徳川慶勝、黒船を討つ

克全

文字の大きさ
31 / 56
第1章

28話

しおりを挟む
 一八四六年、徳川慶恕の差配する交易は順調だった。
 前年の純利益は千二百四十三万にもなっていた。
 本当はもっと利益があったのだが、反射炉の建設、大砲の鋳造、南蛮帆船の建造、各種酒類を醸造するための穀物の輸入、俵物を購入するための穀物に輸入など多くの経費や研究投資や武器生産を行ったので、純利益が減っていた。

 だがその投資や武器生産のお陰で、江戸と尾張派諸藩領は好景気となっていた。
 貧しい諸藩から部屋住みや浪人、困窮する民が集まってきた。
 蝦夷地を領地として認められた尾張家は、その部屋住みや浪人の人品と武芸の腕前を確かめ、番方や役方を務められる者は江戸や尾張に残し、それなりの者達は郷士として蝦夷と樺太の開拓に送った。
 困窮する民は無宿人となって江戸に入るので、非人頭に集めさせ、北方開拓人足として蝦夷と樺太に送り込んだ。

「大納言殿。
 どうか銈之允殿を会津藩の養嗣子にもらいた」

「頭をお上げください、靱負叔父上。
 そのように頭を下げていただかなくても、靱負叔父上の元になら喜んで銈之允を送り出させていただきます」

 陸奥国会津藩八代藩主・松平容敬が、甥の徳川慶恕に深々と頭を下げていた。
 そうなのだ、実はこの二人、血の繋がった叔父と甥なのだ。
 松平容敬は公式には松平容住が父親とされているが、実は徳川慶恕の祖父・松平義和が父親で、徳川慶恕の父・松平義建の弟なのだ。
 その松平容敬が会津藩を継いだのには理由がある。

 会津藩は一八〇五年に、松平容頌と松平容住の二人の藩主を同年に亡くすという、とてつもない不幸に見舞われた。
 後を継いだのは、たった三歳の松平容住の長男・松平容衆だった。
 乳幼児死亡率が高いので、非常事態に備えなければいけなかった。
 だから、水戸徳川家の部屋住みから高須松平家をつくことに決まった、松平義和の三男・松平容敬を松平容住の実子としてもらい受けたいと、会津藩家老田中玄宰が願い出てかなえられていたのだ。

 そして田中玄宰に不安は的中した。
 松平容衆が子をもうけることなく二十歳で亡くなってしまったのだ。
 そこで松平容衆の弟とされている松平容敬が、一八二二年に会津家を継ぐことになったのだが、不幸にも松平容敬は男児に恵まれず、娘の敏姫がいるだけだった。

 松平容敬は懊悩していた。
 名門会津家を自分の代で潰すわけにはいかない。
 しかし藩祖・保科正之公以来の会津藩家訓がある以上、養嗣子の実家は厳選しなければいかない。
 自分のように幼児の頃から家訓を叩きこまれた人間ならばともかく、将軍家よりも皇室を優先するような、水戸徳川家系の子供を養嗣子には選べない。

 だがここに甥の徳川慶恕が彗星のごとく現れた。
 水戸系とは思えぬ将軍家を立てる姿に、会津藩の養嗣子は徳川慶恕の薫陶を受けた弟達しかいないと考えた。
 敬神崇祖からくる皇室尊崇、儒教をもとにした「義」と「理」の精神、そしてなにより会津藩家訓である武家の棟梁たる徳川家への絶対的な忠誠、これを複合させた会津藩家風は、甥達にしか継がせられないと思った。
 
 だが、甥達が次々と他家の養子に決まり、養子先が決まっていないのは銈之允だけとなっていた。
 自分の娘・敏姫との年頃もあう。
 徳川慶恕に庶子がいる事は知っていたが、尾張家の事を考えれば、そう簡単に養子に出してくれるとも思えない。
 だから急いで、頭を下げてでも銈之允を養嗣子に迎えようとしたのだった。
 だがこれは徳川慶恕の望み通りでもあった。
 将軍家に絶対的忠誠心をもつ会津藩、これに勝る味方はどこにもいなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

処理中です...