を変えたのです。
『どっちが欲しい……? 赤い紙……青い紙……どっちが欲しいかぇ?』
しわがれた老人のような、掠れた声。
おれはそれを聞いて、ゾクッ、と寒気を覚えました。
コイツは、おれの言った内容に反応した。
つまりこれは『録音データ』ではない、ということ。
思わず言葉を失っていると、となりの三ノ田がギュッと腕を引っ張ってきます。
「た、たっくん……ど、どうする? どっちを……どっちをもらう……?」
「は……はあ? お、お前、どっちって……」
「だ、だって……どっちか、持って行かなきゃならないんでしょう……!?」
ガタガタと小刻みに震えつつ、三ノ田はそんなことを言ってきます。
なにを言っているんだ、コイツは。
悠長に紙を選ぼうとするヤツを、おれは思わず叱り飛ばしました。
「お、お前だって……あの『赤い紙、青い紙』の話、知ってんだろ……!!」
「え……? う、うーん……?」
「だ、だから……答えた方の紙の色で、殺されちまうっつー話……!!」
と、おれはたずねてくる声に聞こえないよう、
ボソボソと小声で三ノ田に訴えかけました。
しかし、今までのビビりようはどこへいったのか、
三ノ田は不思議そうな顔をして、キョトン、と首を傾げたんです。
「え、なにそれ……? ただ、好きな色のトイレットペーパーをくれる、ってだけじゃないの……?」
と。
(ウソだろコイツ……知らねぇのか……!?)
まさか、これほどの怖がりの三ノ田が『赤い紙、青い紙』の話を知らない、なんて。
いや、逆に考えれば、当たり前のことかもしれません。
本当に、芯からの怖がりならば、
そもそも、好んで怪談話を知ろうとはしないでしょうから。
おれはなんといえばいいやら言葉に詰まって、
目の前のコイツになんて説明しようか、と悩みました。
どっちを答えても死ぬ、と言ったら、
泣きわめいて大変なことになるでしょう。
かといって、ウソをつく、というのも――。
と、おれがそうして悩んでいる間にも、
『どうした……? 赤い紙、青い紙……どっちが欲しいかぇ……?』
例の声が、くりかえしくりかえし、
おれたちに向かって語り掛けてくるのです。
だいぶ年齢を重ねた老人のような、
しゃがれて冷たく、たんたんと起伏のない、その声が。
「たっくん……どうしよう? ぼく、どっちでもいいけど……」
「ば……バカッ! ど、どっちもいいわけがないだろ……っ!!」
この答えが、相手に聞こえてしまったら大変です。
血まみれか、吸血か。どっちにしたって、ひどい未来しかありません。
「え……じ、じゃあ、どうするの……?」
「…………っ!!」
三ノ田のヤツは、どうやらこの声自体、幽霊とは思っていないようでした。
>>
背中にすがってくる三ノ田を押しやってから、
おれは一番近くの個室へ入りました。
「トイレットペーパーは……って、ねぇし」
備え付けの台の上にも、便器の横のホルダーにも、
トイレットペーパーは一つも置かれていません。
おれがイライラしつつ個室を出ると、
「たっくん、こっちのトイレにもないみたいだよ」
と、となりの個室を覗いていた三ノ田も、首を振ります。
おれはチッと舌打ちした後、ハァとため息をつきました。
(どんだけ用意周到なんだよ……いつもは、ここまで徹底しねぇのに)
この『赤い紙、青い紙』企画をするために、
わざわざ個室の分まで撤去したのでしょう。
他のおどかしがいつも通り陳腐だったせいか、
なんのギミックもお化け役もいない、ただのトイレというだけなのに、
妙にここだけ寒々しく、指先から凍えるような恐怖がわきあがってきます。
冷や汗まで出てきた気がして、おれはガシガシとこぶしで額をぬぐうと、
無理やり大きい声を出しました。
「ま、トイレットペーパーがないならしょうがねぇ。この張り紙でも持ってくか」
「あ……そっか。そうだね」
『赤い紙が欲しいか、青い紙が欲しいか』と書かれた紙。
これを持って行けば『トイレで回れ右をした軟弱者』のレッテルからは逃れられるでしょう。
どうせ、おれたちが最後のペア。
これを持っていっても、問題はないはず。
おれはベリッと勢いよく張り紙を剥がして、
そのまま、スタスタとトイレの出口に向かいました。
しかし、その瞬間。
『……しい……か……い……か……』
ボソボソと、囁くような声が聞こえてきたんです。
「……三ノ田。お前、今、なんか言ったか?」
「い、言ってない……ぼく、言ってないよ……!」
三ノ田は、おれの服の端をガッチリと掴んで、
ガチガチと歯を震わせました。
その様子は、とてもウソをついてるようには見えません。
――じゃあ、今のは。
今、聞こえた声、は?
