愛するということ

緒方宗谷

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3.転校生

4.意外な言葉

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 放課後、教室の自分の席で教科書をカバンにしまっている有紀子のもとに意気揚々とやってきた加奈子が、机に両手をついて言った。
「こうなったら、強引にアタックだよ」
「加奈、なんでそんなに楽しそうなの?」
 人の不幸は蜜の味なのだ。でも別に加奈子は悪意があって楽しんでいるわけではない。オロオロしながらなんとか陸に話しかけようとするも、色々な障害が発生して断念する有紀子の姿がとてもコミカルで面白い。
 加奈子が言った。
「別れたの、7歳でしょ? 忘れているわけないと思うよ、気が付いていないかもしれないけど。まあ、その辺はどうでもいいじゃない? 当たって砕けろよ」
「もう! 砕けるってどういうこと?」
 内心、加奈子の茶化しに有紀子は感謝していた。もう部活の時間だし、今日は諦めよう、と思っていたからだ。
 しかし、もし今日話しかけなければ、明日も明後日も話しかける機会が訪れないかもしれない。このままでは、陸という恒星から離れた場所にある惑星の様にポジショニングしてしまう、と有紀子は薄々感づいていた。
 加奈子が陸のほうを見ながら、有紀子に頬を寄せる。
「ほら、陸君帰るみたいだよ、座っていないで話してきなよ」
 そう言って、両手を胸の前で合わせてうっとりとする。
「いいなー! そして2人は結ばれた‼ ロマンチックじゃない? 10年の恋が実る瞬間‼」
 加奈子は、ワザとらしいくらいにはしゃいでみせる。
「えー?」有紀子は動揺した。
 いまいちそれに乗りきれない。ドキドキしながらためらう。
「あ、陸君が教室出るよ」加奈子が促した。
「う、うん」
 頑張らなくちゃと意気込み、有紀子は両手でガッツポーズをとった。そして、早歩きで陸を追いかけて行った。
 それを見送った加奈子はしばらく佇んでいてから、「ああ……、私のユッコが……」ため息混じりに呟く。冗談ぽく悲しみを堪えつつ、目を細めて哀愁漂うそぶりを見せた。
 これで陸との関係をリスタートできる。そう期待に胸を躍らせる。少なくとも有紀子は、そのまま恋愛が始まるものと信じて疑わなかった。頭の中には、今はやりのアイドルグループのポップなラブソングが繰り返し流れていた。
 だがその直後、世界から全ての音が消えた。廊下で有紀子に声をかけられた陸が、困った顔で言った。
「えっと……誰だっけ?」
 思いがけない返答だ。この言葉に、有紀子は返す言葉を考えていなかった。陸が自分を覚えていないなんて想定外だ。覚えていないかも、と考えたとこはあるが、本当に覚えていないなどとは思わない。何とか平静を保たなければ。有紀子はそれだけに徹した。
「うん、昔ご近所さんだった渡辺。あはは、7歳だから覚えていないのはしょうがないよ」
 陸は何かを言おうとしたが、有紀子はそれに気が付かずに話を続けた。
「ごめんね、一方的に思い出をまくしたてて」
 有紀子が話した思い出を、陸は一つも有していない。幼馴染みの女の子がいたことは知っていたが、その話自体霞の彼方だ。
 とても気まずい空気が流れる。有紀子以上に、陸は気まずさを感じていた。彼女の後ろで壁に寄りかかって腕を組む髪の短い女の子が、明らかに怒りの表情を浮かべて、キッと睨んでいたからだ。
 話が続かず居た堪れなくなった有紀子は、陸に背を向けて走って逃げた。

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