愛するということ

緒方宗谷

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11.交通事故 

1.不安の表れ

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 11歳の時、陸は毎晩のように胸が締め付けられるように苦しくなって、寝られなくなったり夜目が覚めるようになった。頭の中には、どんなに打ち消そうと頑張ってみても、繰り返し繰り返し同じ映像が映し出されている。
 ゴツゴツとした岩ばかりの山が、視界いっぱいに1つそびえ立っている。天の低い位置はオレンジがかった赤に染まっていて、高度があがるにつれて白くなり、だんだんと灰色へと変化して濃くなっていく。空の一番高いところは黒く、星ひとつない。辺りは砂埃が立ち込めている。
 不意に、空気を劈くような声が雷鳴のように天に轟く。怒鳴りつけるような口調だが、何を怒鳴っているのか全く記憶に残らない。陸は恐ろしくて恐ろしくて堪らず、唸りながら布団をかぶる。
 雷鳴のような声が永遠と轟き続ける中、尖がった山の頂上から大きな岩が転がってくる。転がり落ちてくる岩が力強く岩肌を打ち付けると、爆音を響かせて跳ね返り、迫ってくる。そして何度も岩肌を叩きながら、すそ野まで落ちていった。
 その岩がいつ自分を叩き潰すのか、と陸は怯えていた。その場から逃げだしたくて仕方がなかったが、逃げることはできなかった。陸は一輪の花と化していて、岩肌の隙間に根を張っている。咲いている植物は自分だけで、周りには何もない。
 岩の塊は一つ一つが大きく、直径で2メートルくらいだろうか。人間でも直撃すれば死んでしまうような大きさであるから、十数センチの花にとってはどうしようもない。
 花はコスモスに似ているが、花弁はそれよりも大きく枚数は少ない。先の方はピンク色で、中央に向かって色が薄くなり、中央から中心までは白い。2枚ある葉の形はタンポポの様であって、色は薄緑で肉質は柔らかい。実在する花なのか、陸の想像上の産物なのか分からない。
 陸の近くに何度も岩が落ちては、更に下へと転がっていく。その度にその身は固く強張る。吐きそうなのを我慢しながら身を丸めて布団ににくるまり、声を押し殺して涙を流した。
 どれだけの時間が過ぎたのだろうか、長かったのか短かったのか、深夜暗い部屋にいる11歳の陸に確認するすべはない。アナログの壁掛け時計しかないから、真っ暗で何時かも分からない。
 ついに大岩が陸を直撃して、コスモスのような花は潰れてしまう。恐怖も苦しさもその時が絶頂で、息もできない。
 だがそれを耐え抜くと、恐怖は薄らいでく。締め付けられて苦しかった胸は解放されて、深く息が吸えるようになると、陸は決まって仰向けになって暗い部屋を見渡して過ごした。そしていつの間にか眠りにつく。
 いつから脳裏を支配するようになったイメージか分からない。12歳の時には見なくなってすっかり忘れていた。このイメージは、主に夜布団に入って寝るまでの間に沸き起こっていた。
 5年くらいの時を経た今になって、陸はこのイメージを夢の中で見た。怖くはなかった。朝目が覚めた時、いつもと違う自分だと認識した。日差しが差し込むカーテンの隙間を見て、自分は治ったのだと確信した。

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