7 / 91
第一部:私だけの物語
7.女の勘
しおりを挟む
いつの間にか、向かいの椅子にクリスが座っている。長い足を無造作に組んでいる。
そこだけまるで絵画のように、世界がきらめいている。
「全部聞こえてるけど」
けれど晴れた日の空のような青い目は、今やごみくずでもみるように眇められて、私を捉えていた。
「い、いつの間にいたの、クリス!!!」
「ずっと年上の、さらっとした黒髪の背の高い人がいい、の辺りから」
なんということでしょう。心の声が全部口から出ていたとは。
到底人には話せるはずもない妄想を、よりにもよってこの幼馴染の前で垂れ流しにしてしまった。
「これはね、クリス。つまり、その」
「つまり文通相手に相当入れ込んでるんだ、へえ」
頬杖をついてぎろりとこちらを見遣る。ぐっと、眉間のところが険しくなるのは機嫌の悪い時のクリスの癖だ。
「入れ込んでるというか、なんというか」
「あんたさ、それで相手がチビで禿げで腹の出た中年親父だったらどうするの?」
「それは……」
一ミリも考えなかったと言えば、嘘になるけれど。
「手紙なんて何とでも書けるだろ。その容姿なら結婚してない方がおかしいし、なんなら本当に貴族かどうかも怪しいな」
少しウェーブのかかった銀髪を掻き上げて、クリスは言う。
「あの字はきっと、貴族の字よ。そう、多分爵位は侯爵だわ!」
「そこまで言い切る根拠は。まさか見た感じでなんとなくとか言わないよな?」
鋭い反論にぐぬぬ、と私は押し黙る。あんなに大人しかったのに、いつの間にこんなに口が立つようになったんだろう。最近私はクリスに口喧嘩で勝てたことがない。
「それは、あれだ、女の勘ってやつだよ!!」
苦し紛れにそう言ったら、怜悧な相貌が曇った。
「はあ、本気で言ってんの? ばかじゃないのか」
「そりゃあ、クリスには女の勘は分からないよね! 女の子じゃないし」
珍しく何も言い返してこない。これ幸いとばかりに畳みかけてみる。
「とにかく、キット様は素敵なおじ様なの! 絶対に、そうだよ」
澄んだきれいな目が、さざ波のように揺れる。そのまま、彼はぷいっと顔を背けた。
「……なんだよ、人の気も知らないで」
ひどく翳のある声だった。整った顔がふいに、迷子の少年のように見えてくる。
どうしてそんなに悲しそうにするのだろう。
彼はすっと椅子から立ちあがった。
「どんなに好きだと思ったって理想通りの相手じゃなかったら、あんただってきっと幻滅するんだろう」
突き刺さるような青い目が、ひどく高いところから私を見下ろしてくる。白い頬は陶器のようになめらかで、髭の一つも見当たらない。
「クリス?」
それ以上、クリスは何も言ってはくれなくて。そのまま、彼は部屋を出て行った。
そういえば、何しに来たのかを聞いていなかったことに私はその時やっと気が付いた。エステル様の付き添いでもないのに、クリスはなぜうちにやって来たのだろう。
そこだけまるで絵画のように、世界がきらめいている。
「全部聞こえてるけど」
けれど晴れた日の空のような青い目は、今やごみくずでもみるように眇められて、私を捉えていた。
「い、いつの間にいたの、クリス!!!」
「ずっと年上の、さらっとした黒髪の背の高い人がいい、の辺りから」
なんということでしょう。心の声が全部口から出ていたとは。
到底人には話せるはずもない妄想を、よりにもよってこの幼馴染の前で垂れ流しにしてしまった。
「これはね、クリス。つまり、その」
「つまり文通相手に相当入れ込んでるんだ、へえ」
頬杖をついてぎろりとこちらを見遣る。ぐっと、眉間のところが険しくなるのは機嫌の悪い時のクリスの癖だ。
「入れ込んでるというか、なんというか」
「あんたさ、それで相手がチビで禿げで腹の出た中年親父だったらどうするの?」
「それは……」
一ミリも考えなかったと言えば、嘘になるけれど。
「手紙なんて何とでも書けるだろ。その容姿なら結婚してない方がおかしいし、なんなら本当に貴族かどうかも怪しいな」
少しウェーブのかかった銀髪を掻き上げて、クリスは言う。
「あの字はきっと、貴族の字よ。そう、多分爵位は侯爵だわ!」
「そこまで言い切る根拠は。まさか見た感じでなんとなくとか言わないよな?」
鋭い反論にぐぬぬ、と私は押し黙る。あんなに大人しかったのに、いつの間にこんなに口が立つようになったんだろう。最近私はクリスに口喧嘩で勝てたことがない。
「それは、あれだ、女の勘ってやつだよ!!」
苦し紛れにそう言ったら、怜悧な相貌が曇った。
「はあ、本気で言ってんの? ばかじゃないのか」
「そりゃあ、クリスには女の勘は分からないよね! 女の子じゃないし」
珍しく何も言い返してこない。これ幸いとばかりに畳みかけてみる。
「とにかく、キット様は素敵なおじ様なの! 絶対に、そうだよ」
澄んだきれいな目が、さざ波のように揺れる。そのまま、彼はぷいっと顔を背けた。
「……なんだよ、人の気も知らないで」
ひどく翳のある声だった。整った顔がふいに、迷子の少年のように見えてくる。
どうしてそんなに悲しそうにするのだろう。
彼はすっと椅子から立ちあがった。
「どんなに好きだと思ったって理想通りの相手じゃなかったら、あんただってきっと幻滅するんだろう」
突き刺さるような青い目が、ひどく高いところから私を見下ろしてくる。白い頬は陶器のようになめらかで、髭の一つも見当たらない。
「クリス?」
それ以上、クリスは何も言ってはくれなくて。そのまま、彼は部屋を出て行った。
そういえば、何しに来たのかを聞いていなかったことに私はその時やっと気が付いた。エステル様の付き添いでもないのに、クリスはなぜうちにやって来たのだろう。
149
あなたにおすすめの小説
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。
だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。
異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。
失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。
けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。
愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。
他サイト様でも公開しております。
イラスト 灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様
【完結】君を迎えに行く
とっくり
恋愛
顔だけは完璧、中身はちょっぴり残念な侯爵子息カインと、
ふんわり掴みどころのない伯爵令嬢サナ。
幼い頃に婚約したふたりは、静かに関係を深めていくはずだった。
けれど、すれ違いと策略により、婚約は解消されてしまう。
その別れが、恋に鈍いカインを少しずつ変えていく。
やがて彼は気づく。
あの笑顔の奥に、サナが隠していた“本当の想い”に――。
これは、不器用なふたりが、
遠回りの先で見つけた“本当の気持ち”を迎えに行く物語
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
歴史から消された皇女〜2人の皇女の願いが叶うまで終われない〜
珠宮さくら
恋愛
ファバン大国の皇女として生まれた娘がいた。
1人は生まれる前から期待され、生まれた後も皇女として周りの思惑の中で過ごすことになり、もう1人は皇女として認められることなく、街で暮らしていた。
彼女たちの運命は、生まれる前から人々の祈りと感謝と願いによって縛られていたが、彼らの願いよりも、もっと強い願いをかけていたのは、その2人の皇女たちだった。
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる