愛するということ

緒方宗谷

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55.大葉の過去

1.死んだ方がマシ

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 中学1年生の時の陸は、大葉の属性に無関心だった。クラスも違うし、話したこともない。イジメられているっぽいのは風の噂で知っていたし、いじめられている理由である、性に関することは事実なのだろう、とも思っていた。
 中2に進級して2人が同じクラスになった時には、大葉は既に完全にイジメられていた。
 1学期の終わり頃の時点で、大葉は陸と挨拶以外まだ交わしたことが無い。クラスの中は主に、普通と不良の2種類の生徒に分かれていた。陸は、クラスの後ろの窓側にたむろっているような不良側に属していて、大葉をいじめていたのは、普通の生徒の1グループだったからだ。
 陸は、いじめられっ子タイプの大葉のことなんて、眼中に無い。陸にとってはどうでもいいことだ。イジメられているといっても、クラスの中では“いじられている”といった程度の感じだったので、特別可哀想とは思わなかった。クラス中みんなそうだ。
 人気のないところで大葉が暴行を受けていることに気が付いていた生徒は何人かいたが、力の弱い生徒は、自分がイジメの対象になるのではないかと恐れ、学校には報告しなかった。
 実は教師達も気が付いていた。特に担任はクラスにイジメがあるという事実を薄めようと、度々「イジメじゃないよな? 大葉だって楽しんでるよな」と言った。あからさまに、そうであることを大葉に求めた。
 すかさずイジメていた生徒が言う。
「もちろんですよ、先生。な、大葉! お前友達だもんな」
 肩に腕を回されて少し凄みを効かせた声で迫られた大葉は、軽く引き回されたり小突かれたりして、「うん」としか言えなかった。
 初めのうちは、大葉の我慢出来る範囲に収まっていた。だがある出来事を発端として、事態は表だった悲惨なイジメへと発展する。
 ある日の放課後、誰もいない教室で大葉は、体操着から制服に着替えていた。校庭から声が響く。滲んだオレンジ色の夕日が窓から差し込み、たそがれを演出している。自分以外の存在は感じない。生徒全員が校庭や体育館で部活をしていて、校内には自分しかいないのではないか、と錯覚するほどだった。
 突然、ガラガラとドアが勢いよく開く音がして、面白おかしく騒ぎながら4人の男子が入ってきた。気を抜いていた大葉は咄嗟に「きゃっ!」っと叫んで、持っていたワイシャツで胸を隠した。
 それがいけなかった。もともとそっちのキャラではないか、とイジメられていたのだが、確実にそうだとばれてしまった。数秒絶句した男子達は、すぐさま大葉の持っていたワイシャツを奪い取り、軽く足で小突いていじめ始める。 
 大葉はさんざん小突き回されたあげくに他の服も奪われ、教卓の上に立たされた。そして、卑劣な質問をいくつも浴びせかけられて、それに全て答えさせられた。
 咽び泣く大葉を見ても、この生徒達の心は痛まなかった。無知だからか、快楽を感じていたのか、それとも差別者だったのかは分からない。ただ異物を面白がって観察していただけなのかもしれない。だがそれは悪鬼の如くの所業だった。
 散々“からかわれた”(大葉の表現だが、それを聞いていた2人に虐待だと言わしめる内容だった)あげく、色々指示されて言うことをきかされた。この日、大葉は自殺することを決意した。

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