徳川慶勝、黒船を討つ

克全

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第1章

10話

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「一橋治済殿、徳川家斉公の直系が将軍を家を引き継ぐ限り、家基公の忌引日だけを守るのです。
 家基公を神の如く祭るのです。
 東照神君の忌引日に生臭を食べても、家基公の忌引日は守るのです
 そうすれば祟りもおさまるでしょう」

「しかし、それは、幾ら何でも……
 せめて東照神君と祖父母と両親の忌引日は守るべきでは……」

「家基公を毒殺した一橋治済殿を忌引日を守り、家基公と同等に扱うと仰られるのですか。
 それは幾ら何でも理不尽でございましょう」

「……分かった。
 余の因果が家祥に報うのは防がねばならん。
 分かった。
 だがそれを表立って行うのは、反対が多くて余でも難しいぞ」

「上様は般若湯という言葉をご存じでしょうか」

「知っておる。
 不良僧侶共が、不殺生戒・不偸盗戒・不邪淫戒・不妄語戒・不飲酒戒の五戒を守らず、酒を智恵のわきいずるお湯と偽った言葉であろう」

「はい、ですが、同時に、人から親切で勧められた酒食を無駄にしない、命を無駄にしないための言葉でもございます。
 臣下から供された酒食を無駄にせず、薬喰いしていただくのも、上様の大切な役割ではないでしょうか。
 上様がなされてくだされば、大納言様も安心して行うことができるようになり、生命力に満ちて御子に恵まれるかもしれません」

「なに?!
 家祥が子に恵まれると申すのか!」

「絶対のお約束ができるわけではありません。
 ですが、家基公の祟りが払われ、生命力を取り戻されれば、可能性がございます」

「分かった。
 家祥のためじゃ。
 東照神君の神罰が下るのならば、余が引き受けよう」

「なりません!
 まずは臣が毒見に食べ、東照神君の子孫としての罰も臣がお引き受けいたします。
 上様も大納言様もご案じめされますな」

 将軍徳川家慶も、後継者の家祥も、慶恕の忠誠心にいたく感心した。
 いや、感動したと言ってもいい。
 そんな二人前に、手炙りで焼かれた牛の味噌漬けが、手炙りごと持ってこられた。

「これは今日のために、掃部頭殿が献上してくださいました」

 慶恕の言葉を受けて、先年まで大老を務めていた近江彦根藩の第十四代藩主・井伊直亮が、控えていた場所で平伏した。
 大御所・徳川家斉公が逝去され、側近として不正を行っていた家斉派が次々と粛清されていたため、家斉時代に大老を務めていた直亮は、巻き込まれないように自ら大老を辞していた。

 だが同じ蘭学を学ぶ者として、慶恕と直亮は深く交流しており、彦根藩内に住む空気銃や反射望遠鏡を製作した国友一貫斎に、西洋式大砲の研究と一貫目砲、二百目玉筒の量産を命じていた。
 更に慶恕は、井伊直亮の大老復帰も画策していた。
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