愛するということ

緒方宗谷

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4.アタック大作戦 

1.アイドリング

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 有紀子は、陸といつまで経っても仲良くなれなかった。それもそのはず、2人には何も共通点が無い。2人で有していた思い出を、陸は何一つとして覚えていないのだから。
 もともと、再会するなんて思っていなかったから、有紀子は、いつか忘れるのだろう、と思っていた。ずっと好きではあるものの、突然別の人を好きになれば、思い出すことなどなくなる、と考えていたのだ。
 思い出の中で美化された心地の良い記憶に浸っているのが楽しかったせいか、現実に引き上げられて、とても肌が凍えている。冬に急いでお風呂に入って、十分温まる前にあがらなければならなかった時の肌寒さのようだ。
 温かい湯船が恋しくて、もう一度入ってしまった時の気持ち良さといったら極楽気分。同じような心境で、陸のことが恋しくなった。でも、恋心とは違うように感じた。
 今好きというよりは、“あの頃の好き”を好きでいたから、あの思い出の延長線上で、陸と自分の関係を構築したかった。
 ただ、同時に陸が記憶を取り戻してくれたのならば、自分のことを好きになってくれる、というなんの根拠もない希望をいだいていた。
 17歳の有紀子にとって、彼氏は憧れの存在だ。それは誰でもない、特別な思い出の中にいるかけがえのない存在である陸であってほしい、と切に願った。
 時同じくして、切実な想いを錯綜させる有紀子の後ろ姿を自分の席で見ている加奈子は、どんよりしていた。漫画でいえば、太い文字で『ドヨ~ン』と頭の上に書かれて、コマの上半分がベタ塗りで、下に向かって縦線がたくさん引かれているやつだ。
 小学生じゃあるまいし、陸に話しかけようとする有紀子は顔を真っ赤にして、テレテレしながら俯く。とても初々しくて可愛い。加奈子は、なんか置いてけぼりを喰らったように感じていた。
(私も恋しようかな(笑))
 加奈子には好きな人がいた。家庭教師の大学生ではない。実は家庭教師の島根隆弘とは何でもない。島根とは、よく息抜きにデートをする。ただそれをクラスメートに目撃されただけなのだ。
 それが学校で噂された時に、加奈子は最初否定していた。3、4回繰り返して訊かれた時、面倒くさくて肯定しないまでも否定もしなかった。結果として、大学生の彼氏がいるという話は、事実として定着したのだ。
 加奈子にとって、今は有紀子の方が大切だった。出会ってから約4年、いつも一緒にいる。小学生の時は別学区だったから家はそれほど近くないけれど、最寄駅は一緒だ。高校2年生になった今は、クラスも一緒、部活も一緒。だから、正直家族と一緒(対面している時間)にいる時間よりも長いかもしれない。
 楽しいことも悲しいことも分かち合ってきた。有紀子がイジメられたり悲しんでいる時は慰めてあげたし、自分が体育やケンカで男子に負けて泣いている時は慰めてもらった。
 何より、有紀子に思い出の男の子がいることは、自分しか知らない秘密だ。それが嬉しい。大大大の大親友が、自分から離れてしまうかもしれない、と思うと寂しいが、加奈子は2人をくっつけよう、と心を鼓舞した。
 
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