164 / 192
51.時空
3.喪失
しおりを挟む
「聞いた? 上条先輩、記憶喪失だったんだって」
教室の席に座るなり振り向いたひかるが、後ろの席の知恵に言った。
「うん聞いた。記憶戻ったって」
10月に入ってようやく陸が登校したって聞いた知恵は、真っ先に3年の教室に行った。陸に「退院おめでとう」と言って抱き付くつもりで走って行ったのに、出来なかった。廊下から見た教室の陸は、何か遠くの存在になったかのようだった。
前と同じだ。前と同じように、有紀子と加奈子のオーラが陸を取り巻いていて、陸に想いを寄せる女子は近寄り難くなっていた。
結局知恵は、チャイムが鳴るまで廊下の外で陸の元気な姿を見つめて帰っていった。
陸を知る生徒達の間に、交通事故のことや有紀子と幼馴染みであったこと、子供ながらに婚約していたことなどの情報が洪水のように押し寄せ溢れかえっていた。
人知れず陸の記憶を取り戻そうとしていた有紀子と加奈子は、なぜか英雄視されている。知恵は物悲しくその話を聞いていた。
(バカじゃないのみんな。思い出したってことは、みんなのこと忘れたってことじゃん)
記憶の有無を確認したわけではないが、陸が自分のところにやってこない現実が、記憶を失った何よりの証拠だと知恵は思った。
(あいつらが、私のこと知らせないようにしてるんだ。私のことを忘れたのをいいことに、このままなかったことにしようっていうんでしょ!)
苦虫を噛み潰したかのような顔で、前の席に座るひかるの背中を睨みつける。
(何が「記憶が戻ってよかったね」だよ、3年のやつら。10歳だよ? 記憶喪失になったの。8年分失ってんじゃん。そもそも0歳から10歳までの記憶ってどんだけあんの? あっても5、6歳からだろうし、内容だって大したものじゃないでしょ? どんだけ価値があるっていうのよ)
噂は2年や1年の教室まで広がり、女子達は色めき立っていた。もともと陸も加奈子も後輩に人気がある(特に加奈子)。流されやすいお年頃の女子達は、自分達が醸し出す雰囲気に自ら中てられて、2人に憧れをいだく子達が続出した。
なんせ、10年もの間一途に想いを寄せるお姫様(有紀子)とその騎士(加奈子)が、記憶を失った王子様(陸)の記憶を甦らせよう、と人知れず努力していたのだ。記憶がないままにも関わらず、襲われた姫を助けるために王子様は命がけで戦って、勇者様となったのだ。そして、傷つき倒れた王子様(陸)のために、お姫様(有紀子)とその騎士(加奈子)が懸命にお世話をしたのだ。
何てロマンチックなのだろう。みんな映画の様なラブロマンスを想像しないではいられなかった。
知恵は、今の状況を心臓が握りつぶされる思いで見ていた。眉間にしわを寄せて閉じた唇の、右端を突っ張らせて、人知れず歯噛みしていた。自分のことよりも陸のことが可哀想でならない。沸々と湧く有紀子への怒りと共に、消えた陸のために激しく慟哭した。毎晩のように。
(陸君が、陸君が死んじゃった……、死んじゃったよう……)
愛する人を失った悲しみから、知恵は絶望のどん底へと落ちていった。今正に別人の陸が作られている。恋人同士だった2人の思い出を完全に抹殺して。
里美は知恵を憐れんでいたし、有紀子も知恵に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だが、2人が想像していたよりもはるかに知恵は傷ついていた。
知恵は陸を取り巻く環境を見るのが嫌で、しばらくの間学校を休んだ。
教室の席に座るなり振り向いたひかるが、後ろの席の知恵に言った。
「うん聞いた。記憶戻ったって」
10月に入ってようやく陸が登校したって聞いた知恵は、真っ先に3年の教室に行った。陸に「退院おめでとう」と言って抱き付くつもりで走って行ったのに、出来なかった。廊下から見た教室の陸は、何か遠くの存在になったかのようだった。
前と同じだ。前と同じように、有紀子と加奈子のオーラが陸を取り巻いていて、陸に想いを寄せる女子は近寄り難くなっていた。
結局知恵は、チャイムが鳴るまで廊下の外で陸の元気な姿を見つめて帰っていった。
陸を知る生徒達の間に、交通事故のことや有紀子と幼馴染みであったこと、子供ながらに婚約していたことなどの情報が洪水のように押し寄せ溢れかえっていた。
人知れず陸の記憶を取り戻そうとしていた有紀子と加奈子は、なぜか英雄視されている。知恵は物悲しくその話を聞いていた。
(バカじゃないのみんな。思い出したってことは、みんなのこと忘れたってことじゃん)
記憶の有無を確認したわけではないが、陸が自分のところにやってこない現実が、記憶を失った何よりの証拠だと知恵は思った。
(あいつらが、私のこと知らせないようにしてるんだ。私のことを忘れたのをいいことに、このままなかったことにしようっていうんでしょ!)
