黒薔薇の棘、折れる時

こだま。

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聖女の降臨

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 エドワードは父の代理をしながら王立学園に通っている。卒業をしたとは言え、成績の良かったエドワードはさらに上の研究本科で古書、とりわけ魔導書の研究をしていた。
 公爵領は王都の北にあるため、古い陣を使い学園と行き来をしている。
 今年の入学式は、春の陽光に満ちていた。大理石の広場に生徒たちが集い、色とりどりの花々が咲き誇る。エドワード・フォン・アルデンハイトは、椅子に腰掛け、周囲を威圧していた。黒の制服に銀の薔薇のブローチ。紫の瞳は氷のように冷たい。

「今年も退屈だな」

 取り巻きの一人が媚びる。

「エドワード様、今年の新入生は平民が多いとか」

「ふん。雑草どもか」

 彼は鼻で笑う。だが、その時――。鐘が鳴り、広場の中央に一人の少女が現れた。銀の髪が風に揺れ、琥珀の瞳が輝く。白いドレスに、胸元に小さな聖印。
「聖女」と呼ばれる平民出身の転入生、リリア・フォレスト。生徒たちがざわめく。

「本当に聖女なの?」

「奇跡を起こしたって……」

 リリアは静かに歩み、壇上へ。学園長が紹介する。

「本日より、我が学園に聖女リリア・フォレスト嬢が転入いたします。神の加護を受けし者――」

 彼女は微笑み、一礼。
その瞬間、広場に光が降り注ぐ。花びらがキラキラと輝き舞い上がる。

「奇跡だ!」

 生徒たちが歓声を上げる。エドワードは訝しげに目を細める。

――多勢に認知をさせる奇跡などまやかしだ。

 だが、取り巻きたちは興奮する。

「エドワード様、彼女は本物の聖女なのでは……?」

「黙れ」

 彼は立ち上がり、リリアに近づく。

「あなたが噂の聖女か」

 リリアは振り返り、微笑む。

「エドワード様ですね。『黒薔薇の悪鬼』のお噂は色々と伺っております」

 彼女はにっこりと微笑みながら優雅に一礼をした。その様子に周囲が凍りつく。

「な、なんという態度だ! 無礼者!」

 取り巻きが叫が、エドワードはなぜか笑った。

「面白い。覚えておこう、聖女リリア・フォレスト」

 聖女が来た日から、学園は変わった。リリアは瞬く間に人気者となる。病気の生徒を癒し、枯れた花を咲かせる。

「神様の使いだわ」

「平民なのに……すごいわね」

 エドワードの取り巻きさえ、彼女に興味を向ける。

「エドワード様、リリア様に挨拶を……」

「必要ない」

 だが、エドワードは密かに彼女を観察する。

――あの光は、本物なのか?

 ある日の図書室。エドワードはひとり、古い魔術書を読んでいた。夕方近くの薄暗くなった室内には自分のほかに人は居ない。

「お探し物ですか?」

 背後から、女性の声がした。どこから入ってきたのか、後ろに聖女リリアが立っていた。白い手袋をして、古い書物を持っている。その表紙には見覚えがあった。以前、エドワードが読んだ本だ。

「…聖女が魔術書を?」

「興味があるだけです。あなたも、闇の魔術を?」

 彼女の瞳が、鋭く光る。

「……初見で、これが闇の魔術書とよくわかったな」

「黒薔薇の悪鬼。貴方の噂は耳にしますから…」

 エドワードは立ち上がり、彼女に顔を近づける。

「小賢しく嗅ぎ回って、何が目的だ?」

 リリアは動じず、微笑む。

「あなたを、救いたいのです」

――俺を、救う?

「馬鹿げたことを、話にならんな」

 バタンと本を閉じリリアから離れ、図書室を後にした。その夜、エドワードは悪夢を見る。黒薔薇が枯れ、血の雨が降り、目覚めると、枕元に一輪の白い花が活けてある。

――なんだ……? 聖女に会ったからか? 俺に何かしかけようとしているのか……。


 翌週、聖女の講義が始まる。大講堂は満席。

「神の愛は、すべてを包みます。たとえ闇に染まった者でも……」

 リリアの声が響く。生徒たちはあるものは頷き、あるものは涙する。
 エドワードはその光景を最後列で腕を組みながら眺めた。

――甘いな、ぬるい言葉だ。

 一瞬、アリスが脳裏をよぎった。

――希望はありますよ。

 真意がわからず、受け流した言葉だ。

 講義後、エドワードを見つけたリリアが近づいて来た。

「エドワード様、一緒に祈りませんか?」

「私が祈る? 何故?」

「はい。あなたの心を、清めてさしあげたいと……」

 彼女はエドワードに手を差し出す。

「……清める? ふざけるな」

 パシンと軽く差し出された手を払う。リリアの瞳に、初めて翳りが差す。

「残念です。でも、いつか――」

 彼女はあきらめてその場を去った。だがその背中に、黒い影が揺れたのをエドワードは見逃さなかった。
 夜になり、学園の裏庭を歩くリリアをエドワードは密かに尾行をした。あの影が気になり、リリアを監視をさせていた者から動きがあったと報告を受けたからだ。

 彼女は今は使われていない古い礼拝堂へと入っていく。中では、黒いローブの男たちがリリアが来るのを待っていた。

「……計画通りに進めるんだ。黒薔薇を潰せ」

「……聖女の名で、公爵領を……」

 エドワードは音を立てないように静かに息を呑んだ。今、目の前に繰り広げられる悪意は、自分に向かっているものだ。

――やはり、賊と内通しているか。

 翌朝、リリアは昨日の事は何もなかったかのように微笑む。

「エドワード様、今日も素敵ですね」

 リリアの瞳の奥が、薄暗い闇を宿す。聖女の降臨は、偽善と混沌の始まりだった。




…***…***…***…




いきなり学園になり、話の展開についていけず
ムリヤリ修正しているのでツライ…
7話で終わります
頑張ろう( ;∀;)
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