171 / 192
54.高知
1.超機動
しおりを挟む
「行こう」放課後、加奈子が唐突に言った。
「行く? 行くってどこへ?」有紀子は呆気にとられて訊き返す。
「高知」
そう言ってからの加奈子の行動は早かった。武蔵砂川駅の改札を出てすぐにあるコンビニのファミリーストップに寄った彼女は、タッチパネルを操作して高知行きの深夜バスのチケットを2枚買った。そして一度自宅に帰ってスマホをブレザーのポケットに入れる。遠出をするとばれない程度の小さなリュックを持って、すぐに有紀子が待つ彼女の家まで迎えに行った。
「本当に行くの?」有紀子が不安げに訊く。
「うん、ほら見て」
加奈子は、有紀子の小さくてかわいいノートパソコンの画面を開いて見せた。闇サイトだから、差別の被害者とされる男子の顔も名前も住所も晒されている。
被害者の名は、大葉博樹。画面では解りにくいが、背は高そうだ。なよっとした感じで、学ランを着ていても骨と皮だけしかないように見える。
「本人に訊きに行く。もし事実なら、陸のヤツどっかの田んぼに落としてやるんだから」
(どっかってどこよ? 田んぼないじゃん)有紀子は、呆れ笑いを浮かべる。
なんとかなだめすかせるが、加奈子は真相を確かめに行く、と言って聞かない。結局、有紀子も学校を休んで、高知に行くことにした。
2人は、原宿に遊びに行く度に何度も新宿駅で乗り換えたことはあったが、今日初めて新宿の駅を出た。
「怖い! 怖いよ、加奈ちゃん‼」有紀子が加奈子の腰にすがった。
「うぇ~、私もだよ、ゆっこちゃん‼」
地元の駅がおもちゃのように見える。新宿はもはや巨大要塞の様だった。深夜バスの出発までだいぶ時間があったから、観光しよう、ということになって色々見て回ったが、どれもこれも圧倒的な威圧感。地元にも大きな建物はあるが、新宿の建物の大きさはそれらを凌駕している。
東京都庁ってなんだ⁉ 加奈子超ヒビりモード。カウントダウンが聞こえてくる。なんかもう、今にも打ち上げられていってしまいそう。
――新宿、渋谷、池袋は、東京三大犯罪都市だから気を付けて――
昔、原宿に来る度に、かねがね加奈子が言っていた言葉だ。しいて言えば“気を付けて”の部分が、“行っちゃダメよ”と言う意味で使われていた。有紀子はいつも、警察密着番組の見すぎだと笑っていたが、加奈子の言う通りだと、今日初めて思った。
とんでもなく疲れる半日を過ごして、2人は新宿駅のバスターミナルまで戻ってきた。
「何この座席」加奈子がぼやいた。「ただの高速バスと一緒じゃん。これに明日の朝まで座ってるの? 最悪。8600円だよ! 8600円! 2人分で17200円、高すぎでしょ⁉」
「私出さないよ、金欠だもの」
そう言う有紀子を加奈子は恨めしそうに見た。こんにゃろ、という心の声が聞こえるようだ。だが、文句を言っていたわりに、加奈子は結局、「すーかーすーかー」と寝ていた。
座席は3/4程度埋まっている。有紀子は眠れなかった。座り心地のせいもあるが、親にも告げずに高知まで行くことに少し緊張している(一応新宿からSMSしたが)。
不意に、通路を挟んだ隣のB席に座る中年女性が話しかけてきた。
「あなたどこ出身? このバス利用すればハンコが貰えてお得だから、使い勝手がいいでしょう?」
「あ、いえ、私達旅行です」
「あら、そうなの? 高知人かと思った」
四万十市の実家と東京を月に何度も往復している、と言う女性は、有紀子を質問責めにした。息をもつかせぬ言葉の多さに、有紀子は、まさか一晩中おしゃべりに付き合わされるのかと思ったが、前の座席の人が助けてくれた。
「あの、静かにしてください、うるさくて眠れないんで」
正確には怒られたのだが、有紀子は口で「ごめんなさい」と言いながら、心で(ありがとうございます)と泣いて3回繰り返した。
高知出身のおばさんは、茶目っ気たっぷりに舌を出してウインクしてから、顔を毛布で隠した。
「行く? 行くってどこへ?」有紀子は呆気にとられて訊き返す。
「高知」
そう言ってからの加奈子の行動は早かった。武蔵砂川駅の改札を出てすぐにあるコンビニのファミリーストップに寄った彼女は、タッチパネルを操作して高知行きの深夜バスのチケットを2枚買った。そして一度自宅に帰ってスマホをブレザーのポケットに入れる。遠出をするとばれない程度の小さなリュックを持って、すぐに有紀子が待つ彼女の家まで迎えに行った。
「本当に行くの?」有紀子が不安げに訊く。
「うん、ほら見て」
加奈子は、有紀子の小さくてかわいいノートパソコンの画面を開いて見せた。闇サイトだから、差別の被害者とされる男子の顔も名前も住所も晒されている。
被害者の名は、大葉博樹。画面では解りにくいが、背は高そうだ。なよっとした感じで、学ランを着ていても骨と皮だけしかないように見える。
「本人に訊きに行く。もし事実なら、陸のヤツどっかの田んぼに落としてやるんだから」
(どっかってどこよ? 田んぼないじゃん)有紀子は、呆れ笑いを浮かべる。
なんとかなだめすかせるが、加奈子は真相を確かめに行く、と言って聞かない。結局、有紀子も学校を休んで、高知に行くことにした。
2人は、原宿に遊びに行く度に何度も新宿駅で乗り換えたことはあったが、今日初めて新宿の駅を出た。
「怖い! 怖いよ、加奈ちゃん‼」有紀子が加奈子の腰にすがった。