『……赤い……欲しいか……青い……欲しいか……?』
今度は、もっとハッキリと。
淡々とした男のかすれた声が、耳に届きました。
「た、た、た……っ、たっくん、い、今、今の……っ!!」
三ノ田は、うす暗い中でもわかるほど血の気を引かせて、
おれの腕をグイグイと引っ張ってきます。
「……き、聞こえてる、よ」
おれは一瞬、腰が抜けそうになったものの、
三ノ田の手前、足をグッと踏ん張って虚勢を張りました。
「は、はは……ば、バカだな。い、今のなんて……ろ、録音の音声だろ……っ!!」
と、おれはもっともらしいことを言って、三ノ田の肩を叩きました。
そう。トイレに入ってから今まで、
なんのおどかしも無かったことの方がおかしかったんです。
肝試しなんだから、お化け役の一人や二人、隠れているのが普通。
だからコレだって、どうせ音声を遠隔操作で流しているか、
誰かが潜んでそれらしい声を出しているだけでしょう。
おれはがぜん強気になって、
震えるひざを叩いた後、聞こえてきた声に言い返しました。
「欲しいか、っつったって……どっちの紙も、ここにはねぇじゃねぇか……!」
赤い紙も青い紙も、どっちもテーブルには置かれていません。
持って行こうったってできないだろ、と、
内心の恐怖を押し隠すように、
イラだった口調で、うす暗いトイレ内をジロリとにらみつけました。
すると、声は。
静かに、口調を変えたのです。
『どっちが欲しい……? 赤い紙……青い紙……どっちが欲しいかぇ?』
しわがれた老人のような、掠れた声。
おれはそれを聞いて、ゾクッ、と寒気を覚えました。
コイツは、おれの言った内容に反応した。
つまりこれは『録音データ』ではない、ということ。
思わず言葉を失っていると、となりの三ノ田がギュッと腕を引っ張ってきます。
「た、たっくん……ど、どうする? どっちを……どっちをもらう……?」
「は……はあ? お、お前、どっちって……」
「だ、だって……どっちか、持って行かなきゃならないんでしょう……!?」
ガタガタと小刻みに震えつつ、三ノ田はそんなことを言ってきます。
なにを言っているんだ、コイツは。
悠長に紙を選ぼうとするヤツを、おれは思わず叱り飛ばしました。
「お、お前だって……あの『赤い紙、青い紙』の話、知ってんだろ……!!」
「え……? う、うーん……?」
「だ、だから……答えた方の紙の色で、殺されちまうっつー話……!!」
と、おれはたずねてくる声に聞こえないよう、
ボソボソと小声で三ノ田に訴えかけました。
しかし、今までのビビりようはどこへいったのか、
三ノ田は不思議そうな顔をして、キョトン、と首を傾げたんです。
「え、なにそれ……? ただ、好きな色のトイレットペーパーをくれる、ってだけじゃないの……?」
と。
(ウソだろコイツ……知らねぇのか……!?)
まさか、これほどの怖がりの三ノ田が『赤い紙、青い紙』の話を知らない、なんて。
いや、逆に考えれば、当たり前のことかもしれません。
本当に、芯からの怖がりならば、
そもそも、好んで怪談話を知ろうとはしないでしょうから。
おれはなんといえばいいやら言葉に詰まって、
目の前のコイツになんて説明しようか、と悩みました。
どっちを答えても死ぬ、と言ったら、
泣きわめいて大変なことになるでしょう。
かといって、ウソをつく、というのも――。
と、おれがそうして悩んでいる間にも、
『どうした……? 赤い紙、青い紙……どっちが欲しいかぇ……?』
例の声が、くりかえしくりかえし、
おれたちに向かって語り掛けてくるのです。
だいぶ年齢を重ねた老人のような、
しゃがれて冷たく、たんたんと起伏のない、その声が。
「たっくん……どうしよう? ぼく、どっちでもいいけど……」
「ば……バカッ! ど、どっちもいいわけがないだろ……っ!!」
この答えが、相手に聞こえてしまったら大変です。
血まみれか、吸血か。どっちにしたって、ひどい未来しかありません。
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