愛するということ

緒方宗谷

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19.木下萌愛 

2.カメの飼育

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 小学校6年生の時に萌愛は不登校になった。今思うと、なんであんなことで不登校になったのか、と本人も疑問に思う。でも当時の萌愛にとって教室は地獄だった。
 ある日、クラスで飼っていたカメが死んだ。飼育は班の持ち回りで、飼育係はいない。4人一組の班で、水替えとエサやりを行う。
 この間萌愛の班が担当だったから、もう当分順番は回ってこない。普段なら、当番が回って来るまでカメのことなんて忘れてしまう。カメという種の存在すら覚えていない。
 それなのに、ある日気が付いてしまった。ここ最近カメの世話が行われていない、ということを。
 萌愛がクラスを見渡して、当番班の男子黒沢に言った。
「カメの水、濁ってるよ。今の当番って黒沢達の班じゃないの?」
「しらねー」
 黒沢は、サッカーボールの入った網袋を蹴飛ばしながら教室を出ていく。萌愛は、クラスに残った生徒を見渡すが、担当班の生徒は誰もいない。
「どうするんだろうね、これ?」
 たまたま目の合った高橋恵に、萌愛が言う。
「知らない、担当の班がやるんじゃない?」
 返ってきたのは、気のない返事一言。別に仲が良いわけでも無い。普段話さないのだから当然だ。カメに対して後ろめたかったが、萌愛は家に帰った。
 それからだいぶ経つ。水槽の水は、更に濁っていた。萌愛はカメのことをすっかり忘れていたが、久しぶりに見たカメの水槽は魚介が腐ったような腐臭を放っている。後ろの黒板に書いてある当番班の名前を見る。当番班の生徒は、まだ教室に2人いた。
「カメが可愛そうだよ、水換えてあげないと」と萌愛が教えてやる。
「ああ、明日やるよ、今日忙しいんだよ」
 そう言って、2人の男子は帰ってしまった。
 忙しいって? どうせ遊ぶんでしょ? と思いながら、萌愛は家に帰った。
 明くる日、萌愛が学校に来ると、何やら窓際が騒がしい。みんながカメの水槽の前に集まって騒いでいた。まだホームルーム前なのに先生もいる。
「萌愛ちゃん、あのカメ死んだらしいよ」と、仲の良いサーヤが萌愛に教えた。
「そうなの? だから言ったのに、誰も世話しないんだから」
 席につこうとした萌愛のところに、黒沢が来て言った。
「木下が気づいていたのに、何もしなかったんです」
「えぇ?」
 ビックリして萌愛が顔をあげると、みんながジッと自分を見ていた。
「そうなのか、木下?」
 先生が低い声で言う。
「私、気が付いて担当の班の男子に言いました」
「忙しくて出来なかったんだよ」誰かが言った。
「気が付いていたなら、やってくれても良いじゃないのね? カメが可愛そう」
 この声は遠藤弘子だ。この子だってこの間当番だったはず。自分の責任を棚に上げて、萌愛を責める。
 隣で頷くのは恵。「知らない、担当の班がやるんじゃない?」と言ってカメを無視した。あの子だって気が付いていたんだから私と同じだ。
 萌愛はワナワナと震えた。
 でも何も言い返せない。色々な方向から聞こえるか聞こえないかの大きさの声でなじられる。私は悪くない、と言いたい。でも勇気が出ない。
 先生が言った。
 「木下、気が付いていたんなら、水替えぐらいしてくれてもよかったじゃないか。カメだって生きているんだぞ、死んじゃったじゃないか、殺人と同じだぞ」
 先生はひどい、人殺しと一緒にするなんて。涙をこらえるのに必死だった。
 「あーあ、私達の可愛いペットだったのに」と弘子。
 「そーだね」と恵が答える。
 耐えきれず萌愛が言った。
 「恵ちゃんだって気が付いていたじゃん」
 「何で私のせいにするの?」
 びっくりした恵が叫ぶ。
 先生が少し高い声で、言い争いを妨げた。
 「こら、人のせいにするんじゃないの。木下、カメを花壇に埋めてきなさい、さあ、ホームルーム始めるぞ」
 萌愛は、花壇に行く途中のトイレにカメを流した。この日以降、萌愛はカメ殺しの汚名を着せられた。

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