「うぇ~、私もだよ、ゆっこちゃん‼」
地元の駅がおもちゃのように見える。新宿はもはや巨大要塞の様だった。深夜バスの出発までだいぶ時間があったから、観光しよう、ということになって色々見て回ったが、どれもこれも圧倒的な威圧感。地元にも大きな建物はあるが、新宿の建物の大きさはそれらを凌駕している。
東京都庁ってなんだ⁉ 加奈子超ヒビりモード。カウントダウンが聞こえてくる。なんかもう、今にも打ち上げられていってしまいそう。
――新宿、渋谷、池袋は、東京三大犯罪都市だから気を付けて――
昔、原宿に来る度に、かねがね加奈子が言っていた言葉だ。しいて言えば“気を付けて”の部分が、“行っちゃダメよ”と言う意味で使われていた。有紀子はいつも、警察密着番組の見すぎだと笑っていたが、加奈子の言う通りだと、今日初めて思った。
とんでもなく疲れる半日を過ごして、2人は新宿駅のバスターミナルまで戻ってきた。
「何この座席」加奈子がぼやいた。「ただの高速バスと一緒じゃん。これに明日の朝まで座ってるの? 最悪。8600円だよ! 8600円! 2人分で17200円、高すぎでしょ⁉」
「私出さないよ、金欠だもの」
そう言う有紀子を加奈子は恨めしそうに見た。こんにゃろ、という心の声が聞こえるようだ。だが、文句を言っていたわりに、加奈子は結局、「すーかーすーかー」と寝ていた。
座席は3/4程度埋まっている。有紀子は眠れなかった。座り心地のせいもあるが、親にも告げずに高知まで行くことに少し緊張している(一応新宿からSMSしたが)。
不意に、通路を挟んだ隣のB席に座る中年女性が話しかけてきた。
「あなたどこ出身? このバス利用すればハンコが貰えてお得だから、使い勝手がいいでしょう?」
「あ、いえ、私達旅行です」
「あら、そうなの? 高知人かと思った」
四万十市の実家と東京を月に何度も往復している、と言う女性は、有紀子を質問責めにした。息をもつかせぬ言葉の多さに、有紀子は、まさか一晩中おしゃべりに付き合わされるのかと思ったが、前の座席の人が助けてくれた。
「あの、静かにしてください、うるさくて眠れないんで」
正確には怒られたのだが、有紀子は口で「ごめんなさい」と言いながら、心で(ありがとうございます)と泣いて3回繰り返した。
高知出身のおばさんは、茶目っ気たっぷりに舌を出してウインクしてから、顔を毛布で隠した。
0
あなたにおすすめの小説
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
すべてはあなたの為だった~狂愛~
矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。
愛しているのは君だけ…。
大切なのも君だけ…。
『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』
※設定はゆるいです。
※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。
王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜
矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。
王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。
『…本当にすまない、ジュンリヤ』
『謝らないで、覚悟はできています』
敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。
――たった三年間の別れ…。
三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。
『王妃様、シャンナアンナと申します』
もう私の居場所はなくなっていた…。
※設定はゆるいです。
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
某国王家の結婚事情
小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。
侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。
王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。
しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。
幸せな番が微笑みながら願うこと
矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。
まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。
だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。
竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。
※設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる