拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ

文字の大きさ
32 / 91
第一部:私だけの物語

32.お姫様抱っこ

しおりを挟む
「仕方がないだろう。あんたの歩幅に合わせてたら夜が明ける」

 ものすごい言われ様である。私が特段歩くのが遅いということはないと思う。令嬢はみんなこんなものだ。

 人波をかき分ける様に、クリスはすたすたと歩く。
 周囲からの視線が針のように突き刺さってくる。とんだ注目の的だ。

 美男子に攫われるがごとく、夜会を後にする令嬢。
 私だって逆の立場なら目を奪われる光景だろう。

「そういうことじゃ、なくて」

 ぴたりと体が密着したら、衆人環視とは別の恥ずかしさも込み上げてくる。見上げるばかりだった端整な顔が、すぐ近くにある。

 これはいわゆる、“お姫様抱っこ”というやつだろうか。

 はじめてされた。あんなに小柄で華奢だった腕に、私は抱き上げられている。そして、これは不思議と嫌ではないのだ。

「じゃあなに」

「重たく、ない……?」
 最近ちょっと体重が増えた。理由は分かっている。

 クリスが時々持ってくるお菓子がいけないのだ。
 美味しいな、と思って食べて、自分でもまたそのお店に行って買ってしまって。そんなことを繰り返しているうちに、太った。仕立てたドレスが入らないほどではないけれど。

 青い目がちらりと私を見遣る。けれどそれは一瞬のことで、彼はまたすっと前を向いた。背中に回した手の位置を少し変えて、彼は私を軽々と抱え直す。

「振り落とされたくなかったら、肩か首に手を置いてつかまって」

 身を縮めるように胸の前で握りしめていた手を、肩に置いてみる。
 服越しに骨ばった感触が触れる。

 二人で並んで歩いていた頃、私達の影は同じように伸びていて変わりなかった。
 この肩はいつの間にこんなに広くなったのだろう。

 侯爵家の馬車に荷物のように担ぎ込まれたかと思うと、クリスは大きな音を立てて扉を閉めた。すぐに御者に自分の屋敷に向かうように告げる。

「あ、私、家に帰してもらったら」

「一人じゃ脱げないドレスを着たままで? その恰好で寝るの? ばかじゃないのか」

 確かに、このドレスは構造が複雑なので一人では脱げない。でも息を吸うようにばかだと言われると、さすがの私でもちょっとむっとする。

「……母上にも今日は連れて帰ってくるように言われてる」
 言い訳のように、クリスは言った。エステル様にまで言われていたらしょうがない。

「そもそもあんたが悪いんだ」

 整えられていた前髪をわしゃわしゃと崩すと、いつものクリスの顔に戻る。仏頂面が睨みつけてくる。

「私が?」

「オースティン男爵は、社交界随一の女たらしで通ってるんだぞ。そんなやつにほいほい近寄っていくやつがあるか」

「ご、ごめん」

 一応、近寄ってはいなくて向こうが寄っては来たのだけれど。
 全然知らなかった。そんな人には見えなかったのに。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。 だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。 異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。 失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。 けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。 愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。 他サイト様でも公開しております。 イラスト  灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様

【完結】君を迎えに行く

とっくり
恋愛
 顔だけは完璧、中身はちょっぴり残念な侯爵子息カインと、 ふんわり掴みどころのない伯爵令嬢サナ。  幼い頃に婚約したふたりは、静かに関係を深めていくはずだった。 けれど、すれ違いと策略により、婚約は解消されてしまう。 その別れが、恋に鈍いカインを少しずつ変えていく。 やがて彼は気づく。 あの笑顔の奥に、サナが隠していた“本当の想い”に――。 これは、不器用なふたりが、 遠回りの先で見つけた“本当の気持ち”を迎えに行く物語

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

歴史から消された皇女〜2人の皇女の願いが叶うまで終われない〜

珠宮さくら
恋愛
ファバン大国の皇女として生まれた娘がいた。 1人は生まれる前から期待され、生まれた後も皇女として周りの思惑の中で過ごすことになり、もう1人は皇女として認められることなく、街で暮らしていた。 彼女たちの運命は、生まれる前から人々の祈りと感謝と願いによって縛られていたが、彼らの願いよりも、もっと強い願いをかけていたのは、その2人の皇女たちだった。

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

あなた方には後悔してもらいます!

風見ゆうみ
恋愛
私、リサ・ミノワーズは小国ではありますが、ミドノワール国の第2王女です。 私の国では代々、王の子供であれば、性別や生まれの早い遅いは関係なく、成人近くになると王となるべき人の胸元に国花が浮き出ると言われていました。 国花は今まで、長男や長女にしか現れなかったそうですので、次女である私は、姉に比べて母からはとても冷遇されておりました。 それは私が17歳の誕生日を迎えた日の事、パーティー会場の外で姉の婚約者と私の婚約者が姉を取り合い、喧嘩をしていたのです。 婚約破棄を受け入れ、部屋に戻り1人で泣いていると、私の胸元に国花が浮き出てしまったじゃないですか! お父様にその事を知らせに行くと、そこには隣国の国王陛下もいらっしゃいました。 事情を知った陛下が息子である第2王子を婚約者兼協力者として私に紹介して下さる事に! 彼と一緒に元婚約者達を後悔させてやろうと思います! ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、話の中での色々な設定は話の都合、展開の為のご都合主義、ゆるい設定ですので、そんな世界なのだとご了承いただいた上でお読み下さいませ。 ※話が合わない場合は閉じていただきますよう、お願い致します。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

処理中です...