苦虫を噛み潰したかのような顔で、前の席に座るひかるの背中を睨みつける。
(何が「記憶が戻ってよかったね」だよ、3年のやつら。10歳だよ? 記憶喪失になったの。8年分失ってんじゃん。そもそも0歳から10歳までの記憶ってどんだけあんの? あっても5、6歳からだろうし、内容だって大したものじゃないでしょ? どんだけ価値があるっていうのよ)
噂は2年や1年の教室まで広がり、女子達は色めき立っていた。もともと陸も加奈子も後輩に人気がある(特に加奈子)。流されやすいお年頃の女子達は、自分達が醸し出す雰囲気に自ら中てられて、2人に憧れをいだく子達が続出した。
なんせ、10年もの間一途に想いを寄せるお姫様(有紀子)とその騎士(加奈子)が、記憶を失った王子様(陸)の記憶を甦らせよう、と人知れず努力していたのだ。記憶がないままにも関わらず、襲われた姫を助けるために王子様は命がけで戦って、勇者様となったのだ。そして、傷つき倒れた王子様(陸)のために、お姫様(有紀子)とその騎士(加奈子)が懸命にお世話をしたのだ。
何てロマンチックなのだろう。みんな映画の様なラブロマンスを想像しないではいられなかった。
知恵は、今の状況を心臓が握りつぶされる思いで見ていた。眉間にしわを寄せて閉じた唇の、右端を突っ張らせて、人知れず歯噛みしていた。自分のことよりも陸のことが可哀想でならない。沸々と湧く有紀子への怒りと共に、消えた陸のために激しく慟哭した。毎晩のように。
(陸君が、陸君が死んじゃった……、死んじゃったよう……)
愛する人を失った悲しみから、知恵は絶望のどん底へと落ちていった。今正に別人の陸が作られている。恋人同士だった2人の思い出を完全に抹殺して。
里美は知恵を憐れんでいたし、有紀子も知恵に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だが、2人が想像していたよりもはるかに知恵は傷ついていた。
知恵は陸を取り巻く環境を見るのが嫌で、しばらくの間学校を休んだ。
0
あなたにおすすめの小説
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
すべてはあなたの為だった~狂愛~
矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。
愛しているのは君だけ…。
大切なのも君だけ…。
『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』
※設定はゆるいです。
※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。
王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜
矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。
王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。
『…本当にすまない、ジュンリヤ』
『謝らないで、覚悟はできています』
敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。
――たった三年間の別れ…。
三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。
『王妃様、シャンナアンナと申します』
もう私の居場所はなくなっていた…。
※設定はゆるいです。
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
某国王家の結婚事情
小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。
侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。
王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。
しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。
幸せな番が微笑みながら願うこと
矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。
まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。
だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。
竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。
※設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる