徳川慶勝、黒船を討つ

克全

文字の大きさ
55 / 56
第1章

52話

しおりを挟む
 徳川慶恕は、自分が乱世の英雄でない事を自覚していた。
 実戦経験のない、戦場の臭いを嗅いだことのない、腰抜けだと思っていた。
 だから、実際の戦場指揮は、清国で戦ってきた歴戦の戦士に任せた。
 硝煙と血の香りの充満した戦場で実力を証明した者こそ、真の大将だ。
 だが、どうしても確認しておかなければいけない事があった。

「静斎殿、尾張艦隊を派遣して艦隊戦をすべきか。
 それとも夜陰に乗じて泳ぎ渡り斬り込むべきか。
 いかにすればよいと考えるか」

 旗本として清国に派遣され、頭角を現して七千五百兵の指揮官である都統にまで登り詰めた、男谷信友に軍略を訊ねた。

「艦隊は英国や仏国、露国との戦いにも必要です。
 使わずに勝てるのなら秘匿すべきです。
 今日この日のために、尾張大納言様は幕臣や藩士に水練を学ばせたのでしょう。
 それを生かさずして何が武士でしょう。
 敵も奇襲を警戒しているようですが、我らも南蛮船を使って奇襲の鍛錬を繰り返してきました。
 私が陣頭指揮を執ります。
 どうか斬り込みを許可してください」

「お待ちください。
 陣頭指揮は我らにお任せください。
 そのために、毎日死を賭して水練の訓練を繰り返してきたのです。
 義父殿は、実子を廃嫡にしてまで、我らを養嗣子に迎えてくれたのです。
 ここで先駆けをせねば面目が立ちません。
 どうか我らに先陣を御命じください」

 願い出てきたのは、代々御船手組頭を務める向井将監、間宮酒造丞、小浜民部左衛門尉、千賀孫兵衛に、新たに増強された御船手組の組頭達だった。
 南蛮船は尾張家の占有となったため、艦長になる事もできず、南蛮船が来襲してきた時に斬り込む事だけを夢見て、水練と組討ちの鍛錬に励んできた者達だ。
 能力の足らない実子を廃嫡にし、能力のある者を養嗣子に迎えてまで、この日に備えていた猛者達だ。

 配下の船手与力、船手同心、船手水主も顔を引き締めている。
 彼らも能力の足らない者を廃嫡にして、一族の中から水練と組討ちに秀でた者を当主に迎えた者達だ。
 徳川慶恕が、廃嫡された者にも仕官の道を開き、蝦夷地や樺太で郷士になる機会も、清国で武勇を試せる機会も与えたからこそできたことではあるが、それでも本家を継ぐことになった者の覚悟は、とても大きなものだった。
 ここで斬り込みを決行しないという決断は、彼らの存在意義にまで係わる、大問題だったのだ。

 千人の船手組が、浜から泳いで米国艦隊に向かった。
 武器は艶消しされた黒い鞘に納められ、泳ぐ邪魔にならない黒い薄絹だけをまとい、敵に発見されないようにしていた。
 船手組は皆決死の覚悟だったが、後に続く者達も眦を決して待機していた。
 徳川慶恕が預かる、全兵力五万五千兵の内の五千兵が、この日のために用意された八丁艪十五人乗りの鯨船で、米国艦隊を襲撃する覚悟だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

処理中です...